第5話
携帯でも読みやすいようには注意していますが、読みにくかったら改善案とともにお知らせください。
洞窟に一歩足を踏み入れた瞬間、一瞬だけ、ぐにゃりと視界が歪んだ。
同時に、体全体にチクリと痛みが走る。
「……ッ……何だ?」
今のは何だったのか。思わず両手を見る。
握りこぶしを作り、開く。体に異常は見当たらない。
いつの間にか、不思議と痛みは消え、視界も正常に戻っていた。
「何だったんだ?」
疑問は残る。
しかし、問題がないのだからこれ以上このことを気にしていても仕方がないだろう。
俺は洞窟の奥を見つめた。
父曰く、壁から異形が生まれるらしいのだが、見渡す限りに生き物の姿は無い。
洞窟の中は薄暗い。しかし全くの暗闇というわけではない。
外の陽の光が差し込んでいるというより、壁そのものがかすかに光っているように感じる。
これは僥倖だ。少なくとも、奥に進んだことで光源がなくなることはなさそうだ。
何も見えないところを手探りで進んで行って魔物に強襲なんてされたら為す術がない。
よし。少しだけ先に進んでみるとしよう。
洞窟は一本道になっていて、数十歩も進めば曲がり角があるのが見える。
未だ魔物の姿は見えない。曲がり角を曲がれば、何か変化はあるのだろうか。
もしかしたらいきなり魔物が飛び出してくるかもしれない。
少しだけドキドキしながら、俺はその道を曲がった。
曲がった先にあったのは、少し広くなっていた道だった。
先に歩いてきた道より、少し広い。それだけだ。
やはり魔物の姿は見えない。俺は落胆を隠せなかった。
だからか、気付かなかった。
「ガッッッ!!」
衝撃とともに口から出たのは悲鳴だったのか。ただの空気だったのか。
天井と地面が何度も入れ替わるように回転しながら、俺は飛ばされた。
幸い壁に叩きつけられることはなく、ズザーっという何とも惨めな音を立てて、俺は肩から地面に着地した。
何が起きたのか分からない。頭がくらくらする。体中がひどく痛い。
倒れている状態で、自分を突き飛ばしたものを確認した。
それはまるで蛇のようだった。だがその姿は異常だ。
俺と同じほどの大きさの、蛇と呼ぶにはあまりに巨大な体躯。
大人の腕程度なら丸呑みできそうなほど巨大な口。
皮膚など簡単に貫けるだろうと予測できるほどに鋭利な歯。
通常の蛇は頭から尾にかけて細くなっていくのに対し、この生き物は頭と尾が同じ太さをしている。
さらに、蛇特有の舌がない。
見たことも聞いたこともない生き物が、鋭い歯と赤黒い体内を見せながらこちらを見ていた。
なるほど。これは異形だ、化けものだ。
今まで自分以外の生物はいなかったのに突然現れたということは、父の言ったように壁から生まれてきたのだろう。
そこまで理解すると同時に、俺は飛び起きた。
飛ばされた時も離さなかったのか、右腕には木の棒を握っている。
俺はそれを両手で握って体の正面に構えた。
蛇はこちらの様子を窺っているようだ。
「うおおおおおおおお!!」
咆哮と同時に俺は蛇に向かって駆けだした。
「らあ!!」
棒を真上から振り下ろす。
バっという音とともに蛇が左に跳んだ。
速い!!
目では追えたが体がついていけない。
蛇は着地と同時に再び跳躍。俺の顔めがけてその口を大きく開いた。
とっさに左腕で顔を庇うと、蛇はそのまま左腕に噛みついた。鋭利な刃が肉を貫いたのが分かる。
痛い。痛い、痛い!!
「うああああああああああ!!!!」
痛みを知覚したと同時に、噛まれた腕をブンブンと振るう。
しかし振るえば振るうほど蛇の歯は腕に深く突き刺さる。
「ぐうう!!」
俺は振るうのを止め、地面に座り込む。
そして右腕に持っていた棒で、左腕もろとも蛇を叩いた。
衝撃で更に蛇の歯が深く刺さったが、蛇の力自体は一瞬和らいだ。
それを確認し、左腕に絶えず襲ってくる痛みに構わずに、俺は何度も叩き続けた。
十ほど叩いただろうか。蛇は大きく痙攣し動かなくなった。
「はあはあはあ」
死んだことを確認し、息を荒げた。
肩を大きく上下させ、空気をむさぼるように取り入れる。
死んだ……?
勝った。……そう。俺は勝ったんだ!!
グッと拳を握る。
魔物を一人で倒した。敵となる生物を、殺した。
目標に一歩前進した。そう感じた。
ズキリと左腕が痛み、ハッと我に返った。
蛇の頭を持ち、歯を抜く。血が滴るように落ちた。
左腕は、ボロボロだった。
これは前進なんかじゃない。
左腕に力が入らないことに気付き、事実に気付く。
後退だ。左腕に力が入らない今、これからは右腕一本で戦わなければならない。
魔物一匹、左腕を犠牲にしなければ倒せなかった。
もう一匹現れれば?二匹同時に来れば?更に強い魔物に遭遇すれば?
待つものは死だ。今の俺が片腕で戦えるほど、この洞窟は甘くない。
俺はここで死に……復讐は……できない?
瞬間、蛇が光り輝き、俺の胸の前で小さな粒になって消えた。
「……え?」
呆けたような声が出た。
何だ今のは?
魔素の消滅によって塵になったのかと思ったが違う。
光り輝き、粒子になって消えたのだ。始めてみた現象だった。
「…………え?」
そして気付いた。
先ほどまで、出血と疲労で重かった体がひどく軽くなっていて、左腕の傷が消えていた。