第34話 証人たちは、月の姫に救われた
公開裁判の朝。
私は看守に連れ出され、王都の中央広場に特設された巨大な法廷へと引き出された。
そこは、かつて私が神殿の不正を暴き、セザン大神官を失脚させたのと同じ場所だ。
だが、あの時とは空気が全く違っていた。
広場を取り囲む数万の民衆は、王妃の情報操作によって私を「国を乱す反逆者」と信じ込まされている。投げつけられるのは同情ではなく、明らかな敵意と侮蔑の眼差しだった。
「魔女め! よくも神聖な婚約式を台無しにしてくれたな!」
「大人しく王太子の妃になっていれば、こんなことにはならなかったのに!」
飛び交う怒号の中、私は両手の手首に重い枷をはめられたまま、広場の中央、被告人席へと立たされた。
目の前の高い壇上には、王妃イザナが冷酷な微笑みを浮かべて座っている。
「これより、国家反逆者ミオラ・ルナシアの公開裁判を開始します」
王妃の腹心である裁判長が、高らかに宣言した。
「被告人は、神殿の権威を不当に貶め、貴族院を混乱に陥れ、さらには王家の決定に逆らって建国記念の式典を武力で妨害した。……ミオラ・ルナシア、この大罪に対して何か弁明はあるか?」
「弁明などありませんわ」
私が顔を上げ、凛とした声で答えると、広場がざわめいた。
「私が神殿と貴族院の不正を告発し、婚約を拒絶したのは事実です。ですが、それは『罪』ではありません。腐敗した権力から弱き者を守るための、正当な行いです」
「黙れ! 証拠もなく国を乱したお前の言葉など、誰が信じるというのだ!」
裁判長が木槌を叩き、私を威圧する。
「お前が助けたという孤児たちも、不正を訴えたという聖女候補も、結局はお前の権力欲を満たすための道具に過ぎなかったのだろう。お前の行動の正当性を証明する者など、この国には一人もいないのだからな!」
その言葉に、王妃が満足げに頷く。
私が『月鏡』の能力を失った今、私には彼らの嘘をその場で見破る力はない。
そして王妃は、私がこれまでに集めた物証をすべて捏造だと切り捨てるための盤面を、すでに整え終わっているのだろう。
「……ええ。私一人では、証明できないかもしれませんわね」
私は、枷の嵌められた両手を胸の前で組み、ふっと微笑んだ。
「ですが、私は一人ではありません」
その時。
広場を取り囲んでいた民衆の後方から、大きなざわめきが起こった。
「道を、道を開けなさい!」
「私たちは、月の姫様の証人としてここに来たのです!」
衛兵の制止を振り切り、広場の中央へと進み出てきたのは、数十人の群衆だった。
「……なっ、お前たちは!」
裁判長が目を見開く。
先頭を歩いていたのは、私の侍女であるナナと、声を失っていたはずの聖女候補ユイナだった。
そして彼女たちの後ろには、一時保護院から駆けつけた孤児たちや、違法奉公させられていた子どもたちの親、貴族の理不尽な要求に苦しめられていた下級騎士や薬師たちの姿があった。
さらにその後方には、地味なドレスに身を包んだ、かつての悪役令嬢――エリシア・ヴェルカの姿まで。
「裁判長殿。私たちは、ミオラ様が神殿や貴族院から救い出してくれた者たちです」
ナナが、震える声を必死に張り上げて宣言した。
「ミオラ様は、ご自身の権力のためになんて動いていません! 私たちが不当に虐げられ、誰も助けてくれなかった時、ミオラ様だけが私たちの声を聞き、証拠を探し出して救ってくださったのです!」
「そ、そうだ! ミオラ様がいなければ、俺たちは一生、暗い鉱山で死ぬまで働かされていた!」
「神殿に声を奪われた私を、ミオラ様が光の当たる場所に連れ出してくれたんです!」
ユイナや子どもたち、下級騎士たちが次々と声を上げる。
彼らは皆、かつては権力に怯え、泣き寝入りするしかなかった弱者たちだ。
私が異能だけに頼らず、泥臭く証拠を集めて彼らを守り抜いたからこそ。今度は彼らが、私を守るために自らの意志でこの危険な法廷に立ってくれたのだ。
「ええい、静まれ! 被告人に買収された偽証者どもの言葉など、法廷では認められん!」
裁判長が慌てて衛兵たちに指示を出す。
「直ちにその者たちを偽証罪で捕らえよ! 反逆者に加担する者は、同罪として処罰する!」
槍を持った衛兵たちが、ナナたちに向かって殺気立って迫る。
「……っ」
ナナが子どもたちを庇うように前に出るが、衛兵の暴力の前に彼女たちはあまりにも無力だ。
王妃は、薄ら笑いを浮かべてその光景を見下ろしている。
私がどれほど弱者を救おうとも、国家という絶対的な暴力の前では無意味だと、私に思い知らせるために。
だが。
「――その者たちに指一本でも触れてみろ。私の剣が、貴様らの首を刎ねる」
冷たく、しかし圧倒的な威圧感を伴った声が、広場に響き渡った。
衛兵たちと証人たちの間に、白銀の鎧を纏った男が音もなく降り立った。
聖騎士団長、アスカル・ヴェイン様だった。
「ア、アスカル……! 貴様、謹慎を破り、またしても王家への反逆を……!」
裁判長が声を裏返して叫ぶ。
「私はすでに、騎士団の腐敗した命令系統を見限っている」
アスカル様は、腰の聖剣を抜き放ち、衛兵たちを鋭く睨み据えた。
「私がこの剣を振るうのは、組織の面子を守るためでも、王家への盲目的な忠誠のためでもない。……今、私の背後で震えながらも、必死に真実を叫ぼうとしている、この者たちの『名前』を守るためだ!」
シャァァンッ!
アスカル様の背後から、彼の意志に賛同した数十人の下級騎士たちも一斉に剣を抜き、証人たちを取り囲むように円陣を組んだ。
「王妃様が彼らを偽証罪で脅すというのなら、我々聖騎士が、彼らの安全と証言の自由を命に代えて保証する!」
アスカル様の気迫に押され、衛兵たちがじりじりと後ずさる。
私は、枷をはめられた両手の拳を強く握りしめた。
私の月鏡の力は失われたままだけれど、もう何も恐れることはない。
私が積み上げてきたものは、魔法なんかではなく、彼らとの確かな「絆」だったのだから。




