第二章 (2)
酒場〈サルーン〉での一幕です。これでようやくワズの一日が終わります。
自 2011年4月23日
至 2011年4月25日
ある程度の住民を擁する地域であれば、大抵、酒場〈サルーン〉の一つや二つはある。無論ここワズも例外ではない。ここの酒場〈サルーン〉の名は『カマルの牙』。先刻からエリナの周囲でちらほら聞かれた言葉である。今日も今日とていつも通りの賑わいを見せていたが、今日はどことなく漂う雰囲気が違う。扉が開く度に皆が振り返るのだ。いつもだったら扉の開く音など誰も気に留めないというのに…。明らかに中にいる全員が誰かを待っているのだ。しかし、全員が待ち望む人物とは一体誰なのだろう。それが誰にせよ余程の人気者に違いない。
サルーンの扉を開けると、さあっと中の喧騒が外へあふれ出す。こういうところはどこに行っても変わらないとバーディは思った。二人が連れ立って中に入ると、全員の視線がそこに集中する。その視線にたじろいだバーディとは対照的にエリナは前へ一歩踏み出し、軽く片手を挙げる。
「よお、エリナ、待ってたぜ」
「久し振り、元気そうね」
「遅かったじゃんか。待ちくたびれたぜ」
「早くこっちへいらっしゃいよ」
あちこちの人垣から声が掛かる。それぞれに軽く片手を挙げて答えながら、店の中を突っ切り、奥のカウンターの方へ足を運ぶ。後について歩きながら周りを見回し、凄いなとバーディは感心した。店内の隅から隅まで、ありとあらゆる場所からエリナに合図が送られている。
どうして姉さんはこうなのだろう。それはいつもいつも思うことだけれど、どこに行ってもエリナの人気は変わらない。決して穏やかとは言えない性格の持ち主であり、自分がこうと思ったらてこでも引かない頑固さも持ち合わせている。こと仕事に関してはとても厳しいし、手も抜かない。弟の自分の目から見ても扱いにくいタイプに思えるのに、その実、友人はとてつもなく多い。とはいえ、何らかの事情で敵に回した人間には徹底的に恨まれるか、憎まれるるかしているのだから、誰とでも友達になってしまうというわけでもないらしい。
もともと社交的な人間に生まれついてはいるのだろう。両親に連れられて各地を転々としたことで、その処世術に磨きをかけたのかも知れない。行く先々であらゆる分野に友人を作ってしまう。年齢も職業も趣味も、無論性別もてんでんばらばらで、一体どうやって知り合ったのだろうと思うほどである。これはもう一種の才能と言えるだろう。
「やあ、いらっしゃい。いつもの奴かい?」
カウンターの中からバーテンダーが声を掛ける。
「ええ、もちろん」
手際よくグラスを用意し、エリナに差し出したあと、バーテンダーはバーディの方に向き直る。
「そちらの方はどうなさいますか?」
「あっ、じゃあクラスティを」
好みの酒の名を口にする。それからエリナは何を飲んでいるのだろうと、姉のグラスを覗き込む。うす黄色の透き通った色の液体が揺れている。あれは…もしかして、アランジェリー酒だろうか。凄いのを飲んでるなあと思う。普通の酒飲みならグラス半分でも酔いつぶれてしまうだろう。それ程強い酒なのである。
最もバーディが選んだクラスティ酒も相当に強い酒である。そうして見るとこの二人、アルコールには滅法強いらしい。
「じゃ乾杯といきましょ」
バーディがグラスを受け取るのを確認して、エリナは店内に向き直った。手に持ったグラスを高く掲げる。それを見た店内の客も皆こっちを向いてグラスを高く掲げる。
「今宵の宴に乾杯ーっ!」
「乾杯ーっ!」
エリナの声に全員が唱和する。あちこちでグラスを打ち交わす音が聞こえてくる。エリナもバーディと軽くグラスを打ち合わせ、それを傾けた。
「さてと、私みんなのところへ挨拶に行ってくるけど…あなたはどうする?」
「ついて行ったら邪魔だろ。いいよ、姉貴一人で行ってきなよ。俺ここで飲んでるからさ」
「別にそんなことはないけど…。じゃお言葉に甘えてちょっと行ってくるわ。またあとでね」
ヒラヒラと手を振って、エリナはさっさと行ってしまった。
「ちぇっ、冷たいや」
姉の後ろ姿に独言ちる。そのまま、あちこちのテーブルを渡り歩いているエリナをじっと見つめていた。その肩をポンと叩かれて、バーディは驚いて振り向く。いたずらっぽい目をした男が隣に立っていた。
「随分と熱い視線で見つめてるじゃないか。まるで恋人みたいだぜ」
誰だこいつ、変なこと言いやがって。ムッとしてキッと相手を見返した。
「そんな目するなよ。まっ気持ちはわかるがな。エリナはモテるからな」
そういう男の視線も、エリナの後を追っている。
「あんた、もしかして姉貴を…」
