誰がために
ただの暇つぶし。相原祐介にとって野球とはその程度のものだった。
その日は馬鹿みたいに暑かった。三ヶ月経った今でも、祐介はその日のことをよく覚えていた。
県大会準決勝。祐介含む七菱高校野球部員たちは、緊張と興奮で胸がいっぱいだった。
二回戦を勝ち上がれば大したものだと言われる程度のレベルであった野球部。それが今年はベスト4に入る大躍進を見せたからだ。
あと二回勝てば甲子園……。今まで夢物語としか思えなかった舞台が、手の届く範囲まで近づいた。部員たちの気持ちは今まで以上に気合が入るものとなった。
「勝とうぜ祐介!」
女房役の厳島は祐介の背中を思い切り叩いた。
「ああ、そうだな」
負けじと祐介も厳島の胸を叩く。祐介は一度目を閉じ、この三年間の練習を思い出し、精神を集中させた。
(がんばって)
その時、誰かが祐介にそう言ったような気がした。その声には聞き覚えがあった。
「ありがとう」
幻聴かもしれない。それでも祐介はその声に礼を言った。
「勝とうぜみんな!」
野球部に入って、いや人生の中で一番大きな声で、祐介はみんなを鼓舞する。
「おうっ!」
マウンドにいる者だけじゃなく、ベンチにいるみんなも応えた。
それは、自分のため、チームのため……だけじゃない。
今はここにはいない、飯原八重子のためでもあった。