第四十三話 『終曲』
いくつもの驚愕といえるものが起こった夜が明けて、約束した昼へと時間が過ぎていく。
ルノと並んで広場の椅子に座って待っていたら、前の方からリアンナに連れられてやって来るサイネリアさんの姿が見えた。
「や、こっちだ」
「わう、こんにちわ」
右手を挙げて声をかければ、向こうもこっちに向かって早足に向かってくる。
「二人とも早いわねぇ」
「お二人とも、こんにちわです」
応えるようにリアンナとサイネリアさんも声をだし、集合する。
とりあえずルノを俺の膝の上に載せてスペースを空け、空いたスペースにリアンナとサイネリアさんが座る。
「昨日振り、リアンナには何もされなかったか?」
「あはは……うん、大丈夫だったよ」
「失礼するわね、もう」
苦笑するサイネリアさんの先からリアンナが不満そうな顔を見せる。
だけど……最後にあんなセリフを言っていて信用があると思っているんだろうか。
ため息をつく俺にリアンナはさらに不満そうな顔を見せるが……
「まあ、いいわ……いつまでもこうしていても始まらないし、そろそろ大切な話でもしましょうか」
立ち上がり、リアンナは不敵な笑顔でこちらを見る。
だけどその顔もすぐに困ったような顔になってしまったのだけれど。
「もっとも、昨日の時点で私が必要なことをほとんど教えちゃってるのよね……だから改めて話すような事って実はそんなになかったりするのよ」
「そうなのか?」
正直拍子抜けしたという感じの声を出す俺に、リアンナは誤魔化すように笑う。
続けて隣にいるサイネリアさんへと視線を向けてみれば、そちらも若干困ったような顔をして頷いたのだった。
「……まあ、それならそれでいいんだけどさ、俺が楽になるだけだから」
リアンナのやったことだから信頼はしているが、それでも一応とばかりにサイネリアさんに聞いたことを簡単に教えてもらう。
古代言語のこと、継詠者という存在のこと、それからリアンナが使徒の中でも王に位置する存在であるということ。
自分に限らずそういう存在が継詠者を護ることが目的の一つであるということ、俺という異界の詠歌いの存在についてのことまで、彼女が関わった範囲において必要なことは確かに教えられているようだった。
「あらら、本当に説明が終わってしまってる……」
「ごめんねぇ、ヒサメの役割奪っちゃって」
「いや、それは別にいいんだけどね」
説明が不要になったのであったら、別の話をすればいいだけである。
確かに俺が説明すると言ってしていないのは引っかかるものがないわけではないけれど、そこに関しては気にしないでおこう。
「とりあえず、考えるべきは今後の方針ってことになるのか……昨日の連中は片づけたが、また起こらないとも限らないだろ?」
「それなんだけどねぇ……」
俺の問いかけにリアンナが途端に顔を歪めた。
うわぁ……一気に嫌な予感がし始めたんだけど。
「奴ら……私がこの村に来るよりも前に彼女の存在に気づいたようね、つまりは後ろから命令している奴がいるということ」
「おいおい……」
思わず頭を抱えたくなったものの、予想できていなかったわけではない。
少なくとも個人で動いていたわけではなかったことを見るにそういった組織的な何かがあることも考えてはいた。
外れてほしいとは思っていたものの、やはりそう言った願いというのは総じて届かないものなのだろうか?