「おい勘違いするなよ。確かにエリナはいい友人だが、彼女にしたいなんざ思っちゃいねぇぜ」
ああ、そう言えば…と思い出す。どこへ行ってもエリナの友人には会うが、浮いた話は一つも聞かない。好きな奴いねぇのかよと聞いたら、そんなヒマないわよと笑っていたけど…。
エリナ自身の気持ちはともかく、エリナを恋愛感情で好きだという人間に会ったことがない。やっぱり扱いにくいのかなぁ、姉貴は。
「ところで、お前、エリナの弟だろ。名前、何て言うんだ?」
「バーディだけど、あんたは?」
「俺はロッド、ロッド・サカキだ。ここの宇宙港で管制官をしてる。よろしくな」
「あっ、ああ…」
差し出された手を握り返す。
「しかし、随分強え酒、飲んでやがるな。エリナも相当だが、お前もかなりいけるクチだな」
初対面にも関わらず、ロッドはあれこれバーディに話しかけてくる。その様子を見てわらわらとまた何人かが集まって来て会話に加わる。エリナの弟なら歓迎するぜと言われて、つまみを差し出されたりする。本当に姉貴は人気がある。しかも、そのエリナはどこか遠くのテーブルに行っていて、ここにはいないというのに…。
ここにいるメンバー達はそれに腹を立てている風ではない。別にエリナと話ができなくても構わないという感じだ。もっともまだ夜は始まったばかりなのだし、姉貴はあれで結構如才ないから、きっとまんべんなく各グループに顔を出すに違いないのだが…。
「親父さん、来てるぜ。裏で待ってるってさ」
バーテンダーのアルが、人垣をかきわけてエリナのところにやって来て、耳打ちする。エリナは眉をひそめる。
「何かしら、邪魔しない約束なのに」
「かなり、焦ってたぜ、急用じゃないのか?」
「わかった。行ってくるわ」
こんな時に何だろうと思う。なるべく目立たないように――トイレにでも行くふりで――裏口からそっと抜け出す。
外に出ると少し火照った体に夜の冷気が心地よい。辺りを見回し、父のランドクルーザーを探し、音も立てずに中に滑り込む。
「で、わざわざ呼び出して何?」
「うむ、たった今、連絡が入ってな。どうやら連盟が動き始めたらしい」
「連盟が? ここに気づいたってこと?」
「いや、まだここが拠点とはわかっておらん。だが早暁見つかるじゃろうて」
「そう…」
この地に秘む危険はどうやらそれらしい。
「で、私に何をしろと?」
「例の作業をできるだけ早く完了させねばならん」
「それも極秘裏にでしょ。要は昼間は通常の仕事して、夜間にそっちを片付けろってことよね」
やれやれと思う。だが確かにこの切迫した状況ではそうするしかない。しばらくゆっくり酒は飲めそうにないようだ。溜息を一つついてランドクルーザーを出る。そのまままたそっとサルーンへ戻った。
「バーディ、ちょっとこっち来て」
エリナの声がカウンターまで届いた。その方へ目をこらすとやや奥まった席で、同じぐらいの年齢の若者に囲まれている。何だろうと思って飲みかけのグラスを片手にそこへ行った。
「紹介するわね。私の弟のバーディ。腕はあんたたち並か、ちょっと上と私は見てるわ」
腕? 腕前ってことだよな。でも一体何の? バーディは首を傾げる。
「バーディ、彼らはダイナースのメンバーよ。こっちから、オットー、サダ、トニー、アーサー」
ダイナースということは、エリナの言った腕というのは小型艇の操縦能力のことであろう。まあ確かに腕に自信はあるが、ダイナースの連中と比べられたら堪らないとバーディは思う。
「何で姉貴がダイナースのメンバーと?」
ひととおり紹介や握手やらが終わってから、バーディが聞く。答えはオットーから返って来た。
「俺ら、エリナにぶっちぎられて以来、エリナを崇拝してるのさ」
ダイナースの連中をぶっちぎった!? 姉貴いったい何やってんだ? バーディは目を丸くしてまじまじとエリナを見つめてしまう。エリナが小型艇を扱えることすら知らなかったのだ。一体いつの間に?
だが良く考えてみれば、エリナが軍に入ってかれこれ五年になる。その間、ちゃんと軍事教練も受けているのだから、戦闘機ぐらい乗りこなせていて当然なのだ。そして戦闘機が乗りこなせるのなら、普通の小型艇なぞおもちゃの様なものであろう。
エリナはバーディを彼らに引き合わせたあと、またヒラヒラと手を振って行ってしまったが、バーディはそのままそこに残った。彼らが語るエリナとの勝負や、小型艇についてのうんちくが面白かったからだ。
かなり長い一日でしたが、このあとはもうちょっとサクサク進むはず(?)です。
あと一話か二話で第二章が終わります。
入力 2012年6月1日
校正 2012年6月29日




