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第四十二話 『追想』

 懐かしい、夢を見る。


それは俺とルノが一緒に旅するようになってから少しだけ後の物語。


慣れてきた二人旅の先で穏やかな村を見つけて、訪れた時のことである。




「さ……てと、宿の確保は済んだし、これからどうしようか?」


「わぅ、とりあえず村の探検しよう!」


「了解、まあ、すぐに回りきれるだろうしね」


 ルノを肩車したまま、村の中を歩いていく。


道行く村の人たちも穏やかな人たちで、声をかけられながらゆっくりと村を回っていると、やや大きめの広場で人が集まっている様子が見て取れた。


「ん、なんだあそこ?」


「わう、歌が聞こえるよ」


「歌?」


 それが気になり近づいてみたところ、ルノがそう口にした。


それを確かめるように耳を澄ませば確かに聞こえてくる歌声があった。



――貴方に感謝を贈ります


  この地に恵みを与えてくれる貴方に


  ありがとう


  光と温もりを与えてくれて――



「へぇ……」


 感嘆の声が知らずに口から漏れてしまう。


この世界の歌をあまり知らないため、それが既存のものなのか創作なのかは知るところではないのだが、それでも目を見開くだけの価値がある。


太陽への讃美歌、歌詞そのものは特筆するほど秀でているわけではないだろう。


だけど、その歌にはただひたすらに思いが込められていて、聞く者を引き寄せていた。


こうして広場に集まっていることが何よりもその証拠となるだろう、そのまま終わりまでその歌を聞いていた俺たちは他の聴衆と共に拍手を歌い手に送る。


「凄かったね、ヒサメ」


「ああ、これだけでもこの村に来た甲斐があったってところだね」


 ルノに返した言葉は嘘偽りなく本音。


ただ休むためだけに通った村で、それは思いがけない幸運だったと言えるだろう。


そんなことを考えながら拍手を送る俺たちの背後から、その声はかけられた。


「ホントよねぇ、こんなところでこんなものと出会うとは私も予想していなかったわ」


 その声を聴いた瞬間、冷水をぶちまけられたように震えが走った。


聞いたことのある声だった……そして自分にとって声で判別できるほどに知っている人物などほんの一握りしかいない。


そしてその一握りしかいない全ての者たちが、自分などよりも遥かに上位の存在たちである。


「? ヒサメ?」


「う……そ、だろ?」


 ルノが不思議そうに俺に問いかけてきているようだが、俺の耳には入ってこない。


硬直してうまく動かない身体を必死の思いで反転させ、俺は声をかけてきた人物を見る。


聞こえてきた声は、とても近いところから聞こえてきたように思えた……だけど、声を出した存在は思いのほか離れた場所からこちらに向かって笑みを浮かべていた。


「ハァイ、こんなところで会うなんて奇遇ね」


 どこかイタズラが成功したといった表情を見せながら、彼女が再度声をかけてくる。


彼女は離れたところにいるにも関わらず、どういう手法を用いているのか近い距離で話されたかのような聞こえてくる。


「……ヒサメ、あのお姉さん誰?」


 同じく彼女の姿を見て、そして不可思議な声を聞き取ったルノは怪訝そうに俺に問いかけてくる。


彼女の姿を見て、ようやく正常になりだした頭でルノの質問に答える。


「……あのお姉さんはリアンナ・エールセイム、一応は俺の知り合いだよ」


 答えながら、俺は彼女の姿を観察する。


正直、出会うにしても彼女で良かったと本気で思う……姉さんやフェリアであれば非常に厄介なことになることは想像に難くない。


リアンナはあまり肌を見せない長袖の服装の上から髪の色と同じ灰色のマントを上から羽織っており、見た目の様子であれば女性の探索者であるといっていいだろう。


その実は世界最強の候補として列挙される存在の一人であるとは思えない。


「そう思ってくれるのは光栄だけど、私自身はどうでもいいのよねそんなこと」


 リアンナはそう言ってため息をつく。


だけど同時にため息をつきたいのはこちらだとも言いたい。


「何を自然にこちらの思考を読んでいるんですか……」


「別に読んだりしてないわよ、ただあなたがわかりやすいだけ」


 それにしたって感情の機微はともかくとしてここまで正確に返答できるものだろうか?


