一刻 時の剣
最近は、どうも殺人ブームでも起きているらしい。
巷で烏通りと呼ばれている、商店街含めたメイン道路に面している大きな通りがある。そこじゃここ一週間、理由や経緯は違えど、ほぼ毎日と言っていいほどに殺人が行われていた。
そして僕も毎日ここに通っている。いや、別に理由などないのだ。犯人を捕まえるだのこの流れを食い止めるだのと大義を果たすつもりはない。
ただ、そうした方がいいような気がしてならなかった。
ちょうど昼に差し掛かり、腹を空かせた人々が食料を求めてここにやってき始める。上はガラスか何かで覆われていて、今太陽がどの位置にあるのか正確には分からないが、ここ数日の人の流れを見ていれば凡そ見当がつくものだ。
僕は、猟師が背中に銃を担ぐのと同じように、白い厚手の布でミイラのように巻き付けた大きな獲物を背負っていた。
相変わらず周囲からは変わった目で見られるものの、正直、もう慣れた。別に害は無いし、こちらが危害を加えるつもりもない。
しかし、どうやら今日は厄日だったようで、偶然にも商店街に聞き込みをしていた警察官に目をつけられてしまった。
「こんにちは、こういう者だけど、少し職務質問させてもらってもいいかな? 君、名前は?」
警官は二人居て、僕の姿を見るなり即座に、落ちた小銭を拾う時のような小走りで僕の方へと向かってきた。
警察手帳を見る限り、本物なようだ。いや、詳しくどうなのかとかは素人の僕には分からないが、何となくそういうのは分かるだろう。
「え、ああ、春宮 紡です。二十六歳です」
なんとなく実年齢より若く見られてそうだから、年齢を付け足してやった。そしたら案の定、警察官は少し驚いた様子を見せると、軽く咳払いをして声のトーンをやんわりと上げてきた。
「おっと、失礼しました。もう少し若く見え……正直、大学生、それも一年二年の年齢に見えました。紡さん、まぁぶっちゃけ、形だけの職務質問ですよ」
その言葉を聞いて、僕は理解した。
「最近ここでの殺人事件が多いですからね。ここでよく見かける人や私たちが個人的に気になった人に声をかけているんです。パトロールみたいなものですね」
「ああ、そうなんですね。いいですよ」
そうは言いつつも、少し不安になっていた。僕の何を見て声をかけようと思ったのか、そこが不安だった。最近よくここに現れるから声をかけたのか、はたまた。
穏やかそうな警官二人は目を合わせ、直後僕の方へと目を向けた。いや、正確には僕が背負っているものに目を向けた。
「じゃあまず、その後ろに抱えてあるもの見せてもらってもいいですかね。別に疑う訳じゃないんですけど、周囲からも結構目を引いているようですし、念の為にも」
僕は途端に視線を泳がせた。
「ああ、あまり日の光に照らしたくないんですよねこれ」
嘘だ。苦しい言い訳に過ぎない。僕はただ単に、これを見せなくなかった。
「まぁ、見せてもらったらすぐにしまって大丈夫なんで」
「……わかりました」
仕方ない、てきとうに言い訳でもするか。そう、例えばこれは本物じゃなく、モデルなんですと。
僕は背中のそれに手をかけ、嫌々その布を解こうとする。だがその瞬間、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
「お、おい誰か! 誰かあいつを捕まえろ!!」
僕と警察官は、その声がした方へと振り向いた。
「ちょっと失礼、急用ができました」
警察官二人はそう言い残してその場を去ろうとする。きっと声のした方へと向かうのだろう。
「僕も行きます」
答えを出すのは早かった。そしてその直後、ちょうど目の前の十字路を駆け抜けていく人の姿が見えた。
周囲の反応、焦燥に狩られ霧散するような異質な雰囲気の走り方からして、それが目標であることは明白だ。
「お前は左へ行って被害者を探せ。俺はあいつを追う」
「はい」
上司と思しき警察官がそう言うと、言葉通り二手に別れる。僕は左側、つまり被害者が居るであろう方向へと足を向けた。
「エリ! エリ! ……ああ、ぁああっ!!」
女性の声、間違いなく被害者の関係者だ。被害者はどうやらエリという女性らしい。見たところ、母親とその娘といったところか。
周囲は冷静に救急要請をする人や、事態に哀れみ震えながら母親の様子を眺める人、野次馬で溢れかえっていた。
母親は気が動転して冷静を欠いているのか、娘と思わしき身体を激しく揺らしていた。けれど、それに対して止める人も心臓マッサージなどそういう対応を開始する人もいない。
「うっ」
