8話 消えたライバル
ある人が言った。
俺らは最強の北近畿シニア、俺たちが負けるわけがない、と。
だが、結果は負けた。惨めなサヨナラ負け。
全体を通して見れば、試合は劣勢で最強を名乗るにはふさわしくなかった。
試合の日から数日後のある日。
青木は疲れが未だに抜け切らず、疲弊していた。
彼、大村航大のことを思い出す。
青木と同時期に一軍になった彼とは、互いに追いつけ追い越せの気持ちで競い合っていた。
青木は打者、航大は投手。必然と練習で幾度と対戦する機会があったが、勝てはしなかった。
身体能力の面では青木の方が上だと思う。
事実、航大は長距離のランニングで青木に勝ったことはなく、肩も青木ほど強いわけではない。
だが実戦では不思議と航大に軍配が上がる。
決して航大の球を打てないわけではない。
緩急が絶妙で、決めにくる一球に至っては妥協がない。練習であっても手を抜かないその姿勢は目を見張るべきものだった。
だからこそ彼が秋の大会でエースナンバーを手にしたときは自分のことのように嬉しかった。
が、同時に危うさを抱えていたことを当時は知る由もなかった。
彼はシニアに入ってから負けというものを知らなかった。
チームとしての負けはあれど、彼が投げた試合で打たれて負けるなんてことは記憶になかった。
そんな彼が負けを知ったとき、何が起こるのか。
彼の負け顔を見たいと少しでも思ってしまった青木は恥じた。
それがいかに悲惨な結果を生むのかを理解できなかったことに。
航大が敗れた相手は彼の義姉。野球経験のない彼女に負けたのだから相当ショックは大きかった。
体の怪我は若ければ時間が解決してくれるものだが、心の怪我はそうもいかない。
そんな彼の心の怪我は、一度は治ったものの二度目は中学生活に大きな傷跡を残すくらいの重症であった。
エースは序盤でひとつの回すら持たずマウンドを降り、たったひとりのライバルと思っていた彼……大村航大も最後に力尽きた。
青木は彼から直接話を聞くまでは何も知らなかった。
あの試合以来、高校入学まで彼に会うことはなかったのだから。
「その後の北近畿シニアがどうなったのか、なんて聞くまでもないことだ。瓦解さ」
「そんなに簡単に? 確かに指導者が居なくなったのは痛手だけれども……」
時は過ぎ、現在。
青木の隣にいるのは龍山学院野球部マネージャーの山川京子。傍から見れば珍しい組み合わせだ。
全国出場を決めたチームは練習に精を出しているこの頃。今日は珍しくオフなのだが。
「というか、いいのか? 航大に許しを得て来てるんだろうな?」
「へ?」
京子は自覚がないようだ。青木はため息をつき、彼女に自分の立ち位置というものをはっきりさせる。間違いが起こってからでは遅い。
「今日お前が昔を知りたいとか言うから渋々話に付き合ってやってるの忘れたか。人の彼女に手を出すほど馬鹿じゃねえんだよ、俺は」
「まあ、それはその……」
彼女は一度、北近畿シニアというチームの過去について航大から話を聞いたという。
ただそれだけでは満足しなかったのか、当時のチームメイトにも話を聞いているとのこと。
それをおそらく航大には言っていない。全国大会を前に変に傷を抉ることはしたくないという気遣いだろうが、どの道過去を語るというのは代わりに彼以外の誰かの傷を抉ることになる。
そこについては盲点だっただろうが、細かいことをいちいちつついても話が進まないので、彼は追及しなかった。
「話を戻そう。航大が居なくなった後のことだったな」
航大本人は知るよしもない、その後。
それだけは彼が語ることができないもの。
「あいつが抜けたあと、まずエースと呼べる選手が居なくなった。それが与えた影響はチーム全体に及んだ」
チームを引っ張る投手の不在は当時の北近畿シニアを大いに苦しめた。
名ばかりのエース千夏が卒業し、航大が抜け、亡き水原姉がつくり上げた航大を中心としたチーム構想は崩れ去った。
二番手以降の選手が育っていない状況は改善せず、強打を誇る野手にもその影響は伝染した。
「ポジションは違えど切磋琢磨してきたあいつを失い、俺のモチベーションは底まで落ちた。あいつを目標にしていた選手も少なくなかったから、ショックが大きかった」
そんな状態で新しい指導者に馴染むはずもなく、チームはバラバラの状態で延々と噛み合わない歯車のように負けを繰り返した。
「最後の大会は前の年に比べれば短かった。初戦敗退だったからな。そんな結果でスカウトなんか来やしなかった」
そんな中、風の噂で航大の進学する学校に大阪の龍山学院の名前が上がった。
すると青木、中村、今西、鍵谷といった四人の選手は決意を固めた。
彼にもう一度会う。
それぞれがそれぞれの想いを胸に龍山学院を目指した。
あの日の後悔も。
全国制覇を目指して共に駆け抜けた日々も。
無駄だとは思いたくなかったのだから。
「あいつに再会した当初は野球から離れてしまったようで、がっかりもしたさ。でも航大はやはり根は野球少年だったな」
今では青木に追いつき、再びライバルとして切磋琢磨する仲として彼ーー大村航大は在る。
「以上だ。こんなもんでいいか?」
「十分。ありがとうね」
「じゃ、変な噂が立たないうちにお開きにするか。……航大のこと頼んだ」
「言われなくてもやるわよ。任せといて」
そう言って二人は別れた。
それぞれの道は続いていく。
それぞれの想いが途切れぬ限り、どこまでも。
青木竜二
龍山学院野球部一年 背番号八
ポジション 外野手
経歴
北近畿シニア→龍山学院
走攻守三拍子揃った外野の要。身体能力、センスはチームトップ。
航大をライバル視している。
モチベーションの乱高下が激しく、切磋琢磨できる相手が居ないと無意識に手を抜くことも。