正直思考を読まれたと言われた方が逆に納得できるんだけど……


「だから読んでないわよ、少しは信じなさい」


「だったら、そこまで正確に返答しないで下さいよ」


 憮然としながらリアンナにそう返し、俺はため息をついた。


そんな俺の様子をリアンナは面白そうに眺めて言葉を漏らす。


「ふぅん……いいわね、昔よりもずっと感情豊かになっているようね……いえ、どちらかと言えば元々あった性格に戻ってきたと言うべきなのかしら?」


「どうでしょうかね……この世界に来れなかったら、また違った性格になっていたでしょうし、一概には言えませんよ」


 リアンナと初めて出会ったのは当然ながらじいさんの家でのこと。


それに、まだまだこっちに来て日の浅い、今よりも精神的にずっと未熟だったころの話である。


そのころに比べればずっとマシなのではないだろうか。


「ふふ、少し安心したかな……それで、少し話につきあってくれないかしら?」


「……いいですよ、こちらとしても貴女がこんなところにいる理由を聞かせてほしいところであるしね」


 リアンナの提案に乗れば、彼女はその返答に満足したかのように笑い歩き始める。


その歩く先は歌が終わり閑散としていく広場にある木製のベンチのような椅子のある場所のようだった。


それを理解して俺もリアンナを追って足を進めていく。


「わぅ、おいてけぼり……」


「ああ……悪い、ちゃんと説明するから拗ねないでくれ」


 不満げなルノの言葉に苦笑しながら謝り、ルノを降ろしてベンチに座らせる。


その隣に俺も座り、逆隣でこちらを見ながら笑みを浮かべるリアンナの言葉を待つ。


「さて、どうやらその男の子に自己紹介をしなければいけないみたいね……だけど、私もあなたのことを知らないわ、教えてくれる?」


「わん、ボクはルノ、ルノ・ミンステアです!」


「ありがとう、ヒサメが言ったように私の名前はリアンナ・エールセイム……簡単に言えば使徒ね」


「しと……?」


「ありゃりゃ、わからないか……だったら後でヒサメから教えてもらいなさい?」


「わう……わかった!」


「うん、いい仔ね」


 口を挟まずに二人の話を聞いていたが、どうやら後から詳しくルノに教えなければいけないようだ。


とりあえず、今は簡単に説明しておけばいいか。


「まあ簡単に言うとだ、世界最強かもしれない人……そう思ってくれればいい」


「おぉー」


「やぁねぇ、そんなのはクラウとかエレン、あるいはフェリア辺りに任せていればいいじゃないの、少なくとも勝てはしないわ」


「だけど、負けもしないだろ?」


 それもその中の二人以上を同時に相手したとしても、守勢に専念すれば凌ぎ切れる可能性がある。


防御に特化していると言うそのベクトルの違いはあるものの、世界最強の名も決して誇張ではないだろう。


「つまり凄い人なんだ!」


「まあ……正確には人ではないんだが、ぶっちゃければそうだ」


「それはさすがにぶっちゃけ過ぎよ」


 あまりと言えばあまりな俺の回答に、思わずといった感じでリアンナが頭を抱える。


まあ……存在自体が世界的に大問題な彼女たちを凄い人の一言で終わらせるのはあまりにもアレではあるか……


しかし、説明する時間ももったいないとして、俺は詳しい説明を後にして俺はリアンナに質問をする。


「まあ、色々と置いといてだ……リアンナはどうしてこの村にいるんだ?」


「どうしてと言われてもね……正直貴方たちと同じで偶然ここにたどり着いただけなのだけど」


「本当に?」


「ええ、村に来たこと自体は何も特別なことなんてないわ」


「……なるほど」


 どこか強調するようにリアンナは回答を口にした。


村に来たこと自体は、か……それはつまり、


「何か特別なことは存在しているってこと?」


「そそ、貴方たちだって聞いていたでしょう? あの子の歌」


 正解と言ったようにリアンナは笑い、その答えを告げる。


そんなリアンナの言葉に対してルノはすごく良かったと告げるが、俺は少々信じられずリアンナの言葉を否定する。


「いい歌だったのは間違いない、それは認めるよ……だけど、リアンナが特別と評するには足りないと思うぞ……歌い手には悪いけどね」


 信じられないと言う俺の言葉に、リアンナは特に否定をしない。


とは言え、彼女がそう言った以上意味はあるはずである……俺がそれに気づいていないだけなのだ。


「そうね、あの場面だけに居合わせたのであれば、そう思うのも仕方がないわ……私も最初は気づかなかったのだから」


「貴女が……気づかない?」


 当然のことではあるがリアンナたちの能力は単純な身体能力だけに留まらない。


何かを感知する能力にしても非常に高い能力を持っているはずである……そんなリアンナが気づかなかったと言ったもの、それはいったいなんだと言うのか?


「悩んでいるヒサメに一つ、とんでもない事実を教えてあげるとしましょうか」


「とんでもない事実?」


「そう……私がこの村に来たのはね、二週間前なのよ」


「な……に……を?」


 今度こそ俺はリアンナの言うことを信じることができなかった。


仮にリアンナの言葉が真実であれば、それはあまりにも異常であると言えた。


二日、あるいは三日であればまだ納得は出来るだろう……だけど、二週間ともなればそれは尋常なものではない。


それだけのものを歌い手は持っていたと言うこと、それがどんなものであるのか俺には想像がつかなかった。


「彼女の歌だけど……彼女はあがり症のようね、本人も気づかない内に彼女の歌は質が落ちている……彼女が制限なく、本気で歌った場合は正直シャレにならないわよ」


 見られていることを意識してしまえば人によっては本来の力を出せない……それに関してはまあ、理解できる。


しかし、あれだけ自分やルノ、通行人たち全てを惹きつけていた歌の質が落ちているものであるとは、今までの発言と同じく信じがたい。


「そんなに……なのか?」


「ええ、貴方なら聞いてみればすぐにわかるでしょうね」


 俺ならば?


