①「ヴァイオレット・バンガードに八雲と行く」
不定期投稿ですが、頑張って完結まで執筆します。どうか温かい眼で二人と作者を見まもってください。
駅前の喫茶店から出た俺と八雲は、彼女の家まで送る為に車へと向かった。
長く伸ばした髪を丸く纏め、白いコートの襟まできっちりボタンを留めた八雲は、端から見ればそこそこに見栄えはする。しかし、助手席を嫌って後部座席に身を沈めた彼女は、まるで中学生のように幼く見えた。
「……そうだな、このまま真っ直ぐ送って行ってもいいけど……何処か寄りたい所があったら……」
そう言いながら車を出したが、そこで気が付いた。運転中にメールは読めないんだから、八雲は俺に何も伝えられないって事を。
「……じゃあ、こうしよう。少し走って、家の近くまで行って、そこまでで行きたい場所を思い付いたら、メールしてくれ。何も思い付かなかったら……家まで送るよ」
走り出しながらミラー越しに彼女の様子を窺うと、バックミラーの隅に身を寄せた八雲が、小さく頷いた。
そのまま環状線から片側二車線の国道を走り、左周りに迂回しつつ、線路を跨ぐ陸橋を越えて道を走り、車の流れに乗りながらゆっくりとしたペースで走る。
やがて、八雲の実家の住所に近付き、余裕を持たせる為にコンビニの駐車場へ車を停めると、少し間を空けてからスマホが震えた。
《 行きたいです! ◯◯タウンの本屋さんです!! 》
おっ、と思う位の自己主張が窺える勢いで、八雲がメールを送ってきた。その本屋は典型的なグッズ商品を多く取り揃えていて、彼女の好きそうなキャラグッズも良く並ぶ雑貨コーナーも充実……なんて、俺が知っているかまでは知らないだろうが、ともかく八雲は頬を紅潮させながら、俯いて黙り込んでいる。
「いいよ、行ってみよう」
そう言った瞬間、弾かれたように細い顎を上げ、バックミラー越しでもハッキリと判る位に微笑む八雲が、少しだけ輝いて見えた。
《 ありがとうございます!! 》
まるで救助された遭難者のように何度もメッセージを送る八雲だったが、車から降りた瞬間、
《 やっぱり、迷惑でしょう 》
と、人が変わったように俯いたまま、虚ろな眼差しで自分の靴の先を見詰め、車の脇から動かなくなる。
(……やっぱり、無理だったか)
口に出さずそう思いながら、俺は彼女に気兼ねして吸っていなかった電熱タバコを取り出して、車の反対側に回ってからスイッチを押した。
《 でも、やっぱり行きたいです 》
一本目を吸殻入れに押し込み、二本目を取り出した時、スマホに文字が表示される。
「じゃあ、行こうか。いや、まあ……君が行きたかったら……あ、そうじゃない! 俺も行きたかったんだよ」
思い付いてそう付け加えると、まるで萎れていた切り花が水を吸ったようにみるみる表情を変えた八雲が、
《 ホントですか!? あ、でも……なら、行ってみたいです!! 》
気分が切り替わったのか、少しだけ足早になりながら大型店舗の入り口に向かって歩き出した。やれやれ、とんでもない奴だな……全く。
店舗の中を小走りで進む八雲は、迷わずエスカレーターに辿り着くと、クルリと振り向いてから、
《 あの、少しだけ聞いてもいいですか? 》
そう恐縮気味にメールし、真っ直ぐな視線で俺の方を見る。
「ああ、構わないよ。何だい?」
《 どうして、会ってくれたんですか? 》
ああ、そりゃそうだろうと思いながら、俺は答えてやった。
「まあ、一応は元上司な訳だし、八雲がどんな様子か知りたかったんだ」
《 そうなんですか。でも、もう部下じゃないですよ? 》
「まあ、フレンド登録してあるからな……ある意味、リア会みたいなものだろ?」
