ドロシー、野ネズミの女王に会う
ドロシーたちは再びガーゴイルたちに運ばれて人の大地と獣の大地の境界へと降り立った。
「我々がお運び出来るのは、ここまでです。」
フェニックスの客人待遇とあって、行きよりもガーゴイルの言葉遣いが丁寧になっていた。
「エメラルディアまでじゃないのは残念だけど、充分よ。助かったわ。えっと… モニカの話しだと野ネズミの女王が迎えに来てくれている筈なんだけど。モニカ、呼んだ方がいいのかな? 」
「お辞めなさい。そんな事をすれば、あの旅行社の人間と一緒に獣人まで集まって来てしまいますわよ。」
ドロシーの疑問に聞き慣れない声が返ってきた。返ってはきたが姿が見えない。
「ドロシー、下だよ下。足元。」
レオンに言われて足元を見ると着飾った野ネズミが見上げていた。
「最初から野ネズミとわかっているのだから、もう少し気をつけてくださるかしら。危うく踏まれるところでしたわ。」
少々、御機嫌を斜めにしてしまったようだ。
「これはこれは女王陛下。御自らお出迎え頂けるとは恐悦至極に存じます。陛下のような気品に満ちた御方と、お話しさせて頂くのは何分にも初めてですので、至らぬ点は深く御詫び申し上げます。」
そう言うとドロシーは深々と頭を下げた。ここでもヘンリーの言っていた「ここでは礼儀に煩い種族が多い。そんな態度では、このイドムを出ても竜の呪いを解いて貰う前に力尽きるのがオチだ。」というのを思い出し、出来る限り下手に出てみせた。
「えっ? あぁ、そ、そうね。わ、わたくしのような気、気品に満ちた者と話すのが初めてでは仕方ありませんね。」
人間にここまで下手に出られた事のなかった野ネズミの女王は逆に動揺させられてしまった。
「それで私たちは、どのようにエメラルディアに向かえば宜しいのでしょうか? 」
「案内します。ついて参れ。」
野ネズミの女王の隊列についていくと小さなトンネルに入っていった。初めは頭をぶつけるのではないかと思われた。現にレオンは中腰になっていた。不思議な事に見た目は奥に進む程、小さくなっているように見えるのに天井には、だんだんと余裕を感じてきた。と同時に野ネズミの女王の背中が心なしか大きく見えてきた。そしてトンネルを抜ける頃にはドロシーの背丈と同じくらいに見えていた。
「じょ、女王陛下が大きくなられた!? 」
さすがにドロシーも驚きの声を挙げた。しかし野ネズミの女王はすました顔で答えた。と言ってもドロシーには野ネズミの表情の違いなど、よくわからないのだが。
「何を寝惚けておる? お前たちが小さくなったのだ。これならば体制派の獣人たちにも、そう易々とは見つかるまい。」
「なるほ… でぇ~ング、グッ! 」
大声を挙げそうになったドロシーの口をアリスが塞いだ。
「失礼いたしました、ドロシー様。今、大声を出されますと獣人に発見されるおそれがあると判断いたしました。」
「うん、ありがとう。」
ドロシーに礼を言われるとアリスは深々とお辞儀をした。
「ほう。その方、妾の家臣にならぬか? 」
アリスの態度を見た野ネズミの女王が声を掛けた。
「失礼ながら私はドロシー様の機械仕掛けの召使い。他の方に仕えるつもりはございません。」
毅然と答えたアリスの姿に野ネズミの女王も頷いた。
「そうであろうな。いや、冗談じゃ。忘れよ。心配せんでもエメラルディアとの境界にも同じトンネルがある。逆から進めば元に戻るから安心せよ。」
女王の言葉にドロシーもホッとした。しかし、この体のサイズでは歩幅は元の十分の一程度しかない。同じ距離を進むのに十倍の体力を使わねばならないのか、そう思った矢先にクゥンクゥンと聞き覚えのある甘えた声が聞こえてきた。そして、その姿にドロシーは再び大声を挙げそうになったが今回は自分の手で押さえて事なきを得た。
「ええっと… トト… だよね? 」
やはりクゥンクゥンと甘えた反応をする。ただ、その姿はドロシーの数倍はあろうか。この世界に家ごと落ちる時には抱き締められたトトが、家の下敷きになったドラゴンのような大きさに見えていた。
「そなたの連れであろう? この背に乗って急ぐがよい。陽動を仕掛けにいった妾の部下も、そう長くは惹き付けられぬよってな。」
どうやら、モニカによって全てが段取られていた事を悟ったドロシーたちは野ネズミの女王の部下たちの為にも一刻を争うと判断してトトの背中に飛び乗った。
「女王陛下、この御恩は一生忘れませんっ! 」
「うむ。出口のトンネルまでは部下が先導する故、はぐれるでないぞ。」
「はいっ! 」
先導する野ネズミは背中に犬の好きそうな匂いのする餌を背負っていた。ドロシーやレオンのお腹が鳴るくらいに美味しそうな薫りがするのだが中身はわからない。この世界特有の物かもしれない。そんな匂いを人間よりはるかに嗅覚のよいトトが見失う筈もなく出口のトンネルへと向かっていた。しかしトトはまだ仔犬である。途中で疲れて止まってしまった。それに気づいた野ネズミは戻ろうとして草陰に隠れた。そこには1人の獣人が立っていた。