もう逃げない
十七年の人生の中でこんなにも全力で走るのは初めてだった。
「はあ……はあ……………っ」
立ち止まると同時に、敦の体にどっと疲れが押し寄せてくる。まともに呼吸もできず、少しでも気を緩ませば倒れてしまいそうだった。
「……っ」
だが敦は歯を食いしばり、背筋をピンと伸ばした。そして、人指す指を前に伸ばした。
「……はい、どちらさまでしょう……え?」
チャイムが鳴ってから十秒ほどで、玄関口から会いたかった人物が現れた。来宮青海は何の前触れもなく訪れた敦に対し、キョトンとした顔になった。
「十島くん、いったいどうしたんですか……?」
未だまともに呼吸ができない敦に、青海は心配そうな顔になった。
「お前に……言いたいことが……あってきた……」
ようやく喋れるくらいまで体力が回復した敦は、姿勢を正して、正面から青海を見据えた。
「……俺の勧めたラノベ、読んでくれたんだな……」
違う意味で動悸が激しくなる。敦はまずそう切り出した。
「え? は、はい! 月並な言い方ですけど、すごく面白かったです!」
唐突な問いかけに、青海は驚くもすぐにいい顔で笑った。
「……元気に、なったか?」
敦の質問の意図をすぐに理解した青海は、こくんとうなずいた。
「はい、だいぶ、持ち直したところはあります。でも……十島くんが元気が無いようなので、悲しいです……。あの……私、何か気に障るようなこと、したでしょうか?」
上目遣いで、青海は申し訳無さそうに言った。
「お前は何も悪く無い。ただ……」
たった二文字を口にして伝えるだけ。頭では分かっていても敦は中々その一言が発せなかった。
「十島……くん?」
「――今度さ、一緒に本屋に行かないか」
「え?」
「最近、ラノベ以外も『好き』になってきて、もっと来宮が普段読むような小説、『好き』になりたいんだ。だから、『お前が好き』な本、読んでみたい」
会話の中に混ぜるようにして、敦は三回、自分の気持ちを伝えた。
それはとてもちっぽけで、逃げるような告白だった。
だけど今の敦にとってそれが精一杯の告白だった。
「……はい、一緒に行きましょう」
気付いたのかどうかは分からない。だけど青海は嬉しそうに応えてくれた。
「ありがとう」
全身にまとわりついていた泥がすべて落とされたかのような、開放感だった。
結果的には、何も解決はしていない。
だが互いに好きなものを共有し合える……今の敦にはそれで十分だった。
ここで「来宮青海」は終わりです
想像以上に固っ苦しい話や文章になってしまいました
なので次のヒロインに移る前に、軽い幕間を書こうと思います