15
少し風の強い日曜日の午後、買い物客で賑わうショッピングセンター前の噴水の淵に、修二は一人で座っていた。
店から出た瞬間、私はなぜかその視線に気づき、引き寄せられるように彼に近寄った。
「ここで何をしているの?」
私の問いに彼が答える。
「あんたの後をつけてきた」
その言葉に私は何も感じなかった。
若い恋人同士の笑い声や、子供たちのはしゃぎ声に満ちたこの青い空の下では、修二の言葉も声も現実的には思えない。
そしてそんな人ごみの中にまぎれている彼は、どこにでもいるような普通の若者と変わりなく、あんなに魅力的に思えたその瞳も、ただ見慣れた私の顔が映っているだけだった。
「これ……」
修二が私のバッグや携帯を差し出す。もう捨てられたと思ってあきらめていたものだ。
私がそれを受け取ろうと手を差し伸べたら、彼はその手をそっとつかんでこう言った。
「俺、この街を出ることにしたんだ」
彼の言いたいことはわかっている。そして私の答えももう用意されていた。
「ごめんなさい。私は一緒に行けないわ」
修二は噴水の淵に座ったまま私のことを見上げていた。
家族連れの賑やかな声が私の後ろを通り過ぎる。
「私はもうあの部屋には戻れない。あの時の私たちは現実逃避していただけなのよ。お願い。あなたも早く現実を見て」
そう言いながら、もしかしたら修二に殴られるかもしれないと思った。あの頃の痛い記憶が久しぶりに頭をよぎる。
だけど修二は殴らなかった。ただ哀しそうに私の目をじっと見て、そして殴る代わりに私の体を抱きしめた。
修二の腕の中で私は想う。
雨の音が響き渡る教室で見た彼の背中を。
歪んだ愛し方しかできないと言った彼の言葉を。
壊れ物でも扱うようにそっと私に触れた彼の手を。
そして最後の夜にただ抱き合って眠った彼の温かなぬくもりを……
そうしたら胸に熱いものが込み上げてきて、あの閉ざされた部屋の中で過ごした異様な時間のほうが、私にとっての現実なのではないかとさえ思えてきた。
私の目から涙が落ちる。自分で自分がわからなくて、本当に私は病気なのだと悲しく思う。
すると修二がそんな私の涙をぬぐってつぶやいた。
「泣くなよ……」
彼の手と声は少し震えていた。
「俺はもう、お前の前には現れないから……」
私を抱く彼の腕が静かに離れる。
私は言葉を出せずに、ただ雑踏の中に消えて行く彼の背中を見送る。
今すぐ駆け寄ってその背中を抱きしめたかったけど、眩しすぎる日差しの中で、私は動くこともできなかったのだ。