第二章 (1)
第二章に入りました。まだ物語はあまり動きません。
登場人物がだいぶ増えて来たので、別立てで登場人物紹介と作品世界の解説編を作成しました。
取り敢えず、第一章の登場人物の紹介を載せましたので、参考にしていただけたらと思います。
自 2008年5月30日
至 2011年4月15日
バーディを降ろしてジープを車庫に入れながら、さてどうしようと考える。うまく話を持ちかけないとみんなの真意を聞き出すことができなくなる。
バーディはまあいい、どちらかと言えばお調子者で真っ直ぐな性格だし、何よりエリナを一番慕っている。わざわざ嘘をつくことはないだろうし、エリナの言葉の裏を読もうとはしないだろう。一番やっかいなのはサラかも知れない。頭も良いし、父の性格も見切っている。一緒に暮らした期間は短いが、エリナの考え方などとうに見切っているだろう。
まあもっともエリナの方も下手なごまかしでお茶を濁すつもりはない。中途半端なことをすれば、却って墓穴を掘ることになるのは目に見えている。とは言え、あまりに単刀直入すぎるのもどうかとは思うが…。まあどっちにしてもなるようにしかならない。成り行きに任せてみる方が良いかも…。
家に入ってリビングに向かう。バーディが知らせたのだろう、案の定みな、もうそこに集まっていた。
「バーディから聞いたわよ。で、父さんの本音って?」
開口一番、それこそ単刀直入に訊いてきたのはサラだった。サラもどう口火を切るかきっと悩んだ挙げ句、まずは真正面からと思ったのだろう。
「本音の本音までは私にもわからないわよ。父さんがどれだけ狸かってことは、姉さん達だって良く知っているでしょ。ただ今回の呼び出しに関して言えば、ここワズに危険が迫っているってことね」
「危険!?」
「そうそれも命に関わるもので、既に現在かなり切迫しているのが判るわ。さっき父さんに言われて研究所から戻る途中で確認してみたから…」
オウム返しに問い直したバーディにそう答えて、更に言葉を続けた。
「ここでの作業を急ぐ必要が生じた訳ね。今までにも増してね」
「で、丁度夏休みだから、すぐ動ける私達ってこと?」
「まあね」
ややあいまいに肯定する。突っ込まれるかも知れないが、断定してしまう訳には行かなかった。真実は別のところにあるのだから…。
「俺達が来ない、とかは思わなかったのかな?」
「だって現に来てるでしょ? それに来なかったら軍命出すつもりだったって言ったわよ」
バーディの問いにさっき聞き出したばかりのホットな情報を伝える。皆やれやれという表情で肩をすくめた。サラが探るような目でエリナを覗き込んで口を開いた。
「軍命ねぇ…。てことは今は軍の仕事なわけね」
「研究所自体はあくまで民間ベースだけどね。だから所員もほとんど民間人よ。技術将校もいるにはいるけど、いわゆる異端児ね。すべて父さんの息のかかった人間だし…」
だから…ねと片目をつぶって見せる。それだけでサラとマリーは納得したらしい。だがバーディとデビーにはとんと状況が判らなかった。互いに顔を見合わせ、デビーが口を開いた。
「それってどういうこと?」
「作業を早めるにはそれなりの人材が必要でしょ。でもここでの仕事は軍の機密に関わってるのよ。となると迂闊に民間人を連れて来るわけには行かない。といってほとんどが民間研究員のところへ、融通の効かない技術将校を引っ張ってくるわけにも行かない。その方が簡単ではあるけれどね」
実際、ランドルフ博士やエリナの権限を持ってすれば、軍命一つで必要数の技術将校を集めることはたやすい。民間人ですら軍命一つで、かき集めることができるだろう。だがエリナの言う通り、技術将校の多くはまさに軍人なのだ。民間研究員と反りを合わせることが困難なほどの…。かといって、軍事機密が関わっているのでは迂闊な民間人も呼べない。
「つまり限られた手駒しかなかったってことかよ」
「まっ、そういうこと」
「てことは遅かれ早かれ、俺達を使うつもりだったんだな、親父も…姉貴も…」
バーディが険しい目をしてエリナを覗き込む。決して声を荒げてはいないが、かなり煮詰まった声音だ。