《 リア会!! スゴい! その発想は無かったです!! 》
何故かそこに食い付いた八雲は、嬉しそうにスマホを連打し、
《 一度もリア会した事ないから、スゴく嬉しい!! 》
まあ、そうだろうな……と、俺は彼女らしい理由に心の中で苦笑いした。心の中が脆く複雑に入り組んだ八雲にとって、俺以外のフレンドと接する機会は……皆無だったろう。それに、まあ何と言うか……顔見知りだったし。
……ん? 俺は八雲に何を期待して、顔見知りとして今、こうしているんだろう。
そう思った瞬間、八雲がエスカレーターの最上段に到着し、フワリとスカートを浮かせながら着地して歩き出した。何だか、不思議な程……眩しく見えた。
《 わあ!! ちょっと行ってきます!! 》
突然店の入り口で立ち止まった八雲が、恐ろしい勢いでスマホをタップすると、そのまま吸い込まれるように中へと消えていった。
やれやれ、まるで娘の保護者だな……と未婚の俺は訳も判らず思いつつ、暫く店の外でスマホを眺めていた。しかし、メールも何もないまま時間が過ぎ、少しだけ心配になった瞬間、店の中から八雲が顔を覗かせると、
《 どうして中に来ないんですか? 》
不思議そうな顔で、こちらを見詰めて来る。
「……いや、まあ……今、行こうと思ったんだよ」
何故か急に取り繕いながら、俺は慌てて雑貨がひしめく名ばかり書店の中へと足を踏み入れると、
《 先輩! 見てほしいモノがありました! 》
そうメールを送りながら、スタスタと店の更に奥へと八雲が進んでいく。その行く先には沢山のゲームキャラやアニメグッズ、そして関連書籍が山のように積み上げられ、俺一人では決して近付く事のなさそうなコーナーになっていた。
《 ほら、コレです! 》
八雲のメールを確認するおれに向かって、戦利品のように誇らしげな表情で掲げたそれは、彼女がゲーム内で使っているアバターキャラの二頭身フィギュア。しかし、それは判るんだが……もう片方は、俺が使っていた黒いクマのアバターのミニマスコットなんだが。
《 お揃いですよ! 掘り出し物ですよ!? 》
「あ、ああ……そうだなぁ」
そのミニマスコット、キー・リングが付いてるよな。まさか、俺にも買えって事か?
《 スゴく探してたんです! なかなか無くて妹にも有ったら即買いだってお願いしてたんです!! 》
……八雲の方は、人気も有るから多少は手に入り難いのも判るんだが……クマの方は絶対に違いそうだぞ?
《 ……やっぱりイヤですか? 》
誰がどう見ても一目で判る位、堂々とした様子で落ち込む八雲に、俺は搾り出すような声で答えるしか、選択肢はなかった。
「大丈夫だ、何も問題は無い……いいよ、買おう」
俺の車の中にはキーホルダーやマスコットの類いは、一切無い。今まで付き合ってきた女の好みを全て、拒絶してきたからだ。だからこそ、もうじき三十代になるような独身男の運転する車内に……狙撃用ライフルを抱えたクマが吊り下げられるなんて、絶対に有り得ないんだが。
《 カワイイです!! もう、スゴくモフモフです!! 》
「ああ、そりゃ良かった……」
諦め気味に答える俺は、バックミラー越しの八雲を眺めながら複雑な思いを抱きつつ、エンジンを始動させた。ほんの少しだけ咳き込むようにググッと震えながら、しかし直ぐに混合気を燃やして回り、やがて安定したアイドリングを奏で始める。
《 ありがとうございました!! スゴく楽しかったです!! 》
出発する前にメールを確認すると、踊るような字体で八雲が率直な感想を並べていた。そんな内容と、無言のまま流れる車窓の外へ視線を向ける彼女の横顔から……何となく、眼が離せなくなった。