リアンナの言葉に疑問点はあがるものの、現時点ではあまり思いつくこともなく疑問を浮かべる。


「まだ気づかないの? まあ、とりあえず今日の夜、この村のすぐ近くにある森に足を運びなさい……そうすれば全部わかるから」


 俺の様子にリアンナは若干ながら呆れた表情を見せ、それから俺のやるべきことを告げた。


それは無視してもいいのだろうけれど、自分としても答えが知りたいため断る必要はない。


「わかった……夜に森だな?」


「ええ……しかし、正直私も舐めていたわ……こうも流れの引力が強いとは思わなかったわよ」


「リアンナ?」


「ヒサメ、貴方は『流れ』のことについては知っているかしら?」


「『流れ』……? いや、じいさんからは聞いた記憶がない」


「そう、だったら夜にでもまとめて教えてあげるわ」


 そう言って、リアンナが立ち上がる。


話はこれで終わり、そういうことなのだろう。


「あ、ちょっと待てよ」


「これ以上の話は今は蛇足よ、また夜にでも会いましょう?」


 まだまだ聞きたいことはある、そう思うのに彼女を止めることはできなかった。


リアンナが笑い、その場から消えてしまう……まるで初めからいなかったかのように。


「……ルノ、見えたか?」


「全然見えなかったよ……けど、足音がしたし飛んだわけじゃないと思う」


 ルノとは違って足音すら聞き取れなかった俺としてはルノのことを凄ぇなどと思いながら、だけど頭の中では今の話に関して振り返る。


できれば件の歌い手と話をしてみたいとも思ったのだが……人の壁で歌い手の顔など見えていなかったため相手がわからない、かろうじて歌声から女性であることだけである。


ルノに匂いで追ってもらう方法や、あるいは村の住人に訪ねていけば会えるだろうが……そこまでする気にはなれなかった。


唐突に会っても何を話せばよいのかわからないし、夜にはおそらく嫌でも会えるだろうから……まあ、ある意味夜に初対面で会うと言うのも少々アレな話ではあるが。


とりあえず、今できることはそう多くない……ならば大人しくその時までじっくりと準備でもしていた方がいいだろう。


「……宿に戻るとするか、ルノ?」


「わん!」


 俺とルノは立ち上がり、宿に向かって足を進めるのだった。




 それから宿へと戻った後、俺は夜に備えてあまり動かずに休むことにした。


夜の王であるリアンナからの誘い……彼女の性格を考えればおそらく問題はないであろうと思っている。


しかし、それでも準備をしていくことに間違いはないと自分のよく使う魔法具の点検をしていた。


同時に、ルノにリアンナ他の夜の王に関する内容について教えていくが、完全に理解するのは難しかったようで唸るようにしてベッドに転がってしまった。


まあ、まだまだ子どもであるしあまり詰め込み過ぎても覚えきれないだろうと苦笑して、ゆっくりと教えていくことを決める。


「さて……ルノ、そろそろ行こうか?」


「わん!」


 日も沈みかけ、森につくころには夜になっている頃であろう。


突発的な事故などのために防護効果の高い外套に身を包み、俺とルノは森へと向かう準備を終える。


宿の受付に軽く外へと出てくることを告げ、俺たちは森へと足を進めていく。


リアンナの言う夜と言うのがいつのことなのかは正確にはわからないが……向こうのことだからこちらの行動程度は把握しているのは間違いないから特に問題もないだろう。


そんなことを考えながら森の入口近くまでやってくれば、そこにはリアンナの姿を見つけることができた。


「ハァイ、来たわね?」


「ああ」


「わん」


 微笑むリアンナに返事をして、俺とルノはリアンナの正面に立つ。


「んで……教えてくれるのか? 色々と」


「そうねぇ……正直なところ、口で説明するよりも体感してみるのが一番なのよね」


 俺の問いにリアンナは苦笑しながら答える。


それから……だから、と口にして、リアンナは森の奥を指差した。


「この森の奥に行きなさい……まっすぐに進めばそれで大丈夫だから」


 もったいぶったようなそれに少々気になりはするけれども、その答えも全部この奥にあるのだろう。


だから言われたとおりに森の奥に進もうとしたのだが、俺は疑問を口にする。


「リアンナは一緒に来ないのか?」


「同行するならしてもいいのだけどね……でも、私は私でやることがあるのよ」


「わう、やること?」


「そ、少々無粋なお客さんがいるのよ……だから、接待しようと思っているの」


「……途端にキナ臭くなったぞ、おい」


 無粋な客に接待……正直発言しているのがリアンナでもその言葉ほど優しいものではないことが感じられてしまう。


どういう経緯でどんな奴なのかは知らないが……接待相手には俺は冥福を祈るしかない。


「ま……私のことは気にしないで、貴方は奥へ行きなさい?」


「……了解」


 これ以上ここで問答をしても進展があるとも思えない。


俺にできることはただ奥へと向かうことだけだと考え、ルノを連れ立って森の奥へと向かい足を進めていくのだった。


「わぅ……一体なんなんだろうね?」


「さぁな……この先に一体何があるのやら」


 不安半分、期待半分の状態で森の奥へと向かってただ歩いて行く。


森の奥に誰かの気配を感じることができて、おそらくそれが目的でありゴールなのだろうと考えて足を速めようとした時、


「……っ!?」


「これ……って」


 それは響いてきた。



――もしも願いが叶うと言うのなら


  白く大きな翼が欲しいと願うよ


  高い高い空を踊るように


  自由を求める翼が欲しい――



 有り得ない……有り得ない有り得ない有り得ない。


頭の中で間違いなくそうであるとわかっているのに、それを理性的な部分が否定する。


視認のできる距離ではない……人の声だってルノならともかく人間である自分に聞き取れる距離ではないはずだ。


なのに鮮明に聞こえてくる歌声は、森中に響いているのだと錯覚するほどである。


いや、下手をすれば実際に聞こえているのかもしれない……そう思わせるだけの力がそこにはあった。


この力は、ああ……リアンナが興味を持ってもおかしくはないのかもしれない。


だけど……俺にとっての驚愕はそこではなかった。


「古代……言語だって……?」


 確かに聞こえてきている歌……いや、詠と言うべきだろう。


それには古代言語が使われていた。


「どう……なってるんだよ」


 俺の様子にルノが疑問を浮かべたようにこちらを見ているが、気にしていられなかった。


それほどに俺の驚愕は大きい……だって俺はその詠を知らなかったから。


「……ルノ、行こう」


 驚愕を抑え込みながら、俺はルノを連れて奥へと進む。


俺の知らない詠……それは同時にじいさんの知らなかった詠であると言うこと。


古代言語の詠を見つけるのであれば『大迷宮』の最奥まで行くか、あるいは相当稀少な古書を読み解くしかないだろう。


もしくは完全なオリジナルである場合か。


だけど、『大迷宮』を攻略した?


