正倉院攻防戦 その壱
神護景曇四年、平城京大内裏外縁部東。
辺境より侵入したという族を、一人の姫戦士が見下ろしている。
完敗だった。都の近衛たちをものともせず、宮廷に迫った俺だったが、こいつはバケモノだ。レンキ?藤原の姫か何か知らんが、この異様な装束を纏う女戦士は、話に聞く古代中国の戦鬼そのものだ。(青龍門を粉砕した俺の古代刀がかすりもしねえ)。わずか数分に渡る戦闘で完膚なきまでに叩きのめされた。
挙句に眼前で、凄まじい霊力をぶちまけやがって。星の舞だと?千日兵といわれた俺のイブキが、もう一滴も残ってねえ。
まだあどけなさを宿した姫戦士、蓮姫が言い放つ。
「朝廷に反し、宮城を侵したる罪、許しがたいが、驚くべき戦闘力だ。ぬしは何処のクラガリじゃ」
「クラガリ?知らねえよ。おれは南方の県主の末裔よ。ふんぞりかえって都にのさばる堕落したヤマトどもが気に入らなかっただけだ。ぜんぶぶっ壊しに来たら、邪魔がはいっちまった。おまえがよ」
目を見張ったのは蓮姫だ。
(クラガリの憑依なしでこの力。。。)
おもわず呟く。
少し躊躇し、そして蓮姫が続ける。
「右の大臣より預かった権限をもって、そなたに命ずる。これ以後、ぬしの全力を持ってこの都を守護せよ」
「知ったことか、敗れはしたが都の馬鹿どもの犬にはならん」
ならば。。。
(ああ殺せ殺せ)
「私を守れ」
!
「命の続く限り、いや、その子孫にいたるまで、この中将蓮姫の盾となれ」
答えなかった。俺がこの女を守るだと?馬鹿げた注文だ。
だが
面白いじゃねえか
これが歴史に聞こえる平城京衛士 マサツの誕生の瞬間だった。
時は流れる。
オリジナルの蓮姫はこの世を離れ、そしてその意識の一部は、都人に紛れ千年の時を生きた。
そして、マサツは今。
街の東方、正倉院。
夜半過ぎ、ここの警備に当たっていた男、倉橋響也は突然の襲撃にさらされた。
最初に襲撃者は彼の同僚だった、ともに夜間警備にあたっていた楠木という男の豹変。当て身で気絶させたが、奴の爪は、響也の右肩に深い傷跡を残していた。
傷から広がる昏い脱力感。響也がかつて味わったものよりはるかに強力な。クラガリ!
前方に目を凝らすと、闇に無数の目。怪しく紅く光るそれは、クラガリの使役妖魔。サキガケ。
(組織的な襲撃。高位のクラガリか)
かろうじて人の意識を保ちつつ、携帯でメッセージを送る。彼が仕えるべき唯一の存在に。
迅速の速さでLINEが帰ってくる。支えるべき時間は20分。最優先事項は、正倉院北倉の防衛。いや天平衣の死守。
厳しいが可能なミッションだ。俺がクラガリにさえ変化しなければな。
その時、クラガリが、クラガリとなった今井ななかが闇から姿をあらわす。蒼いオーラに赤い目。妖の女王の威厳すらたたえながら、制服姿のななかはゆっくりと響也に近づいていく。
ぐっ
突然の衝動。クラガリの毒がななかの接近に呼応するように暴れ出す。
あと6メートル。直接触れられればアウトだ。しかし、響也は笑っていた。
「射程距離内だ」そして奇怪な唸り声が響いた。
突然左手をあげる。突然の雷がななかを直撃し燃え上がる。雷はすぐ頭上の照明設備から生じていた。特殊な周波数の唸りにより空気の絶縁を無効化、局所的な稲妻を発生させる秘術ーイナギリ。
だが、驚異の表情を浮かべたのは響也の方だった。
同種のうなり声は、ななかのものだった。イナギリのイナギリによる迎撃。
燃え上がったのはななかの発するオーラの外縁部だ。
ななかの口が歓喜に釣り上がる。
血の宴がはじまったのはまさにその時だった。。。