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第3話 季節は再び廻りゆく

 テーブルを囲んで食事を取る三者。

 食事は女王が用意してくれたもので、「女王」と呼ばれる割にとても家庭的だ。料理は庶民的なものだが、体も心も温まりそうで、雪道を歩いてきたハクマ達にはとても有り難いものだった。

 アメショはテーブルの上に座り、スープをペロペロと美味しそうに舐めている。


「美味しい食事だった。女王が話をしてくれたように、少し話をさせてくれ。これからのことも話そうと思う」


 ハクマは空になった器にスプーンを置き、女王の方を向いた。


「うん。何かいい方法があるの?」


 春の女王はハクマの真面目な雰囲気に、わずかながら期待をしているかのようだ。


「信じらないかもしれないが、俺とアメショは色々な世界を旅している。この世界の色々な所ではなく、異世界間を転移魔法で行き来しているんだ」


 そこの猫の転移魔法でさ、とハクマはアメショの方に視線を移した。

 ハクマは話を続ける。


「一度、転移魔法を使うと暫く使えないから、今のアメショはただの猫だ。今回の件は俺が回復魔法を使って何とかしようと思っている」


「うん」


 まだ半信半疑の女王だが、ハクマの真剣な眼差しに話の続きを聞く姿勢を見せる。


「まずそこの凍結されてる男を回復魔法で治す」


「無理よ、この世界の回復魔法では治らない程に瀕死だもの……」


 言葉にしてさらに落ち込む女王。


「俺の回復魔法なら大丈夫だ。ちなみに、この世界の回復魔法は部位欠損って治せるか?」


「いえ、高位の回復魔法使いでも欠損は治せないわ」


「俺は治せる。信じられないか?」


「…………」


 無言になる女王。


「ちょっと見てろ」


 席を立ち、小屋の出口に向かうハクマ。


「えっ……」


 嫌な思いをさせてしまったかと、女王は慌てる。

 アメショは落ち着いた様子で、スープをペロペロしている。


 扉を開けて外に出たハクマは、腰の剣を抜きそれを自身の左腕にあてる。


「見てろ……」



◇◇◇



「どうだ? 大丈夫だったろ?」


 左腕をグルグル回して大丈夫なところを女王に見せる。


「あ、あなたって人は……」


 驚きと、怒りと、理解が追いつかないといった複雑な表情をしている女王。


「そんなわけで、彼のことは俺が回復させる。あの氷の上からではさすがに無理だから、解凍してくれると助かる。春の女王の君の力なら、あの氷を溶かすことができるんだろ」


「……うん」


「俺は回復魔法は得意だけど、攻撃魔法はイマイチなんだ。だから回復させた彼に悪魔と戦ってもらおうと思ってる」


「待って……、前回はなんとか悪魔に傷を負わせることができたけど、準備を整えてきた悪魔には今の彼一人では勝つことができないと思うわ」


 女王は悔しそうに顔をしかめている。前回の戦いを思い出しているのだろうか。


「俺に考えがある。といってもそんなに大した作戦じゃない。とてもシンプルだ。今回は彼一人で戦うわけではないってことだ」


 それからハクマは女王に作戦を伝えた――。



◇◇◇



 シーズン・タワーの季節の間で、冬の女王は深い悲しみの中にいた。


(あの悪魔が近付いてくるのを感じる……。あの人が守ろうとしたこの世界に次の季節は来ないのね……)


 愛した人を凍らせて、世界中の人々に寒き冬を強いている。冬の女王は、そのことで自分を責めているかのようだ。

 

(私の存在意義って何だったのだろう……。私が死んでも氷の棺は溶けない。彼と春の女王が、世界の最後の日まで一緒にいられるのがせめてもの救いね……)


 幼馴染の二人を想い、遠くを眺める冬の女王。

 春の女王が活発で行動的な美人なら、冬の女王は近寄りがたい程に神秘的な美人だ。

 そんな二人に想いを寄せられる男は、幸せ者といったところだろうか。


(命に転生があるのなら、次の人生では愛する人と一緒になりたいわ)