稀少な古書を読み解いた?


どちらも考えがたいが、完全なオリジナルの可能性よりはそれでも高いだろう。


なぜならば俺は当然ながらじいさんですら一から古代魔法を構築したことがないのだ。


あくまで俺やじいさんがやっていることは既存の魔法の使用か、それを改変をしたことしかないのだ。


そんな中で、オリジナルの詠など作れるやつはいないだろう……だからこそ考えられるのは最初に考えた二つであるが、どちらにしてもやはり信じがたい。


だからこそ、今の俺は混乱の極致にあると言っていい。


「どういうことだよ……」


 この詠を歌っているのは昼に歌っていた女の子なのだろう。


偶然立ち寄った村にいた女の子が古代言語でじいさんも知らないような詠を歌っている……なんだそれは?


どんな偶然だと言うのだろうか?


「疑問に思ったわね?」


 その疑問を持った瞬間、俺の耳に詠以外の声が耳朶を打った。


近くにいないはずなのに、非常に近くからささやかれているようなこの感覚は昼にも受けたもの。


「わぅ……今の声って?」


「ああ、お前も聞こえたか」


 ルノも聞き取ったのだろうこの場にいないのに聞こえてきたリアンナの声にルノも足を止めて周りを確認する。


だけどやはりリアンナの姿は周りにはない、やり方などわからないが声だけをこちらに送っているのだろう。


「さて……昼に言いかけた『流れ』のことを教えてあげましょうかね」


「いや、それよりもこの森に響いている詠は……」


「焦らないの……ちゃんと教えてあげるから」


 逸る俺の様子に苦笑したような声が聞こえた。


言われて焦りを自覚した俺は小さく咳払いをするようにして、気持ちを落ち着かせる。


「わぅ……それで、『流れ』ってなんですか?」


「そうねぇ……ここで起こっている偶然と言える現象……そのすべての原因はヒサメにあるってこと」


「……どういうことだ?」


「貴方も知っている通り、貴方という存在、異界の詠歌いはこの世界の理から外れた存在よ」


 理から外れているということは、それはいるだけで世界に影響を及ぼしてしまう存在。


たった一人の存在でどうとなるわけではないが……逆にたった一人であるからこそ、俺という存在は浮かび上がってしまう。


「いるだけで貴方は世界全体の『流れ』を歪めてしまう……じゃあ、世界はその歪みに対してどういう手段を取ると思う?」


「……簡単なのは、やっぱり原因を排除することか」


 自分のことであるためあまりいい顔はできないが、まずこれが間違いなく簡単な方法だろう。


だけど……それならば俺が今現在生きていることがおかしいとも言える。


「そう、貴方は消されていない……ならば、消すという手段以外の修正が行われているということ」


「それ以外の何か……」


「ええ……例えるならそう、貴方は川の中にある石のようなものね」


 川という例を用いるように世界の『流れ』にも大きさがある。


その中で俺の存在は正常な川の流れをせき止める石のような存在なのだ。


小さい川であれば、せき止められ迂回するように『流れ』は歪められてしまう。


ならばあとは簡単だろう……俺という石が関係ないほどに大きな『流れ』の中に俺を入れてしまえばいい。


それがクラウやリアンナ……あるいは聖獣といった存在なのである。


「その流れに乗せるために……偶然が起こるってことか……」


「そう……私がこの村に二週間滞在している要因である少女が存在している偶然、そしてその二週間で貴方と遭遇する偶然、さらにはあなたの知らない詠を少女が歌っているという状況……そんな偶然がここに集束しようとしているのよ」