「まあ、彼女の森での歌は隠していたわけではないのでしょうからね……ある意味では当然とも言えるのかもしれないわ」
「うぅ……」
指摘されて落ち込むサイネリアさん。
まあ、自業自得と言っているようなものだから無理もないんだけど。
「知らなかったのは仕方がないのだけどね」
それをフォローするようにリアンナは言って笑う。
リアンナでも気を遣ったりするんだなと考えていると、リアンナからジト目で見られた……うん、俺は何も考えてませんよ。
「それは置いといて、彼女のことが知られたのはおそらく私がこの村に来る直前のことね……だからこそ、それを知り、捕える準備をしたころには既に私ももう事実を知っている」
一番最初の情報源を時期的にリアンナは押さえることができなかった。
だからこそ、伝わることを防ぐことだけはどうしようもなかった……だけど、それ以外をリアンナが許すわけもない。
結果的にサイネリアさんは護られる、絶対に。
ああ、面白いほどに最悪と最高のタイミングが一致している……なんとも酷い偶然である。
「改めてみると……吐き気がしてくるほどだな」
「ええ、本気でこんな『流れ』を作る存在がいるというなら消し飛ばしてあげたいところよ」
リアンナとしても不満は溜まっているのだろう、これは世界の仕組みでありそうしているという明確な存在はいない。
いたらリアンナだけでなく他の面々まで参加しそうだし……うん、世界が終わるな。
正直ビビりながらリアンナを宥めて、俺はリアンナに先を話すように促す。
「今のところ後ろの組織の場所がわからないから潰すのも難しいのよね……私が大きく動くのも色々と問題だし」
不特定多数にバレていることがやはり一番のネックである。
ただ……手に入れた利益を独占したいと考えるのが普通であるから、他の組織のようなものには情報が渡っていないと考えられるだろう。
「んじゃ、これからどうするんだ? つきっきりでサイネリアさんを護るというのも難しいんだろう?」
『流れ』というものを考えるとすれば、自分だけでなく大きい『流れ』を持った存在にも制約はかかるはずである。
「そうね……私みたいのがいつまでも一ヶ所に停留していると色々引き寄せちゃうから、そう言う訳にもいかなかったんだけど……ねぇ?」
言いながら、心底呆れかえったようにリアンナはサイネリアさんに視線を向ける。
視線を受けたサイネリアさんは苦笑半分に頷いて、宣言した。
「私……リアンナさんと一緒に旅をすることに決めたんです」
その言葉に俺は目を見開いた後、信じられないものであるかのようにサイネリアさんを見る。
思わずそのまま考えていた言葉をサイネリアさんに向かってこぼす。
「あぁ……ええと……正気か?」
「……ちょっと酷くないですか? せめて本気かにしましょうよ……」
いや、正気を疑う方で間違っていないと思うぞ。
やや傷ついた顔をするサイネリアさんだが、俺としては至極まっとうな反応だと思っている。
夜の王のような想像を絶する化け物と一緒に旅をする……それも歌以外は普通の女の子が?
なんだそれは……新手の自殺なんじゃないかと疑うほどの気持ちである。
「確かに危ない目には遭うかもしれないけど……リアンナが護ってくれるんでしょ? なら安全だよ」
「…………は」
そんな俺の考えに反論するかのようにサイネリアさんは言う。
そしてその内容に俺は呆気にとられ、それから奇妙な可笑しさがこみあげてくる。
「気持ちはわかるわヒサメ、私だって聞いたときは大笑いしたくなったわよ」
リアンナも苦笑しながらそんなことを言ってくる。
「とても他人任せ……さらには信頼を得るには短すぎる時間にも関わらず、その考えを口にしたのよ……」
ハッキリ言って馬鹿としか言いようがない行為……なのにそれは最も理にかなっていると言ってもいい。
現状では明確な目的のない夜の王、その中で継詠者を護ることは数少ない目的の一つと言っていい。
そしてリアンナは夜の王の中でも最高の防御能力を持った存在であり、実のところあらゆる選択肢の中で最も安全地帯であると言える。
「そして私は同行を許可したわ、元々当てもなく歩いているだけだから道連れの一人くらいは逆に退屈を紛らわす助けになるしね」
軽々とそんなことを言いつつ、それにとリアンナは続けて、
「彼女自身、世界を回って歌を歌いたいという望みがあるみたいだからね、互いに都合がよかったというところね」