 切ない表情で塔から外を眺める、そこには悪魔が迫ってきていた――。



「グオオオー!! 傷は完全に癒えた。この世界の季節は今日で終わりだ!!」


 咆哮を上げ、巨大な熊の悪魔が大音声で宣言する。


 その時、火の玉が悪魔を襲撃する。


「何奴! 効かぬわ、こんなもの!」


 悪魔は片手で火の玉を払い除けた。


「大した回復力だな。僕なんて彼に回復してもらって何とか間に合ったっていうのに」


 そこには火の玉を放ったであろう男がいた。氷の棺の中にいた彼である。


「あの時のヤツか。前回は封印から目覚めたばかりで、半分の力も出せなかったが、今の我にはお前など相手にならんわ」


 悪魔はフンと鼻を鳴らす。


「一度死んだ命、惜しくはない。必ずお前を倒す!」


 男が悪魔に言い放つ。その堂々とした姿は英雄そのものだ。

 男の後ろにはハクマと春の女王が立っている。猫は春の女王の胸元から顔ヒョイである。


 次の瞬間には壮絶な戦いが始まった。世界の命運がかかった戦いである。


 体格差が十倍以上ある二者の戦い。

 素早さは男に分があるためか、悪魔に小さい傷をつけることはできている。

 しかし、決定打を与えるには力の差がありすぎる様子だ。


 そんな死闘の中、悪魔の無慈悲な腕の振り下ろしが男の肩口に当たった。


「グッ――!?」


 弾き飛ばされた男は重傷を負っている。いや、即座に男を光が包み、傷は過去のものとなっていた。

 鎧は砕けているが、傷は完全に回復した男は、疲れも回復したかのように再び悪魔に向かっていった。


 男を回復魔法で治したのは、ハクマだ。

 春の女王は心配そうに戦いを見ている。


「これはどういうこと? 彼は瀕死の重傷だったはずだけど」


 塔を駆け下りてきたのか、息を乱した冬の女王が春の女王の隣にやってきた。


 経緯を説明する春の女王。

 その間も、またその後も悪魔と男の戦いは延々と続く。


 男は悪魔に小さな傷をつけることはできるが、どれも決定打にはならない。

 悪魔は一撃で男を瀕死に追い込むが、ハクマの回復魔法が即座にそれを癒やす。


 延々とそれの繰り返し。


 少し形は違うがこれも千日手というのだろうか――。



◇◇◇



「馬鹿な……、回復魔道士……、貴様は何者だというの……だ」


 三日三晩戦い続けたところで、ついに力が尽きたのか、悪魔は目に光を失いドウッと前のめりに倒れ込んだ。

 

「終わったの……?」


 春の女王が呟いた。冬の女王も同じ気持ちだったのだろう、ハクマに視線を向けた。


「ああ、そこの熊は魔力が尽きている。長かったが決着だ」


 ハクマはフゥと一息つく。これだけの長時間回復魔法を使い続けるのは、この世界で一番の魔道士でも無理だろう、ハクマだからこそ成せる業だ。


「ほら、あなたは行ってきなさい」


 冬の女王が春の女王の背中をポンと押す。


「……でも、あなたは」


 春の女王は冬の女王を気遣っているかのようだ。


「いいのよ、彼の気持ちはずっとあなたに向いてたわ」


 冬の女王はそう言って、春の女王を男の方に押し出した。


 春の女王は男の元に駆け寄り、涙を流しながら抱きついた。

 笑顔で喜び合う二人の姿は、英雄と女王ではなく普通の男女のようだ。


「良かったのか?」


 ハクマが冬の女王に問いかける。


「良いも何も、これが落ち着く幸せの形よ」


 冬の女王は優しい眼差しで抱き合う二人を眺めている。


「そっか……、あー頼みというか俺の一方的な望みなんだが、来年の冬まで一緒にこの世界を旅しないか? ほら、俺は回復魔法だけだろ、君の氷魔法があると攻守のバランスも良いというか……その」


 さっきまで悪魔と果敢に戦っていた姿とはまるで別人のようで、少年っぽさすら感じられるハクマの態度に、冬の女王は目をパチクリさせた後にクスリと微笑んだ。


「いいわよ、よろしくね、ハクマ。私の名前は…………」



◇◇◇



 この世界には春が訪れ、再び季節が廻るようになった。


 春の間、今まで一人だった塔の季節の間に、夜になると二人の影が映し出されているというのを見た人々がいたとかいないとか。来年には小さな影が増えているかもしれない。


 次の冬は来るのがいつもより遅く、短くてすぐ春になったらしい。

 吟遊詩人が歌った冬の女王の物語によると、冬の女王は一人の男と一匹の猫と一緒に世界中を冒険したらしい。

 冒険が楽しすぎて、塔に帰ってくるのを忘れていたとか、次の冒険に出るために春の女王を早く呼び出したとか。

 実際は、前の年の長い冬のお詫びというだけかもしれない。


 何はともあれ、季節はこれからも廻り続ける。


 それは永遠に――。

 



 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

夏と秋の女王様?

それはまた別の物語で……。

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