「否定は…しないわ。でも少なくとも卒業までは待つ筈だったわ。その為にこそあたしが軍に入ったのだから…」
「つまり卒業したら手伝わせるつもりはあったと?」
珍しくデビーが口を挟む。姉弟の中で一番下ということもあるのだろうが、普段はめったに議論に参加することはない。それだけ彼もこの件に関しては一言も二言も言いたいことはあるのだろう。
「父さんは何が何でもそうするつもりみたいよ。でも私はそこまでじゃないわ。だけど軍の他の組織にとられるぐらいなら、こっちに引っ張るつもりではいるわ」
それが何か?とキツイ視線を皆に向けた。そして更に話を続ける。
「もちろん軍以外に行けるようなら、父さんの意図は何が何でも阻止するつもりよ。今のあたしならそれができるわ」
姉弟たちが軍を嫌っていることを知っていたから、いざという時は自分が楯になろうとエリナは思ったのだ。だから軍に入ってからも、血のにじむような努力をして、その地位を高めてきた。それでも今日ここに皆を連れてくることは拒めなかったけど。
「ごめんね、バーディ。今回のは急すぎて阻止できなかったわ。でも…次は…」
「何で姉貴が謝るんだよっ! 姉貴は悪くないっ! 悪いのはあの狸親父だっ! 姉貴が一番軍を嫌ってたのを知ってたくせに…」
バーディの怒声は最後には涙声になる。誰よりも好きで尊敬して止まないエリナが、姉弟の中で一番軍を嫌って(というより憎んで)いたのをわかっていながら、軍に入るというのを止めることができなかった。
それはバーディ自身の負い目となって残っている。もし代わりに行くことができたら…。でもあの時、バーディもデビーもまだ年足らずだったのだ。バーディの隣でデビーも少し悔しそうな表情を浮かべる。一方、サラとマリーは代わろうと思えばできないことはなかった。そうしなかったのは、バーディやデビーよりずっとエリナの気持ちがわかっていたからだった。
確かにエリナは誰よりも軍を嫌っていた。そうそれは遥か昔から…、そしてエリナの母親の一件のあとは憎むようにすら…、それでも軍に殉じた母を思えば、軍に入ることはエリナにとって贖罪になりうるのだということをサラやマリーは理解していた。その気持ちを認めてやらねば、エリナ自身が壊れてしまうかも知れなかったのだと…。
やれやれという表情を見交わしてサラが口を開く。
「バーディ、もう止しなさい。エリナを困らせたいわけじゃないでしょ」
「そうよ、今更軍を辞められるわけじゃないし、そもそもエリナにしたって辞める気はないでしょう?」
姉二人に諭され、バーディは口をつぐむ。判っている…判ってはいるけれども…。
「で? 夏休みの終わりまで、でいいのかしら?」
サラが確認するようにエリナを覗き込む。どうしようか瞬時迷った。父の意味あり気なセリフもそうだが、さっき帰って来る途中で感じた気配からも、多分それは無理だと判っている。えーい、ここは正直に言ってしまおう。
「ここに来るまでは父さんが何と言ってもそうするつもりだったわ。でも…この気配では…」
「ムリっぽい?」
「ええ、さっきも言ったけどかなり切迫しているのがわかるわ。ここが前線ということを差し引いても尚、命の危険を伴う…」
エリナの言葉に納得する。つまりはここを無事に出れるかどうかさえ危ういということなのだ。
「それにしてもエリナ、そんなこと私たちに言っちゃっていいの? 逃げ出しちゃうかもよ」
「それが可能ならね。でも軍命が追いかけてくるわよ」
マリーが軽く混ぜっ返すが、エリナは真面目に答え返す。
「父さんは適当にごまかしておけって言ったけど…。ねえさんたちをごまかしたくはないから正直に言ってるの」
――まあ言えないこともあるけど…――と心の中でつけ加える。わかってはいるけど、今ここでは言ってはいけないことと、まだ確証がなくて言い出せないこととがある。そもそもエリナ自身まだ父親の真意をはかりかねているのだ。
マリーはうなずき、バーディやデビーも納得したような顔をしたが、その一方でサラはいくぶんかいぶかしげな視線をエリナにむける。――ごまかしたくない…ね…。まだ何か隠してるっぽいけど…――でも他の三人が納得しているのなら、この疑問は口にしない方がいい。どっちみち今回の仕事は断ることはできないのだから。