「へぇ……」
「旅の中で彼女の歌が聞けるのなら、護衛程度の手間ならお釣りが出るくらいのものよ」
ああ、とリアンナの言葉に同意しながら、同時に羨ましくも思う。
古代言語なんてものを考えなくても、彼女の歌それ自体に十分な価値があることは疑う余地もない。
それを考えれば護衛の一つや二つ、どうということはないだろう。
俺の膝に座るルノもその通りだと言わんばかりに深く頷いていた。
「やはは、正面からそう褒められるとやっぱり照れますね」
その歌の歌い手はといえば、俺たちの評価に軽く照れを見せていた。
「ふふ、照れる必要はないわ……貴女はもっと自分の歌を誇りなさい、それが許されるだけのものがあるのだから」
そんなサイネリアさんに対してリアンナは口元に笑みを見せながら、しかし目では真剣に彼女を見て言う。
少々らしくないとも言えるリアンナのその様子に少し違和感を覚えるが、あることを思い出し納得する。
リアンナだけでなく夜の王全員に対して言えることらしいのだが、彼らは自分が価値があると認めたものの評価には強い執着を見せる。
それは、その価値を持つ本人にさえそれを過小評価することを嫌うほどである。
とまあ、難しく言ったが誰しも気に入ったものの評価が低ければ不機嫌にもなるとそういう話ではあるのだが。
「そういえば、結局サイネリアさんの知識は全然駄目なのか?」
「そっちは駄目ね、未覚醒の状態じゃ無意識にしか使えないようよ」
「うん無理、そんな知識なんて欠片も浮かばないわ」
あっけらかんとしたサイネリアさんの言葉に、ほんの少しだけ残念だと思う……とそこで、継詠者に関係する詠の存在を思い出した。
継詠者の鍵の詠、あるいはこれならば目を覚まさせることが出来るかもしれない。
「それは今はやめておきなさい」
そう考え付いたところでリアンナから制止が入った。
少し目を見開いた表情でリアンナを見ればかなり真剣な表情でいて、それだけ重要なことなのだと理解する。
「何故?」
「一つは今の時点で絶対に目覚めなければならないことが特にないこと」
「む……」
リアンナの言葉に思わず納得してしまう。
あれば役に立つのは間違いないが、今必要なことではないことは確かである。
個人的な目標のためと言えばあるにはあるが、いきなり答えを求めるのも間違いであろう。
「二つ目、覚醒させた場合流れが大きくなって場合により危険を引き寄せる側になる可能性がある」
「え?」
「当然の話よ、今の状態と完全に力を扱える状態なら後者のほうが世界に与える影響は大きい、そして昨日今日で流れと言うものの恐ろしさを貴方も理解しているでしょう?」
好悪どちらもが混じった偶然の出来事、それが重なる偶然により出来た今の状況。
確かに、それを考えた時に世界に与える影響は抑えるべきであろう。
「三つ目、私は出来れば自然覚醒をして欲しいと思っているわ」
「自然……覚醒?」
「どちらかと言えば貴方の知る詠は、継承がうまくいかなかった場合の強制解放に近いと見ているわ」
だから解放の際にはある程度の負担がかかると予想しているとリアンナは続けた。
現在でも無意識に知識を取り出せる以上、意識的にすることも可能であり、負担もそちらの方が低いだろうということ。
少なくとも今の状況よりも覚醒状態に近い状態でなければ詠の行使はサイネリアさんのためにならない。
そこまで言われては今の状況でやることは出来ないと俺も魔法の行使を取りやめた。
「とはいえ、今の状況よりも覚醒を近づけるとなると、手は一つしかないかしらね」
「なんだ?」
「別の継詠者と接触させること、おそらくだけど互いに共鳴するような状態になると思うわ」
そういう状態になれば上手くすれば自然覚醒が、少なくとも一気に早まることは間違いない。
注意点としては半覚醒のような不安定な状態になりやすいこと、それは逆に危険なためそのような状態であれば詠を使い覚醒させたほうがいいだろうとのこと。
「なるほど……」
「逆に言えば二人以上の継詠者がいたのならば強制的に目覚めさせたほうがいいかもしれないわね、そちらのほうが負担も二分されると思うし」
言っていることはわかるが、こんな存在が簡単にもう一人出てきたりしないと突っ込みたくなったのだが……それよりも先にリアンナに肩を叩かれて告げられる。
