第三章 (2)
戦闘は段々と激しくなっていきます。
自 2011年4月30日
至 2011年5月5日
「問題は軍基地がどこまで持つか…よね」
外宇宙での敵の動きをモニタリングしながらエリナがつぶやく。
「今はともかく、基地そのものに攻撃されたら、いくらも持たねえと思うぜ。あっちのシールドはこっち程強力じゃねえ」
リチャードが答える。こちらの研究所の防衛システムの構築を行う際、前線基地の状態を確認したのは他ならぬ彼であり、その後も折りを見ては向こうのシステムのチェックを行っているのだ。詳しくて当然である。
「奴らの最終目的はやっぱこっちだと思う?」
「多分な。お前さんも聞いてるだろうが、連盟がこっちの研究に気づいたって話」
「ええ、ワズに着いたその晩に聞かされたわ」
「ヒュー、流石に早いな。俺が知ったのは、次の日勤務についてからだぜ」
「どっちで来ると思う?」
「戦艦 持ち込んで来てるんだ。当然、破壊だろう」
「それも研究者ごと…でしょ」
二人顔を見合わせた。かなりまずいことになっていないか? とりあえず被害を最小限に留めるようにしなければ…。
「ここ、お願い。総司令部行ってくるわ」
「OK、任せときな。けどできるだけ早く帰ってくれよ。ここの長〈チーフ〉はあんたなんだから」
リチャードの言葉に軽くうなずき、エリナは部屋を出た。
外宇宙では敵艦から艦載機が発進し、決戦の火蓋が切られようとしていた。こちらの中型艦からも艦載機が発進する。互いの射程距離内に入ったとたん、激しい攻防が始まった。
基地司令室でも、研究所の前線司令室でもその戦闘の様子をモニタリングしている。その状況によって次の行動を決めなければならないのだ。
総司令部に着くと、リチャードが連絡しておいたのだろう、既に主だったメンバーは集まっていた。
「緊急時ですので、すぐ本題に入ります。先程から外宇宙での敵の動きをモニタリングしていたのですが、そこから判断すると、現在ワズの宙域に来ているのは偵察か切り込みを目的とした部隊と思われます」
「つまり、その後ろに本隊がいると…。こういうことかな」
「そうです。そして現在投入されている敵の戦艦から鑑みるに、彼らの目的は情報収集ではなく、研究所の破壊と思われます」
「研究員ごと破壊してしまえば、当分新造艦の開発には着手できないと踏んでいるわけか」
「だと思います。それで今、一番危険にさらされているのは、中間地点の民間人です」
「確か彼らは今、行政府の地下シェルターにいる筈だったな」
「はい。ですが、あそこのシールドはそれ程強力ではありません。彼らの安全を確保する為には、こちらの研究所内に移動させる必要があります」
「しかし、攻撃対象がこの研究所なら、彼らは向こうに居た方が安全なのではないかね」
「市街地にいるのが、研究所と無関係の民間人であると彼らが認識してくれるとは限りませんし、一部を残すよりも全部を破壊する方が簡単でかつ、確実でもあります」
まさに的確な判断である。研究者としても優れてはいるが、洞察力も鋭い。一介の技術将校にしておくのは本当にもったいないと総司令は思う。とはいえ、彼女を研究所から引き剥がすのも、それはそれでもったいないのであるが…。
「何か方策はあるのかね?」
「研究所と市街地との距離を考えると、現在のこの情勢を見る限り、地上を移動するという案は論外です。で、確か、私の記憶違いでなければ、行政府の地下シェルターから研究所への脱出ルートがあった筈です。ですよね、ランドルフ中将」
父の方を振り向き、声を掛ける。普段、研究所内で使っている『父さん』という呼称は使わない。ここは公式の仕事の場なのだ。まあ、もっともそういう意味では、研究所だって仕事の場ではあるが、規律を重んじる軍の会議の場とは性格が異なる。
「ああ、確かにここに研究所を設置する際に、万が一を考えてルートの策定は行ったが、その後一度も使ってはおらぬから、現在でも利用可能かどうかは定かではないぞ」
「ですが、地上を移動するのに比べて、遥かに安全かと思います。地上のルートでは身を隠す場所がありませんし、何より今、我々が考えなければならないのは民間人の安全確保です」
「うむ、確かにその通りだな。脱出ルートに関して君は?」
「私は詳細を知る立場にありません。そちらはランドルフ中将にやって頂くしかないと思います」
ルートがあるということを覚えていただけでも奇跡と言わねばなるまい。エリナが初めてこの研究所にやって来た時、研究所の膨大な資料にざっと目を通したのだが、多分その中に紛れていた筈だ。それもかれこれ三年も前の話である。
エリナの答えを聞き、総司令は博士の方を見やる。
「ふむ、下士官を何名かこちらに回してもらおう。彼らに民間人を誘導させる。地下シェルターには研究所からも直接連絡できる筈じゃ。そちらは私が引き受けよう」
普段ののらりくらりとした父からは想像もつかない手際の良さだ。だが、だからこそ父もまた最高技術顧問の肩書きを持つのであるが…。こういう場面に出くわす度にやっぱり狸だわと思ってしまう。
「エリナ中将殿、前線司令室のヤング中尉から連絡が入っています。モニターを切り替えます」
