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第1話 世界中が敵になっても、君の味方だよ

「世界中が敵になっても、君の味方だよ」


本日、私はその台詞を七回聞いた。


一回目は王太子殿下。

二回目は聖騎士団長。

三回目は、どこかの伯爵令息。

四回目以降は、顔と爵位がまだ一致しない求婚者たち。


皆、同じように美しい声で。

同じように熱のこもった瞳で。

同じように、私の手を取ろうとした。


その少し後。

私の侍女ナナが、宝石泥棒として床に引き倒された。

小さな手が震えていた。

彼女は何度も「違います」と言った。


けれど、誰もその声を聞こうとしなかった。


だから私は、にっこり笑って尋ねた。

「では、私の侍女に罪を着せた侯爵令嬢を、今ここで告発してもよろしいですか?」


七人の男たちの顔から、同時に血の気が引いた。



時計の針を数時間前に戻す。


月冠王国ルネリアの王城は、今宵、眩いほどの輝きに満ちていた。

高い天井からは月の女神リュナを象徴する月光石のシャンデリアが吊るされ、広間全体を淡く神秘的な光で満たしている。


今日は、私の社交界デビューとなる夜会だった。


「ミオラ・ルナシア公爵令嬢。見事な美しさだ」


私の前に立ち、優雅に微笑みかけてきたのは、金髪に青い瞳を持つ完璧な王子様、第一王子のレオルド・ルネリア王太子殿下だった。

王国中の令嬢たちが憧れるその微笑みを向けられても、私の心は不思議なほど凪いでいた。


「もったいないお言葉です、殿下」


淡い銀桃色の髪を揺らし、完璧な角度で礼を取る。

社交界では、私が微笑むだけで求婚者が増えると言われているらしい。

確かに、鏡で見慣れた自分の顔は、客観的に見てもよく出来ていると思う。

肌は白すぎず健康的な血色があり、月光を閉じ込めたような薄金の瞳は、神秘的だと持て囃される。


「ミオラ嬢、君はルネリアの宝だ。どうか、私の傍にいてほしい。世界中が敵になっても、君の味方だよ」


甘い、甘い言葉。

しかし、私の心には一ミリも響かない。


前世の記憶が、私を冷めさせていた。

かつて私は、現代日本という国で働いていた。

そこでも周囲はいつも「味方だよ」「何かあったら言って」と優しい言葉をかけてくれた。

けれど、過労で倒れそうになり、本当に助けを求めた時、手を差し伸べてくれる者は誰一人いなかった。


言葉だけの善意ほど、無価値で残酷なものはない。

それが、過労死に近い形で人生を終えた私の、唯一の教訓だった。


殿下が去った後も、求愛は続いた。


「ミオラ嬢! あなたをお守りする剣になりたい。世界中が敵になっても、私はあなたの味方だ」


赤銅色の髪に琥珀色の瞳を輝かせ、熱っぽく語るのは聖騎士団長のアスカル・ヴェイン様。

その後も、次々と身分ある令息たちが私を囲み、示し合わせたように同じ台詞を口にした。


皆、私が「月の姫」と呼ばれる、月の加護を最も強く受けた存在だから近づいてくるだけだ。

王国の平和と繁栄の象徴。

それを手に入れれば、権力も名誉も手に入るから。


彼らが愛しているのは、私ではなく「月の姫」という飾り物だ。


「お嬢様、少しお疲れではありませんか? 冷たいお飲み物をお持ちしました」


控えめな声に振り向くと、私の専属侍女であるナナが、グラスを乗せた銀盆を手に立っていた。

栗色の髪を結い上げた彼女は小柄で、緊張のせいか少し手が震えている。

地味な容姿だが、誰よりも働き者で、私のことを心から案じてくれる大切な存在だ。


「ありがとう、ナナ。少し隅で休みましょう」


私がグラスを受け取ろうとした、その時だった。


「きゃあああっ!」


広間の中央で、甲高い悲鳴が上がった。

音楽が止まり、人々の視線が一斉に悲鳴の主へ集まる。


そこにいたのは、王太子妃候補の一人でもある侯爵令嬢、エリシア・ヴェルカ様だった。


「私の……私の、月光石のブローチがありませんの! 先ほどまで確かに胸元にあったのに!」


エリシア様は顔面を蒼白にしながら、周囲を見回した。

そして、その鋭い視線が、私の傍に控えていたナナを捉えた。


「あなた! 先ほど私とすれ違ったわね! その時、不自然に身を屈めて……まさか、あなたが盗んだのね!」


「えっ……?」


ナナは目を丸くし、後ずさった。

エリシア様の取り巻きの令嬢たちが、一斉にナナを取り囲む。


「いやらしい手つきだと思いましたのよ」

「身分の低い者は、これだから困りますわ」


言葉の刃が、ナナに降り注ぐ。

エリシア様の護衛騎士が歩み寄り、乱暴にナナの腕を掴んで床に引き倒した。


「痛っ……!」

「さあ、白状しなさい! どこへ隠したの!」


ナナは床に這いつくばりながら、必死に首を振った。


「ち、違います……私は、何も盗んでいません……! 本当です……!」


震える声で訴えるが、誰もその言葉を信じようとしない。

広間には多くの貴族がおり、先ほどまで私に甘い言葉を囁いていた殿下も、騎士団長も、令息たちもいた。


しかし、彼らは皆、沈黙していた。

「穏便に済ませるべきだ」「関わらない方がいい」という空気が、彼らの口を塞いでいたのだ。


私は、ゆっくりとナナの前に歩み出た。


「お嬢様……私、本当に……」

「分かっています。あなたは、そんなことをする子ではありません」


私はナナを庇うように立ち、エリシア様を見据えた。

エリシア様は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

私がここで引き下がれば、ナナは罪を被せられ、最悪の場合は命を落とすだろう。


弱い者を踏み躙り、自分たちの体面だけを守ろうとするこの国の腐敗。

そして、先ほどまで「味方だ」と口にしていた男たちの、見事なまでの傍観ぶり。


私は、冷たく微笑んだ。


「皆様」


凛とした声が、広間に響き渡る。


「先ほど、皆様は私に『世界中が敵になっても味方だ』とおっしゃいましたね?」


王太子殿下が、気まずそうに目を逸らす。

聖騎士団長が、唇を噛む。

私は構わず、言葉を続けた。


「では、私の侍女に罪を着せた侯爵令嬢を、今ここで告発してもよろしいですか?」


瞬間。

七人の男たちの顔から、同時に血の気が引いた。


私の本当の戦いは、今、ここから始まる。

愛の言葉などいらない。

私は、証拠と行動だけで、この腐った王国を裁いてみせる。

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