「大丈夫よ、貴方がいるだけで継詠者の一人や二人吸い寄せられるから」
「人を人間磁石のように言うなっての……」
「そうかしら? すぐ傍にその実例がいるわけだけど?」
「う……」
「はぇ?」
痛いところをつかれて言葉に詰まる俺、ほぼ同時に難しい話はゴメンとばかりに膝の上にいるルノと会話をしていたサイネリアさんが俺とリアンナの方を向いた。
正直不本意ではあるが、事実サイネリアさんを引き寄せたというこの状況では否定のしようがないのかもしれなかった。
「はぁ……」
思わず漏れたため息にリアンナが小さく苦笑する。
「ま、難しい話はここまでにしましょう? 私たちはともかく二人が暇しちゃっているわ」
「そうですよぅ」
「わう、つまんない」
リアンナの言葉にここぞとばかりにサイネリアさんとルノが口を出してくる。
その様子に俺もこれ以上文句を言っても仕方がないなと思い、この話を終わらせることにする。
「最後に言っておけば、貴方がその詠を使うならもしものために私なりエレンなりがいること、継詠者をカレンと合わせて二人以上を見つけること……少なくともその二つは絶対条件よ、あとは私が許可をすれば、かな……ま、何かしらヒサメに必要性が出てきた場合に関してはその限りではないけど」
「了解」
これ以上の問答は不必要であるとこちらも理解して、リアンナの提案をすぐに受け入れた。
その返答を気を良くしたのかリアンナは笑顔で手を叩き、他に聞いた。
「さて、必要な話はしたんだけど、何かあるかしら?」
「わん!」
リアンナの質問に、ルノが真っ先に手を挙げる。
「はいルノ君」
「さっきの話がわかんなかったからもう一回教えて!」
「あとでヒサメに教えてもらいなさい、わかりやすく教えてくれると思うわ」
「わう、わかった!」
「っておい、そこで俺に振るのか!?」
ルノの頭を撫でながら言われた発言に思わず突っ込んだ。
質問するルノもだが、ノータイムで俺に丸投げしたリアンナもどうかと思うぞ!?
「この仔の教育は貴方の役目でしょう? ならしっかりと教えてあげなさい」
「ぐぅ……」
ほぼ勢いのみで突っ込んだため、正論一つで真っ向から叩き潰された。
そんな俺を無視してリアンナが再度問えば、今度はサイネリアさんが手を挙げた。
「はい、サイネリア」
「質問ってわけじゃないけど……えと、まず私のためにこんなにしてくれてありがとうございます」
サイネリアさんがそう言って俺たちに頭を下げてくる。
「別に気にする必要はないわ、私にとっては大した手間でもないし、それに貴方を護るのは役目だしね」
「俺にしてもだな、むしろ原因は俺にあるようだし……」
「駄目だよ!」
俺の言葉を遮るようにサイネリアさんが声を大きく出し、不満気にこちらを見てくる。
「流れのことは聞いたよ? 難しいことはよくわからないけど、それは貴方のせいなんかじゃないよ」
「つっても、実際こうやって巻き込まれたんだぞ?」
「だけど助けてくれた……難しい理屈なんて必要ない、私を助けてくれたのは貴方たち、それでいいの!」
反論は聞かないというように強く放たれた言葉、それに俺は何も言えなくなる。
「だから……ありがとう」
「……わかったよ」
純粋な感謝が受け取りづらくて、若干顔を背けながらそう言った。
それにサイネリアさんは少し考える素振りをして、
「まだ気になるんだったら、一つお願い聞いてもらってもいいかな?」
「お願い? なんだ、サイネリアさん?」
「それです」
出されたお願いと言う言葉に反応した俺に、サイネリアさんが俺のほうを指差してくる。
「サイネリアさんって言うの、止めてくれるかな? カレンって呼んで欲しい」
「……そんなこと、なのか?」
「む……女の子の名前に関してでそんなことはいただけないよ、でもそういうこと、そう呼んでくれたほうが私が嬉しいから……それじゃ不満?」
俺の思わず出た言葉にサイネリアさんは不服そうに口にして、それからこちらの目を見て言った。
「いや……不満は無いよ」
「よかった、じゃあ呼んで?」
両手を広げるようにして、サイネリアさんは俺の言葉を待つ。
「う……カ、カレン……これでいいか?」
いざ名前を言おうとして、気恥ずかしくなった俺はどもりながらそう言った。
それでも十分だったのか、サイネリアさ……いやカレンは本当に嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