正式に呼ぶのであれば、エリナの方もランドルフ中将と呼ぶべきではあろう。しかし、ここにはその呼称を持つものが二人いる。混乱を避けるために若年のエリナの方がいつも名前で呼ばれていた。もっとも、これについてはもう軍内に通達が出ているため、その場にエリナしかいなかったとしても、いつもこう呼ばれていた。
「どうやら敵の本隊が姿を現した様です。まだ距離はありますが、大型戦艦も有しているようです」
軍会議への報告とあって、リチャードの言葉遣いも正規のものとなっている。この報告に皆の顔色が変わる。
「時間がない。至急、民間人の移動を!」
総司令の指示で皆が慌ただしく部屋を出て行く。もっともここでは誰も狼狽えたりはしていない。取り急ぎ各自の仕事に戻るという感である。エリナも前線司令室へ戻った。
一方でこの情報は前線基地に混乱をもたらしていた。大型戦艦が来るという予想はおろか、本隊が別にあることすら想定していなかったのだ。何と言っても、実際のところ、大型戦艦とやりあうだけの攻撃力はこの基地にはないのである。
「情勢はどう?」
前線司令室に戻るなり、リチャードに聞く。
「マシンの性能はほぼ互角なんだが…、腕が違う。ありゃ時間の問題だな」
「エリナ中将、研究室の方からお電話です。今つなぎます」
研究室から? 何だろう。モニターに目をやる。ぱっと写ったのはバーディだった。
「姉貴、今、外宇宙で戦闘中なんだろ。こっちの艦載機の実地テスト、そこでやっちゃ不味いかな? 丁度手頃だと思うんだけど…」
「実地テストーっ!! ちょっと何考えて…」
「だってシミュレーターじゃ実際の動作確認できねぇじゃん。シールドは結構強力な筈だから、攻撃されても損害は出ないと思うし…」
まあ確かにこんな時でもないと実地テストはできないだろうが…。この状況でそれを考えるところが只者ではない。しかも実戦経験はおろか、軍事訓練すら受けていないのだ。
「あのねー、誰がテストするっていうのよっ。ここにテストパイロットなんていないわよ」
「俺がやるよ。姉貴いわく、ダイナースの連中と同じかちょっと上なんだろ、俺の実力」
言葉に詰まる。確かにそうは言った。言ったが、民間機と戦闘機とではレベルの桁が違う。まああの子なら出来そうではあるが…。激戦地に出るということは確実に攻撃されるということでもある。この場合、どちらからという問題があるが…。
「あの機って、まだ連邦のマークとかつけてなかったわよね」
「ああ、何のマークもないよ」
ということは、乱戦の最中に出没しても、おそらく敵も味方も相手方の船と思ってくれるだろう。
「わかったわ、やっていいわよ。ただし、あくまでも動作確認だけよ。戦闘は絶対に避けて、いい、機体に傷なんかつけたらただじゃおかないからねっ!!」
やれやれという表情で許可を与えてから、一転して軍人の顔で釘をさす。
「わかった。気をつけるよ」
エリナの表情の変化にたじろぐ。普段とはうって変わったその顔に、軍人として過ごした日々が垣間見える。変わっちゃったんだなあと思う。でも何だかかっこいいや。
「おい、大丈夫なのかよ」
通信を切ったエリナにリチャードが声を掛ける。どう見てもさっきのは戦闘機を扱ったことのない相手に言うセリフではない。
「実戦経験はないけど、腕がいいのは確かよ。それは私が保証するわ。それに確かにこんな時でもないと実地テストできないし、まっあんだけ釘さしといたから無茶はしないでしょうし、あくまでテストなんだから危なくなったら逃げるでしょ」
エリナが保証するというのなら、その腕は信用していい。だが相手は実の弟だろ、もうちょっと心配してやってもいいんじゃないか? ちょっと冷たくないか。リチャードはそう思ったが、流石にそれは口にしなかった。
「それより、新造艦に乗り組む筈だった士官候補生達ってまだ軍基地よね」
「だと思うけど…」
「どうせ向こうじゃする事ないんだし、このまま軍基地ごと叩かれちゃ困るわ。軍の事務職の子たちもこのままじゃ危ないし、地下シェルターへ移動させて、民間人の脱出の補佐をさせるっていうのはどうかしら」
「おっ、それいいアイデアだな。よし、総司令部に連絡して手配するぜ」
「そっちは頼むわ。それより外宇宙の方はどうなって…」
モニターに目をやったエリナは慌てて立ち上がる。その拍子に椅子がガタンと大きく揺れた。
「あの馬鹿、何やって…」
見れば、実地テスト中の艦載機が敵(か味方かわからないが)ビームの直撃を食らったところだ。どうやらシールドのおかげで無事だったようだが、エリナの表情はまさに蒼白である。
何だ、結構心配してるんだ。そういや、あの弟だけ『カマルの牙』について来ていたっけ。仲は良いのかも…。
「呼び戻すかい?」
「無線は使えないわ。どっちの船かわからない方がいいのだし…、もう少し様子を見るわ。最悪、私が出る」
「馬鹿言え、お前さん出すぐらいなら、俺が行く。お前さんの戦闘機乗りとしての腕は確かに超一流だが、お前さんにゃここの指揮を執るっていう仕事があるんだぜ」
戦闘機を扱う方なら交代できるが、前線司令室の総指揮の方は無理だ。無論、副官をやっているぐらいだから、一時的に代行することは可能だが、リチャード自身、自分がリーダーの器ではないことは充分承知している。人にはそれぞれ分というものがある。サブは務まるが、トップは無理なのである。
入力 2012年6月15日
校正 2012年7月2日




