第4話
森の中の空気は澄んでいて、木々の間から漏れる光が美しい。
西の森は百歩歩くごとに魔物と遭遇すると父が言っていたが、何故一匹も見かけないのだろうか?
歩く音と息遣いだけが聞こえてくる。
よく考えると鳥や虫の声すらしない。
長い間森に囲まれて生きてきたが、こんなことは初めてだ。
不思議に思いなからも、森の中を歩く。
村を出て2つは時を刻んだだろう。
世界でも類をみないほど巨大な山の麓。
そこに大きな穴が空いているのを発見した。
危険だといわれるにも拘わらず、どこか神聖さすら感じるこの場所において、闇を飲むように口を開くその洞窟はひどく禍々しく感じる。
「ここが……」
思わず声が漏れる。
ここが父の言っていた洞窟。
なるほど、父が近付くなと言ったのが納得できる。
まるで死そのものだ。
目的さえなければ近付くのさえ躊躇われる。
気がつけば体はカタカタと震え、汗すら流れている。
ゴクリと唾を飲む。息が続かない。
ふと、刺された箇所に手を触れる。
刺されたハズのそこには、傷跡こそ付いているものの、何の異常もなかった。
いや、何も異常がないことこそが異常だ。
心臓を一突き。確かに刺された。そして、死んだハズだった。
体が冷たくなる感覚も、意識が闇に飲まれる感触も、最期に妹が見せた微笑みも、全部覚えている。
もう一度、洞窟を見る。
真黒い死が口を開けている。
死。死……か。
そこまで考えて思う。どうせ一度死んだ身だ。何を恐れるものがあるのだろうか。
一歩踏み出す。
体の震えは止まる。
もう一歩踏み出す。
何故か笑みが零れる。可笑しくて仕方がない。
手持ちは僅かな食糧と、木の棒のみ。
「はは、ハハハハハハ」
俺が死んだって誰も気付かない。何も残らない。誰も悲しまない。
両親が死んで、妹が消えて、住んでいた場所さえ捨てて。もう俺には何もない。
元からなかったのかもしれない。
だが、皮肉なことだ。
生きる意味と目的ができた。
「クヒ、ヒヒ、ヒャハハ」
妹は言っていた。信じる者は救われるんだよって。
だけど裏切られた。何にかは分からない。でも確かに裏切られた。
妹は最後まで、救いがあると信じ続けたハズだ。
妹が信じるから、俺も信じていた。
だけど何かは、俺たちの足元だけを掬って嘲るように消えて行った。
救いなんてものはない。あるのはただ……
「ハハハハハハハハハハハハ」
こんな時なのに笑いは止まらない。心底可笑しくて仕方がない。
俺は嗤いながら洞窟に足を踏み入れた。