「……有り得ねぇ」


 思わずそんな言葉をこぼしてしまう。


偶然ではあるけれど……その偶然は世界から見れば必然と言える状況だと言う。


「そして存在しているだけで影響を及ぼす貴方はこの『流れ』を抜けたとしても、また大きな『流れ』が来ることになるでしょうね……」


 付け加えられた言葉は、これからも災難がやって来るかもしれないという暗示。


そんなこと正直聞きたくなかった。


確定的な証拠など出ないにしても、現状の状況証拠だけでも信じるに値してしまうような状態……思わず気分が消沈してしまう。


「ま……それに関しては諦めなさい、さあ、場所からしてそろそろ着くのじゃないかしら?」


「……ああ、そうだな」


「わう……」


 話している内に俺たちはその場所へと辿り着いていた。


未だに詠は続いている……それは明らかに長いと思える異常、何かがおかしいと言う違和感を持ちながら俺はその先にいる彼女の姿を見る。



――大空を羽ばたく翼は


  何よりも強く


  何よりも美しく


  何よりも無垢な


  そんな素敵な翼なのだから――



 月の光が降り注ぐ小さいながらも開けた場所。


その光に照らされるように彼女はそこで歌っていた。


歌う彼女を見て、疑問が氷解した。


この詠は、やはり詠ではなく歌であった、それだけのことだった。


彼女の歌……それ自体はリアンナさえ惹きつけるだけの力があるけれど、古代魔法としての力はない。


それ自体には効果のない、純粋な歌なのだ。


歌の歌詞が古代言語となっているだけで、何かを起こすことなどなく、ただ想いだけが込められている歌。


驚愕することが多すぎて、どうやら勘違いをしていたようだ。


「だけど……本当にそうか?」


「わう?」


 ああ、驚きすぎてこうなのだろうと早合点をしていないとは言わない。


だが、それでもあれを詠だと判断したのはそれだけではない何かがあったように思えたのだ。


自分の歌うものとは違う……そんな何かがこれを詠であると断定したような……そんな想いが小さく残った。


その想いに誘われるように、俺はただ口を開いていた。



――翼が欲しいと願う君


  もしも願いが叶ったのなら


  きっと君は羽ばたくのだろうね


  白く、大きな翼を広げてどこまでも高く、高く――



 彼女と同じように思うままに口ずさまれた歌。


彼女ほど上手く歌えるはずもないのだけれど、気がつけば問いかけるように歌っていた。


俺の歌で気づいたのだろう、歌っていた彼女は少し驚いた様子でこちらを見ながら、だけどその口からは歌が紡がれる。



――そう、きっとどこまでも飛ぶだろうね


  空高く羽ばたいて、世界の広さを感じてみたい


  その願いは私の大切な想いなのだから


  だから何度でも願うの、翼を欲しいって――



 歌を紡ぎ終わり、彼女はこちらを見る。


「貴方たちは……誰?」


 歌っていた時とは違い、少し警戒したような表情で彼女は俺たちに問いかける。


まあ、この状況なら警戒しない方がおかしいか。


「俺は氷雨、それからこっちがルノ」


「はじめまして!」


 できる限り警戒させないように自然な笑みを浮かべて名前を名乗る。


いや、この場で笑顔は逆に不自然だろうか?


まあ、もう浮かべてしまったしこのままにしておくとしよう。


「それで……できれば君の名前も教えてはくれないか?」


「あ……私はカレン、カレン・サイネリアです」


 俺たちの言葉に彼女、サイネリアさんが答える。


未だ警戒は抜けきっていない……とりあえずは伝えておきたいことを伝えておこうと、俺は口を開く。


「すごい歌だったよ、正直感動した」


「わん! お姉ちゃんすごかった!」


 あの歌は一切の含みもなく、素直にそう称賛できるものであった。


そんな俺たちの感想に、サイネリアさんは顔を少し赤くする。


「聞いてたん……だよね、少し恥ずかしいな」


「恥ずかしがることはないと思うぞ……すごく良かったと思う、ルノもそうだよな?」


「わん!」


「……ありがと、でも、貴方もよかったと思うよ?」


「あー、いや、耳汚しにしかならないだろ、俺の歌なんて」


 思わぬ返しに俺はやや苦い顔で言う。


さすがに直前のものと比べてしまえば、俺のものなど石ころも同然のものである。


「そんなことないと思うんだけどな……」


 俺の自己評価の低いことにサイネリアさんは不満げな様子を見せているものの、この場においてはそれよりもよほど重要なことが存在していることを俺も彼女もわかっている。


「あの……知っているんですか?」


「……何をだ?」


「私の歌……それに使われている言葉についてです」


 サイネリアさんは意を決したように俺へと問いかける。


その質問に俺は無言で首肯した。


「だったら……教えてください、コレは何なんでしょう?」


「……それは紡いでいる君が知っていることじゃないのか?」


 予想していなかった質問に俺は思ったことをそのまま口にする。


知らないまま紡げるはずのないものであるはずなのに……サイネリアさんは首を横に振った。


「私にはわからないの……集中すると周りが何も見えなくなってしまって……それで、気がつけばあんな言葉で歌を歌っているの……そんな言葉なんて一つも知らないのに、知っていることのように紡いでしまうの」


「……今でもその言葉は紡げるのか?」


 俺の質問に、サイネリアさんはまた首を横に振る。


「どんな歌詞だったのかはわかってるの……だけど、その時の言葉では何て言ったのか全然覚えていないの……普段の時も駄目で、歌で集中している時だけあの言葉が紡がれてるの」


 サイネリアさんの話を聞きながら、俺の中で推論を立てていく。


ようやくになって、これがどういう事態であるのか理解し始める。


もう少し早くに気づいてもよかったはずなのに……今の今まで失念していた。


「無意識下での発動、それから古代言語……そうか、継詠者か」


「正確には、それに目覚める前の話ではあるのだけどね」


 俺の答えを補強するように、リアンナの声が聞こえた。


じいさんから継詠者についての話は軽くではあるが聞いている……異界の詠歌いの系譜であり、知識と詠を受け継いでいく者たち。


だけど、いつしかその知識の継承は絶え、血脈としては残っていても知識を実際に受け継いでいる者などいない。


そんな中でも無意識下という条件はあるものの彼女はそれを扱うことができる末裔であるということ。


なるほど……確かに彼女は特別な存在ではあるようだ。


「さて、改めて聞こうかしら……貴方が立ち寄った村に偶然私と継詠者なんて言う存在が居合わせるという偶然……さらには彼女はその力の一端でも使えるような偶然……さて、その偶然というものはいったいどれほどの確率なのかしらね?」