隣のリアンナが俺の様子をとても面白そうに見ていたのは記憶から忘れたい。
「初々しいわぁ……ところで、私もそう呼んでいいのかしら?」
「あ、はい、リアンナさんもどうぞ」
「そ、じゃあ私もリアンナでいいわ、これから一緒に旅するわけだし、よろしくね、カレン?」
「はい!」
そう言って、俺のときとは若干違った笑みを浮かべて、リアンナと握手を交わす。
その様子をルノが羨ましそうに見て、
「ねぇねぇボクは?」
「あ、もちろんルノ君もオッケーだよ」
「わかった、えと、じゃあカレン姉ちゃん!」
ルノがそう発した途端にカレンの動きが止まった。
それはもう面白いほどに硬直してしまったカレンを訝しげに見ているとカレンはすぐに動き出し、
「ね、ルノ君、もう一回、もう一回呼んでくれる!?」
「わう? カレン姉ちゃん?」
「はぅ……」
なにやらルノにもう一度催促をし始め、やればえらくときめいた表情でルノの事を見ていた。
「お、おいサ……カレン?」
「はっ、いえいえ、ちょっと妹や弟がいなかったんでこう……」
「あぁ……なるほど」
言いながらルノを抱きしめるカレンに俺も若干の理解を示す。
自分がルノに惹かれたのは自分と同じであったからだが、たまにそういう思いを抱かないことも無い。
そう思いルノを見れば、抱きしめられて気持ちよさそうにしていた……若干羨ましいと思ったのは内緒だ。
そのまま俺からルノを取り上げ自分の膝にのせるカレン、その姿は非常に楽しそうで、ルノもそれにつきあって話をし始める。
そんな様子を見ながら、立っていたリアンナが俺の隣に座り俺やサイネリアさんと他愛ない話をし始めるのだが……真ん中に座る俺は文字通り両手に花の状態で、周りから痛いほど視線を受けるのであった。
当然リアンナはそれにも気づいているのだが、むしろ面白がってこちらに密着してくるなど、逆に煽る側に回るのだから性質が悪い。
若干そんな視線や行動に疲れてきたところで、リアンナから問いかけられた。
「ああ、そうそう、ヒサメたちはこれからどこか行くあてとかあるの?」
「ん、あてはないぞ……まあ、コイツが問題なく歩けるほうかな」
「わふぅ、ヒサメ止めてよ」
俺は気持ちよさそうにしているルノの頬をプニりながらリアンナに答える。
プニられているルノは若干不機嫌そうではあるが……ついでにそんな様子を見てカレンが目を輝かせていたのが非常に気になる。
「なぁるほど……ふんふん」
まあ、それはさておくとして、リアンナは俺の答えを聞いて納得したように頷き、その提案を持ち出した。
「だったら少しの間でも私たちと行かない? 準備もあるからもう何日か滞在してもらうことになるけど」
「あ、いいですね!」
その提案に、俺が返事をするよりも早くカレンのほうが名案とばかりに絶賛する。
そんな嬉しそうなカレンの顔を見れば、断ることなんて出来そうもなかった。
「ふぅ……ルノはどう思う?」
「二人と一緒に? カレン姉ちゃんとリアンナさんならいいよ」
「ありがとうルノくん!」
「わふぅ」
快く受け入れたルノに感激したようにカレンがルノを抱きしめる力を強め、ルノも不快じゃないのかされるがままになっている。
「まあ、それじゃあよろしく頼む……出来ればなんだが行き先は……」
「あの仔が苦しまないところね、いいわよ、もともとあてのない話ではあるしね」
「そうなら助かる……じゃあ、しばらくの間よろしく頼む」
「おっけー、仲良くしましょ?」
リアンナと握手を交わし、互いに小さな笑みを浮かべあう。
「あ……ルノくんちょっと降りてもらっていい?」
「わう? うん、いいよ」
ルノがカレンの膝の上からどき、カレンが立ち上がる。
「どうしたんだ?」
「いつもの歌の時間なの、もうすぐ旅立つんだから、力いっぱい歌わないとね」
そう言って、カレンは笑う。
大好きな歌を歌うために。
「この村からあの娘の歌を奪うんだから、何がなんでも護ってあげないとね」
「……そうだな」
広場の一角で歌い始めたカレンと、その周りで歌を聴くために集まった人たちを見ながらリアンナが呟いた。
それに俺も同意し、村に響く歌に耳を傾けるのであった。
……これが、一つの始まり。
全ての偶然が収束して、ここに一つの始まりが生まれた。