警官がふとそんな声を漏らした。いや、しかし無理もない。むしろ、こんな状況で救急要請をする人こそ気が動転しているんじゃないかと疑ってしまう。
いや、それにしても……いや、しかし……ただの通り魔でここまでするだろうか。だって……もはや。
自然と眉間にシワが寄り、この異常事態から目を背けたくなった。
……首がないじゃないか。
血は止めどなく大量に流れ出ていて、その場の地面全体が赤黒く染まっている。
警察官もどうしたらいいのか分かっておらず動揺していたが、ただとりあえず母親の冷静さを取り戻させようと、羽交い締めにして娘の体から引き剥がし始めた。
「離して! 離せよバカ! エリ、エリ、エリぃいい!」
女性はじたばたと暴れ回り警察の腕を振り払う。そしてまた娘の方へと駆け寄るのかと思ったが、何を思ったのか母親は僕の方へとすがりついて来た。
力はないが、崩れ落ちるように僕の服の裾を掴んで来たものだから、僕も少し後ろによろけてしまった。
「おい、どうにかしてよ! どうにかしなさいよ! ぜんぶ、全部あんたのせいだから! エリを返してよ……!」
現実逃避をしているのは明白だった。
「ちょっと、落ち着いてください!」
警察官はそれを見て慌ただしく母親を僕から引き剥がそうとするが、母親は微動だにせずその場に留まる。
母親の目からは、不安と恐怖に押し潰されたような苦しげな涙が止めどなく溢れ出ていた。僕はこの涙を知っている。哀れで、どうすることもできない現実にもがく涙だ。
……だからふと、無意識にこんなことを聞いてしまった。
「それほどまでに、そのエリという方を取り戻したいんですか?」
「当たり前じゃない!」
愚問だった。きっと僕が逆の立場でも、そう言うに違いない。いや、僕はそう答えたのだ。
「例えその人を取り戻すため、自分が途方もない罪を背負ったとしても?」
「……? 何よ、何か方法があるっていうの? あるなら出しなさいよ! わ、私……私は、エリがいないと……。殺せるわ、エリを取り戻せるなら、人だって殺せる! あなただって!」
まるで、過去の自分を見ているようだった。
「な、何を言っているんですかあなた達、とにかく、その人から離れてください!」
警察官は僕達の様子に困惑しながらも母親を引き剥がそうと必死になっていたが、もはや蚊帳の外だ。
僕は一瞬の沈黙の後、背負っていたそれの布を振りほどくようにして解き、その正体を顕にさせた。
それは現代の日常生活では決して平凡とは言い難い、エメラルドグリーンの輝きを放つ奇形な剣だった。
周囲の様子がどうなっているのかはよく分からない。僕が剣を取り出したことに動揺しているのだろうが、僕の視界には今、目の前の母親しか映っていないのだ。
母親も同様だろう。
「……そこまで言うなら、僕もこの剣を振るうことに価値を見いだせる」
僕は剣を試し斬りをするようにして振るい、幾度も振るったその剣の感触を再び肌身に宿す。周辺からは通り魔のトラウマからか絶叫が度々聞こえてくるが、今の僕にとってそれは雑音でしかない。
「なっ……つ、剣? 一体何をするつもりだ。いややはり、君も今の通り魔とグルだっていうのか? くっ、それを手から離せ、何をするのか分からないがとにかくだ! さもなければ撃つ!」
一部始終を見た警察官は動揺しながらも銃を取り出し、僕を不審者としてそう扱ってきた。
警官の手には銃が握られており、今にも発砲する構えだ。しかしその手は小刻みに震えていて、そういった覚悟はないように見える。
「……手品……いや、ちょっとした魔法かな。僕が今からやろうとしているのは」
「魔法? 何を言って」
「ああいや、下ろすよ。僕も撃たれたくはないから。ちょうど僕も、そうするつもりだったんだ」
僕はそう言い残すと、警察官に言われた通り、剣を地面に下ろした。いや、正確には地面に向かって投げ捨てた。
その剣が地面に衝突する寸前、綺麗な水色の魔法陣のようなものがそこに現れた。
地面に横たわるかと思われた剣は、どうなっているのやら魔法陣のある地面に突き刺さる。硬い固形の物に刺さる感じではなく、雨で湿った泥に突き刺さるような感じで吸われていった。そして、この世の現象から想像するには不自然な静止の仕方をして、およそ刀身の半分ほどが地面に突き刺さった状態となる。
魔法陣には時計の紋様が描かれており、まるで時間の概念を破壊するかのような雰囲気が、それから感じられた。いや、まさしくそうなのだ。
「なっ、何を……?」
その輝きに目を眩ませる警察官をそっぽに、僕は言葉を続けた。
「逆行する剣、クロノ・リバース・アルカナム」
時が、戻り始める