 リアンナの問いかける質問は、はっきりと言って絶無と言っていいだろう。


そんな都合の良いことが本来起こるはずなどない……けれど、実際に起こってしまっている。


思わず神の手の上で踊ってるような自分の姿を幻視してしまう。


「どうかしたの? 顔色が悪く見えるよ?」


「いや……なんでもないよ」


 そんな想像で少々暗い表情でもしていたのだろう、心配してくれるサイネリアさんに俺は笑って首を横に振って何でもないことをアピールする。


この世界にもう神はいないのだから、想像するだけ無駄というものであろう、仮にそうだったとしても俺にできることなどないし、ただ自分の思いのまま進むだけである。


継詠者に会えたのなら、色々と話を聞きたいと考えたこともあったが、それも今のサイネリアさんでは難しいだろう。


とりあえず、サイネリアさんの疑問に答えなければならないか……どこから説明したらいいのか、そう思った時だった。


「ヒサメ、気をつけて……あっちから嫌な気配が近づいてる」


「なに?」


 周囲を感知する能力では現時点でも俺より高いものを持っているルノの言葉。


それを疑うことなく、俺はルノの指差す方向へと視線を向ける。


「どういうことだ……リアンナ?」


 そして自分でも感じたのは、俺たちというよりは俺たちの後ろにいるサイネリアさんに向けられた悪意、それも一人ではないようだ。


サイネリアさんが狙われている……別にそれ自体は不思議なことではない。


彼女の能力……いや、歌に関してだけでも十分すぎる程に価値があると言っていい、それを狙う相手がいないとも限らない。


問題は……そのような存在がなぜここまで近づけているのかということだ。


リアンナはこういう奴らを相手にするために森の入口で陣取っていたはずである……それを突破した?


有り得ないにも程がある、よりにもよってリアンナが護る場所を何人も突破するようなことが早々できるものではない……というよりも不可能だろう。


つまりこの状況はリアンナがあえて見逃したという状況でなければ絶対に成立しないものである。


「貴方も、そして彼女も知っておくべきだと判断したのよ……貴方たちが使える力というものがどれだけの価値があるものなのか、一つ間違ってしまえばどういう状況に陥ってしまうのかということを」


 その言葉の中には、確かにこちらを案じるかのような感情があることをなんとなく読み取ることができた。


悪意が向かっていること自体はリアンナが仕向けていることであれど、こちらのことを思っての行動であることは理解できた。


やがて、この場所に数人の男たちがやってくる。


「見つけたぞ!」


 先頭の男は中々体格が良いことが見て取れる。


その後ろからは二人、いや三人の黒い服に身を包んだ男たちがついてきている。


明らかに友好的ではない様子の男たちの登場に、俺たちの時以上にサイネリアさんが警戒と恐怖をにじませていた。


そんなサイネリアさんを護るように俺とルノが男たちと相対する。


「なんだ……貴様らは?」


「なに、あんたらは善人には見えそうにないからな……女の子を守るのは男の役目だろう?」


「わん!」


 おどけたように言う俺に同意するようにルノが吠える。


そんな俺たちを馬鹿にしたような視線で男は見て、


「ふん……殺れ」


 後ろの男たちに命じた。


あまりにも簡単に俺とルノを排除することを決め、男たちが冷気や電撃の魔法をこちらに放ってくる。


ここが森であることを考慮して炎の魔法は放たれていない……その判断には一応感心しておこう。


とりあえずはこれの対処が先か。


「ちょっとゴメンよ」


「え、キャッ!」


 サイネリアさんを抱きかかえるようにし、その場からルノと一緒に跳び退いた。


その魔法を見る限りでは、俺が負けることはないだろう……油断するわけではないけれど、少しだけ安堵する。


「しかし……穏やかじゃないな、いきなり当てにくるとは」


 場合によってはサイネリアさんにも当たるほどの魔法だった。


あまりにも攻撃的すぎる様子に俺は顔を歪める。


「黙れ……貴様のような輩に時間を取られるわけにはいかんのだ! 早くせねばあの女がやってきてしまう!」


 その言葉でおおよその理解がついてしまう。


リアンナ、派手にやってるんだろうなぁ……そりゃ、さっさと用事を済ませて逃げ出したいと考えるわけだ。


「あ、あの、下ろしてくれるとありがたいんだけど……」


 顔を若干赤らめながら、サイネリアさんが口にしてくる。


なお、現在サイネリアさんは俺に姫抱きの状態である……そりゃ照れもするか。


「……悪い」


 緊急避難とはいえさすがに無遠慮が過ぎたな……というか俺としても恥ずかしい。


やや顔が赤くなっていることを自覚しつつ、サイネリアさんを降ろす。


「馬鹿め、やれ!」


 まあ、そんな様子をわざわざ見逃してやる理由は普通はないな。


隙だらけな俺に対して奴らが魔法を放ってくるのだが……当然、喰らってやる理由もないし、何よりもそんなことを許さない奴がいる。


「ヒサメに手を出すの……許さない!」


[風の盟友:牙向くものに:鉄槌の一撃を]


