10話 登板前
中学三年、ようやくつかんだ背番号。
竹田はリリーフ投手としてベンチ入りしていた。
しかし春の大会で回跨ぎでの先頭打者に投げた球が体に当たり、怪我をさせてしまった。
ただの怪我であるなら良かったが、当たり所が悪くその選手は最後の夏の大会に出場できなかった。
さらにそれが普段懇意にしている相手チームだったため、関係は最悪になってしまった。
試合後、彼は監督から非情な通告を受けた。
「お前をマウンドにあげると相手に失礼だ。もう試合で使うことはない」
たった一度のミスが、彼をマウンドから遠ざけた。
それ以来、彼は一人となった。
黙々と練習すれど、出番は来ない。
結局それから一度も登板することなく、中学での野球を終えることとなった。
時は流れ、現在。
高校に進学した彼は一年ながら、投手の控えとして登板機会を得ていた。
「なあ」
「なんだ?」
ある練習試合でブルペンにいた竹田は同級生でチームのエース、大村航大と会話をしていた。
「お前、ずっと前から思っていたが、たいそうな自信家だな。どんな経験すりゃポジティブになれるのか、知りたいもんだ」
試合前、彼は言った。
「今日は勝つ。それぞれやるべきことをこなせれば、勝てる」
夏の大会を控えたチームにとっての調整試合。とはいえ相手は全国の舞台に立ったことのある強豪校だった。
それでも航大は言った。
勝てる、と。
「経験?」
「そうだ。俺は軟式だったからお前の凄さは別世界すぎてよくわからん。でも勝てるかどうかはわからん相手、正直厳しい相手に勝てるだなんて虚勢もいいとこだ」
「別に慢心とか見下ろしてるわけじゃない。でも、俺たちが目指すのは全国制覇だ。立ち止まってられないだろ?」
この男には別の世界が見えている。
同じ場所にいるはずなのに、航大が遠くにいるように感じた。
あのときだってそうだった。
切磋琢磨したはずの仲間が離れていく。
マウンドに上がり経験を積んでいく。
それをただ黙って観ることしかできなかった。
味方との距離が遠い。
「……お前は怖くないのか? マウンドが。俺は昔、怖くなったことがある。たった一度の過ちが、これまで積み上げてきたもの全部を台無しにしてしまうくらいの、さ」
思わず本音が漏れた。
言うつもりはなかった、と思う。
ただ、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
航大は口を挟まず聞いていた。
そうして彼はこう言った。
「怖いことなんてたくさんあったさ。尊敬していた人との別れもあった」
別れ、というものを深く突っ込みはしなかったが、
「確かに怖さはある。今もある。でも、俺はそれ以上に今が楽しいんだ。野球できるってだけでこんなにも。だから頂点を目指す戦いにわくわくしてる。両方を知って、今は楽しいほうが勝ってる。お前もそうなりゃ最高じゃねえか」
ふと竹田は航大と出会った時のことを思い出す。
航大は実績のない竹田を認めた。
面白いやつだ、と。
干されて光の当たらなかった自身に差した光。
竹田は迷わず手を伸ばした。
マイナスの感情をより強いプラスで上書きする航大の強さにどこか憧れを感じていた。
航大に背中を押してもらえた気がする。
同じチームメイトとして彼を誇りに思う。
「さて、そろそろ出番が来そうだぜ」
味方の攻撃が終わり、攻守交替に移る場面だった。
監督が投手交代を告げに主審へ歩みを進める。
「もう、とっくにあったまってるわ」
「そうかい、そりゃよかった」
気分は不思議とすっきりしていた。
「当然だ。勝負の機会すら与えられなかったあの頃に比べりゃ、今が楽しいに決まってる」
マウンドへ向かう竹田。
足取りは軽く、力が溢れている。
「さてと、やってやるか!」
彼は前に進む。
過去を振り切って、前へ。
もっと前へ。