普通の村娘だったはずのカレンが継詠者として、そして歌姫として歩き出すその最初の一歩を踏み出した日。
そのことに、自分と言う存在の影響についてやはり考えないわけではない。
カレンが聞けば怒り出しそうなので言いはしないが、やはり心のどこかでひっかかっていた。
それはこの時も…………そして今も。
歌うカレンの表情が色褪せていき、真っ白に染まっていく。
ああ、夢から覚めるのだと理解して、意識までも消えていった。
そして目が覚める。
「夢……か」
今まで昔の夢を見ていたことを自覚し、それから周囲を探る。
足元に重みがあると感じて見れば、看病してくれたのだろうサナちゃんと、隣にルノが疲れたのか俺の足の上に倒れるように眠っていた。
「子守唄なんて聞いたから関連して夢を見たんだろうな」
上体を起こしてルノとサナちゃんの頭を撫でるようにし、思わずため息をついてしまう。
それから夢の続きを少しだけ思い返す。
数日後に村を出たあと次の町に来た所でカレンが自分の分の金は自分で払うと言い、そのために自分の歌で稼ぎ始めたのが最初の活動。
もちろん最初のころはどれだけ上手くてもそうそう稼ぐことは難しくて、かなりの苦労があったのだが、持ち前の前向きさで少しずつ自分を磨き、ファンと言える人たちも増えていった。
その時期に作って渡したマイクは今も使用されているため、少し照れくさい。
いくつかの村街を巡って、カレンの歌声に目をつけたグループがいてそこから歌姫と呼ばれるまでの活動が始まるのだが、それを機に俺とルノは同行から外れたため、その内容を詳しく知ることはない。
そして、先日のコンサートで、継詠者としても大きく前進した。
なお、俺があのとき焦っていたことはリアンナも知っていただろうが、二つの条件と、それに曲がりなりにも俺が必要としたことを見てあえて許可したと考えている。
クラウもいたため絶対に大事になることだけは無いと考えていたのもあるだろう。
まあ、結果的にサナちゃんと二人同時に扉の鍵を開けることに成功したのだからこれ以上は考えないことにする。
そこでふと、サナちゃんに看病されていたなら少し不味いのでは、と思い至る。
「寝言とか言ってないだろうな……俺」
サナちゃんに看病されている状況で寝言でカレンの名前を言うって……明らかに地雷原に足を突っ込んでいるだろ。
どうかそんなことが無いようにと祈りながら、再度夢の内容を思い返す。
今度思い返すのはそういった関係のこと、昔のカレンと今のカレンの違い。
「あんなにリアンナの影響受けやがって……」
同時に思い出すのは前回会った時のカレン。
本質は一緒だが、恋愛関係にのみ振り切った部分は確実にリアンナのせいだと頭を抱える。
当時は本気で気づいてなかったが、出会いやその後の一緒の旅での行動を考えれば自惚れが含むがそうなっても不思議ではなかったと思う。
それに加えて別れた後にリアンナが煽ったのだろうが……半分くらい自業自得の気がしてきた。
勿論嫌ではないし役得だとも思っているが、カレンに抱いているのは友人感情だしそもそも恋愛感情を持たないようにしている身としては色々ときついものがある。
……若干思考が横道に逸れたのを感じて考えを少々真面目な方面に傾けていく。
「詠に聞こえた歌……か」
普通に思い出すよりも鮮明な体験を思い返し、改めて感じた違和感について思いを巡らせる。
改めて同じ思いを感じたことで、あの時の心情がより詳しく感じることができた。
森で初めて歌を聴いたとき、実際に見るまで俺はそれが詠だとどこかで確信していたのだ。
そして同時に、その詠は自分よりも上の存在であると感じていた。
むしろ、今感じた限りではあの詠が何の効果も果たさないことの方が不思議でならない。
「まだ……なにか謎がある……それも古代魔法の根幹に関して」
俺が……さらにはじいさんがたどり着いていなかった何かがまだある。
夢を見て、そう確信した。
「ん、ここは……」
「ぅ……わうぅ?」
力が入っていたのであろう、若干の身じろぎのような動きで振動が伝わったのか、足の上で眠っていた二人も目を覚ましたようである。
寝ぼけたような二人の姿に小さく笑い、考察をいったん止めることにした。
「二人とも、おはよう」
まずはこの風邪を治すことから始めようと、小さく思うのだった。
喫茶店『旅人』、病気明けから以前に増して元気に働くマスターが見られたそうです。