 怒ったようにルノの魔法が発動し、発生した風の一撃が男たちの魔法を叩き潰す。


たった一発で複数の魔法を防ぎきる……それは互いの魔法の力に大きな差があることの証左である。


「な……なぁ!?」


 それがこんな小さな男の子にされたという事実に、男たちは呆然としたように立ち尽くす。


その間にサイネリアさんを降ろし終わり、体勢を整えた俺はサイネリアさんに笑いかける。


「さて……サイネリアさん、俺の後ろにいてくれ」


「でも……危ないですよ?」


「大丈夫だよ、こんな奴らに負けるほど俺たちは弱くないから」


 向こうの実力はおおよそ把握した。


余裕なく襲い掛かってくるような奴らなら奥の手などもないだろう、負ける要素は皆無と言っていい。


仮に負けたりしたらリアンナから姉さんに伝わって姉さんに殺されかねない。


「君はまだ何も知らない、今も襲われているのがどうしてかわからないだろうね」


 できれば説明してあげたいところだけど、その時間はさすがにない。


とりあえず安心させるためにも俺は自信を持って彼女に宣言する。


「君のことを護るよ……ああ、絶対に傷つけさせたりしない」


 言いながら、俺の手に淡い緑の輝きを宿した剣をポーチから取り出す。


これからやることを考えての魔法具の剣。


「は……はい」


 少し呆然としたように俺と握った剣を交互に見て、サイネリアさんは頷いた。


少々カッコつけすぎで自分らしくないかなと思うが、まあ安心させるためにはそれくらいオーバーの方がいいんじゃないかと思う。


「目と耳を塞いでおいた方がいいよ、あまり愉快なことじゃない」


「……ううん、これは私が原因なんだよね……だったら見てる、逃げちゃいけないと思うから」


「……そうかい」


 逡巡はほんの一瞬、それだけでサイネリアさんは向き合うことを決めたらしい。


強い、と彼女のその姿に敬意に近いものを覚える。


あとは……万が一に備えるべきか、そう考えて俺はルノの肩を叩く。


「わう?」


「サイネリアさんを頼む」


「わかった!」


 俺の言葉に従って、ルノがサイネリアさんを護るような位置取りへと動く。


これでもう何も問題はないと、ルノによって呆然自失になっていた男たちが我に返る。


その様子に今更遅いとばかりに俺は踏み込み、加速した。


「があっ……!?」


 すれ違いざまに一番近くにいた男を斬り裂いた。


その技術は自分で分かるほどに拙いもので、普通であればまともに斬り裂くことなどできないだろう。


それでも、姉さんに鍛えられた自分の身体は相当なものだ、この男たちくらいのものであれば十分すぎるほどのものだ。


さらなる驚愕に陥った男たちに対して続けざま剣を振るい、斬り伏せる。


「チッ……」


 その剣から腕に、そして全身に伝わる人間を斬った感触。


正直に言って気持ちの良いものではなく、顔が歪むが……そんなことを気にしてはいられない。


慣れたくなどない……慣れたくなどないが、きっとこんなことはこれからも続くのだろう……その度にこんな状態では、いつか必ず取り返しのつかないことになるだろう。


震えも吐き気も呑み込み、最後に残ったのはたった一人……命令をしていた、リーダーであろう男のみ。


「そんな……ばかな……」


「ぶっ飛べ」


 その上で未だ呆けるという愚行を犯したその男に俺は容赦なく拳での一撃を見舞った。


斬らなかったのはあくまで話を聞き出すため。


「さて……お前ら、たった一人の女の子に何を執着しているんだよ」


「貴様にはわからんのか! この女の価値がどれほどのものなのか!?」


 殴り飛ばされ、樹にぶつかった男はうずくまったままに俺の質問に叫びを返す。


「貴様も森にいたのであれば聞いているだろう、古代言語の歌を! それにどれだけの価値があると思っている、どれだけの金を生むと思っている!?」


 わかっていたことであったが、狙いはやはり彼女の古代言語だったか……そう納得しながら、思わず俺は後ろへと下がっていた。


男の眼は血走っていて、狂気が宿されていることが見て取れる……それを俺は怖いと思った。


ああ、これこそリアンナの言っていた知らなければならないことなんだと理解した。


人間の欲と俺たちの持つ知識の希少性、当然のことながら古代言語がどれほどの価値があるのかは俺は教えられている。


だけど、その希少な知識を俺は当たり前のように習得し、そして成長途中に周りに良くも悪くも普通の人間がいなかったから、それが実際にどれほどのものなのか、体感していなかった。


