噂は形作られる
幕間です
「高校どこにするんだ?」
佐藤はスズキに尋ねた。
「前にも言わなかったっけ?」
スズキは問題集から顔を上げずに呆れた声を出した。
「確認みたいなもんだよ。ちなみに俺は七高」
「僕もそうだよ。というか、大丈夫なの?」
「何が?」
「七菱、来年は倍率高いって話だよ。そんな余裕こいていていいの?」
「はは、面白いこと聞くなあ。俺に『問題』なんてあるわけないだろ」
佐藤は自信満々に言った。
「……ああ、そうだったね」
「知ってるくせにぃ!」
「ふん、せいぜい落第しないように気をつけることだね」
悔しいが、スズキはそんな嫌味を返すしかできなかった。
「でも残念だよなあ。俺、あの人と一緒にできると思っていたのに」
「ああ、そう言えばそんなこと言ってたね。……まさかの展開だったよね」
スズキは数ヶ月前に拡散されたある動画のことを思い出す。あの衝撃的な出来事は、この地域のみならず、一時はSNSのトレンドに入り込んだくらいだ。
「男……いや、漢だよなあ」
「うん。中々できることじゃないよ」
あれだけでもすごいのに、あの人は他の女子にも好かれていたというから、とても生半可な精神だとは思えなかった。
「……でもその中には、自傷行為に走った人もいたらしいね」
「らしいな。噂じゃ笑ってたらしいぜ」
「そ、そういえば、佐藤はあの人と、会ったことあるの?」
背筋がぞくりとした。スズキは慌てて話題を変えた。
「ああ。中学の頃、同じクラブでやってたんだよ。当時からめっちゃ面倒見のいい先輩でよ、俺だけじゃなくてみんな慕ってたよ」
「まるで恋する乙女だね」
「茶化すな。……でも、まあ、あながち間違いでもねえかな。あの人のプレーは、本当に魅力的だし」
「本当にいるんだね、あんな漫画みたいな人……」
「だからなおさら残念だぜ……そういやさ、お前は何なの?」
「スズキだよ。下の名前は言いたくない」
「気が合うな。俺もだ。……って、そういうボケじゃなくて、お前は何で七菱行こうとしてるんだ? 去年、家から一番近い車海老に行くとか言ってなかったか?」
「…………進学に有利そうだからね」
「偏差値大して変わらねえだろ。倍率的に、七菱の方が不利じゃね?」
「制服が……」
「同じ学ランだろ」
「学食が……」
「車海老の学食、県下一って言われているぞ?」
「――高校の名前が気に入ったんだ」
「それは無理があるだろ」
「…………」
「ま、深くは追求しねえよ。俺としては一緒の高校に行けて嬉しいしな」
「そうだね。僕が受かればの話だけどね」
「卑屈になるなって。どれ、勉強を見てやろう」
「本当に嫌味な男だな君は……!」
推薦じゃなくても、試験で余裕で入れる頭を持つ佐藤は、スズキに勉強を教え始めた。悔しいが、めちゃくちゃ分かりやすかった。
「なあ」
「ん?」
「……女か?」
「ぶっ!」
問題集がつばだらけになった。書き込んだペンがにじみだす。
「やっぱそうか。」
油断したところに、佐藤はぶっこんできた。
「……そうだよ」
もしかしたら、聞いてほしかったのかもしれない。スズキは観念し、志望理由を話し始めた。
「いらっしゃーい!」
去年の七菱高校文化祭。野球部の出店に向かったスズキを待っていたのは、ほんわかとした女子だった。
「君中学生? いい体してるねー、ぜひとも七菱に入ってよ!」
女子はそんなお世辞を言って、ほほえみながらスズキにたこ焼きを渡す。
「はい」
スズキは即答した。これが、きっかけだった。
「――というわけなんだ」
「……それ、冗談だよな?」
「だから言いたくなかったんだよ。悪いかよ」
スズキはふてくされたように顔をそらす。
「ごめんごめん! いやいいと思うぜ、そういう淡い感じのきっかけ。再会した時、めっちゃロマンチックじゃん!」
ほとんど無理やりな慰め方だった。
「そうかな?」
しかし効果は絶大だった。スズキは照れくさそうに笑った。
「そうそう! ちなみにその人の名前、覚えているか?」
「もちろん。胸元に『飯原』って刺繍があったし」
「……飯原?」
「うん。どうかした?」
「……スズキ、残念なことがある」
佐藤は重々しい声を出した。
「――分かっているよ。彼氏がいるとかでしょ。そんな可能性、ここ一年間ずっと考えていたよ。そんなことは些末なことなんだ。僕はあの人の近くにいられさえすれば――」
「それについては多分大丈夫だとは思うんだけど……」
佐藤は口をまごまごさせながらも、親友のために、事実を述べた。
「その人、今年三年生だぞ」
次から新章「飯原八重子」です