「まあしょうがないわね。で、父さん何だって?」
「明日、朝一で研究所へ来いって」
「明日? 今日じゃなくて?」
「うん、私が今夜、用があるって知ってるから、父さんもその邪魔はしないわ」
「用って何だよ。姉貴どっか出かけるのか?」
ムッとしてバーディが口を挟む。夕食は一緒に食べれると思ったのに…。
「うん、ちょっとここの酒場〈サルーン〉にね。姉さんたちも来ない? 仕事始まっちゃうとゆっくりできないし…」
結局エリナの誘いに乗ったのはバーディだけだった。が、まだ時間があるということで、エリナは荷物の整理に部屋に戻る。まあ荷物の整理と言っても大してやることはないのだが。
「エリナ、今いいかしら?」
「サラ姉さん? ええ、大丈夫だけど」
何?というように小首を傾げてみせる。
「うーん、マリーたちは納得した様だけど…、私はちょっと引っかかってるのよね~」
うわぁきた~とは思ったが素知らぬ顔で聞き返す。
「引っかかるって、何が?」
「ごまかしたくないってその言葉自体が怪しいのよね~」
「あ~やっぱ気づいた? まあサラ姉さんをごまかせるとは思ってなかったけど…」
「まあ…あんたは軍人だし、私たちは今のところ民間人だし、言えないこともあるとは思うけど…」
「言えることも言ってない。そう言いたいわけね。まあ確かに多少そういうところもあるけど…。推測はしてるけど確証が持ててないこともあるわ」
「確証もないのに傷つけたくないとか、もしかして思ってる?」
「う…」
鋭い所を突いてくる。わかっている部分だけでも傷つけてしまいそうなのだ。いやバーディあたりは怒り出すかも知れない。母を亡くして一人になってしまった今、姉弟たちに嫌われたくはなかった。
「ねえエリナ、これだけは覚えておいて。私たち確かに軍を嫌ってはいるけど、家族の誰かを犠牲にしてまで拒否しようとか思ってないってことを…」
「サラ姉さん…」
胸が詰まる。あとの言葉が続かなかった。
「何もかも打ち明けてくれなくてもいいわ。でもバーディやデビーなら怒るようなことでも、私やマリーは怒ったりしないわ。あんたの気持ちも立場も良くわかっているつもりよ。だからこれ以上自分を追い込まないで…辛い時は辛いって言ってね」
エリナが軍を憎んでいる以上、そこに籍を置いているだけで苦しいことがあるのでは…、と思っているのだろう。
だが、実の所、姉たちが思っている程、軍を憎んでいるわけではなかった。確かに母が軍にさえいなかったら、と思ったことはあるが、軍人であった以上、その死はやむを得ないものとあきらめてもいる。そもそも軍を憎んだところで死んだ母が生き返るわけではないのだし、戦争が続いている以上、誰かは戦わなくてはならないのだから、軍は必要不可欠なのだ。軍を嫌っていたのは確かだが、今現在、軍にいてしんどいと思うのは規律や上下関係のわずらわしさぐらいだし、それも研究所内ではあまり関係はない。実戦の場に出る時にちょっと苦労するが、現在の立場を考えればそうなることは少ない。とはいえこの先はどうかわからないが…。
「大丈夫よ、姉さん。少なくとも今の仕事はそれなりに楽しんでるわ。軍にいると苦労することもあるけど、姉さんたちが思っている程しんどくもないのよ」
うかがうようにエリナの表情を覗き込むが、そこに陰は見えない。どうやらその言葉に嘘はないらしい。
「まっ、私が言いたいのはそういうこと。でも話せるようになったら話してね」
サラはそう言い置いて部屋を出て行く。あとに残ったエリナはほうっと深い溜息をついた。――話せるようになったら…か――そうなったとしても何もかも打ち明けるわけにはいくまい。自身のプライベートなこともあるし、他人のプライバシーに関わることもある。また、限られた人間のみが抱え込んでいなければならない情報も…、死ぬまで胸の内に秘めて、墓場まで持って行かねばならない話もあるのだ。
ふっと時計を見やる。時刻は7時〈テット〉40分〈フツ〉を指している。
「そろそろ行かなくちゃ。バーディは部屋かしら」
つぶやきながら部屋を出た。
入力 2012年5月26日
校正 2012年6月29日