ああ、これは怖い。


強さが云々の話じゃない、こんな人間と見ていないような目を向けられること自体が怖い……そう思った。


「価値だ金を生むだ、人をあんまりモノ扱いしてるんじゃねえ」


「何を言うか! これほどの価値の前に個人など何になる!」


 ああ、駄目だと思った。


絶対に話がかみ合うことがないとわかってしまう。


「もういいや……覚悟は出来ているんだろうな?」


「な……待て!」


「悪いけど、見逃して危険がある場合は容赦はしないって教えられてるし、決めているんだ」


 俺は不死身の人間でなければ、バケモノのような強さもない。


自分の守れるものなど高が知れているのだ、不安の芽を残すような半端なことなど出来やしない。


先ほどのように高速の一歩で近づき、剣を一閃。


「あああああああああっっっ!」


 肩を大きく斬られ悲鳴をあげる男に、俺は顔を歪め、しかし手を休めることはない。


「シルフェ、起きろ」


 俺の言葉と共に、刀身の光が強く輝いた。


それを始まりとして周囲に強い風が吹き、先に斬り伏せた男たちも合わせて全員を上空へと打ち上げる。


風……特に強力な上昇気流を生み出す効果、それがこの剣の効果だった。


「サイネリアさん、見ていてくれ……これが、君の特別……古代言語と言うものの一端だ」



――それは白き翼を持ったもの


  暗闇に残された幼子を


  救わんと地に降り立った


  月を模す弓を引き絞り


  輝きに満ちた矢を解き放つ


  一条の輝きは暗闇を貫き


  幼子を導く一路を生む


  翼の導き手


  その名は……――



「――ルナ――」


 言葉の瞬間、俺は右手に持っていた結晶を空へと放った。


結晶が輝き、それは極大の光の柱となって雲を貫きながらどこまでも遠くへと伸びていく。


その光の柱に照らされて、周囲は夜にも関わらず昼と勘違いしそうなほどの明るさに満ち溢れていた。


直線状にいたであろう男たちなど一瞬で消し飛んでしまっただろう……それほどの規模と威力の魔法。


だからこそ俺は魔法具を使って男たちを空へと打ち上げた、間違っても地上で撃っていいものではなかったから。


光が収まったころ、俺はルノとサイネリアさんの方を向いた。


「ヒサメ凄い……」


 ルノが感心した様子で俺を評するが、サイネリアさんのほうは若干顔が青かった。


まあ、普通に人を斬るシーンや有り得ない一撃を見ればその反応も仕方のないものだろう。


「今のが……私の特別……なんですか?」


 その中で紡ぎだしたのは、やはり自分の中にあるもののこと。


「そう、場合によってはあれ以上のものを出すことが出来る力……古代魔法の一端……そのための詠唱、詠を引き出すことの出来る存在、継詠者……それが君だよ」


「そっ……か」


 サイネリアさんはなにやら複雑そうな顔で自分の両手を見つめる。


さて……これからさらに説明をしていかなければならないだろうが……どうやってしていこうか、そう考えていた時に声をかけられた。


「派っ手にやったわね、ヒサメ」


 この場において、最後の重要人物。


ある程度『流れ』はあったのだろうが、それを利用してこの状況を作り上げた人物。


まあ……それはいいとして、説明ができる人物がやって来たことを俺は歓迎する。


「来たんだったら説明手伝ってくれ、俺一人じゃどう説明していけばいいかわからん」


「んー、それもいいんだけど……いますぐこの森から離れたほうがいいわよ?」


「は……?」


「あんなものを打ち上げちゃったんだから村で大騒ぎよ、そのうちこの辺りにも来るから逃げたほうが無難よ?」


「あ……」


 そう言えばここが村のすぐ近くであることをほとんど失念していた。


それを考えればこのままここに留まるのは果てしなく不味いだろう。


「ピカピカだったもんねぇ」


 そりゃ、昼と変わりないほどの明るさを持った閃光なんか出せばそうなるよな。


そんな感想を持ちながら、とりあえずどう納めるべきかと考えていると……


「貴女も」


「わっ!?」


 リアンナがサイネリアさんに近づいて顔を近づけて話しかけていた。


色々なことがありすぎて呆然としていたサイネリアさんはそんなリアンナの行動に驚いたように一歩二歩と後ろに下がる。


「今から説明するのは時間的に難しいわ、だから明日の昼に村の広場に私たちはいるから、貴女も頭の整理をしておきなさい」


 それを逃がすまいと両手でサイネリアさんの顔を挟むようにして、目を合わせながらリアンナは言う。


「貴女も時間が欲しいんじゃない?」


「……はい、少し考えをまとめる時間をください、それで、離れてくれると嬉しいんですけど」


 サイネリアさんにとっても渡りに船の提案だったのだろう。


少しの沈黙の後に頷き、それから至近にあるリアンナの顔に若干赤くなりながら離れようとする。


「貴女いいわね、食べちゃおうかしら……」


「ふぇえ!?」


「はいそこ、危ない発言しない」


 貴女の場合意味が一つじゃないから判断に凄く困るんだよ。


しかもどういう意味にしてもすると不味いにもほどがある。


「ちなみに私はどっちもイケルわよ?」


「はいはい聞きたくないからそういうこと!」


「ヒサメも混ざる? 楽しいと思うわよ?」


「いい加減にしてくれ!」


 おそらく俺の顔は真っ赤になっているだろう、負けないくらいサイネリアさんも顔を赤く染めている。


意味をわかっていないで首をかしげているルノが唯一の癒しであった。


「ま、この娘のほうは私がしっかり連れて帰るから、貴方たちは貴方たちで避難しときなさいな」


「襲うなよ、絶対に襲うなよ!」


「それは暗に襲えってことかしら?」


「違う!」


「わかってるわよ、じゃあ、明日の昼に今日と同じ広場へ集合ね」


「あれ、私いつの間に抱きかかえられて……って、えええええぇぇぇぇぇっ!?」


 笑いながら、極々自然な手つきでサイネリアさんを抱きかかえたリアンナはそのまま姿を消していった。


サイネリアさんの絶叫を残して……哀れな。


「っと、俺たちも帰るか、ルノ」


「わん!」


 自分の意思での加速以外でのあのスピードは恐怖以外ないよなぁ……しかもサイネリアさん普通の人間だろうし、などと考えつつルノと共に森に入る村人と遭遇しないように森を脱出し、宿へと戻るのだった。


なお、宿に戻った時に宿主から何か知らないかと聞かれたが、適当に誤魔化すしか方法のなかった俺たちであった。






 喫茶店『旅人』マスターの夢、まだ続きます。

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