第23話
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どれくらい眠っていたのだろうか。
早くに寝て太陽の光で目覚めた時の様な、すっきりとした目覚め。
また夢を見るような気がしていたが、どうやら見なかったようだ。
本当は見たが忘れただけなのかもしれないが……夢とは所詮そんなものなのだろう。
見たい夢を見せてくれることもあるし、見たくない夢を見せてくることもある。
どんなに見たくても続きが見られない時もあるし、見たくもないのに覚めてくれない夢もある。
くそったれな夢なら見ない方がいいし、甘い夢も覚めてみればただの夢。
妹の夢なら、死んだって見続けていたいけど。
……俺は夢を見たいのか、見たくないのか。
どっちだろうかと考えてみたが、どうも良く分からない。
「おう、起きたか」
眠っていた時と同じ体勢のまま、目の前の空間だけを見つめて考えているとエキドナさんが湯呑を持って歩いてきた。
テーブルに置いて、飲むと良いと言ってくれたので、一つ大きく背伸びをしてから飲む。寝ている間に汗を掻いたのか、少し背中の辺りがむず痒い。
冷やされた水は芳醇な魔力と甘みを持っていてやはりおいしかった。
「それで、今日はどうするのじゃ?」
水を飲み終わるのを見届けた後に、エキドナさんがそう聞いてくる。
当然、答えなど決まっている。
「戦います」
じゃろうな、と頷くエキドナさん。分かっているなら何故聞いてきたのだろうか。
不思議に思いながら立とうとすると、再び聞いてきた。それで、どこで戦うつもりだ
? と。
何故そんなことを聞いてくるのだろうか。一つ上った所にある、大きな湖のある場所を考えていたのだが……。
「もちろん、この上ですけど……」
「一つ上か?」
「はい」
そう言うと少し考える素振りを見せながら、それは止めておいたほうがいいじゃろうと言ってきた。
「何故ですか?」
「うむ。ここは階層が深くなるにつれてな、より強い龍が住んでおるのじゃ。いや、強いというのは違うかもしれんがの……特にここの一つ上となるとのう。ちょっと今のそなたではのう……ちょいちょいって感じの強さの子が一人いるのじゃよ。今のそなたくらいなら指先一つでダウンさせちゃう感じのが」
悩ましげな顔で、非常に言い辛そうにエキドナさんが言う。
そんなになのか? 自分でも驚くほど強くなったと思うし……ワイバーンも含めて、今まで戦ったことのある龍なら間違いなく勝てるという自信すらあるのだけど……。
「そんなに、ですか?」
「そんなに、じゃよ。好戦的ではないのじゃがの、ちょっと変わった子でのう……。三階層から順に下りてくるのが一番だと思うのじゃがどうじゃろ?」
エキドナさんがそこまで言うのだ。言う通りにした方が良いだろう。特にこだわりがある訳でもないし。三階層まで戻るのは少し面倒ではあるが。
「分かりました。そうすることにします」
「うむ、そうか。それなら三階層まで送ろうぞ。余がおれば龍が襲ってくることはないからの。じっくり戦って強くなりながら下りてくると良い」
三階層まで一緒に来てくれるらしい。上っている間に絶対龍が襲ってくるんだろうなと思っていたのでありがたいことだ。
今にして思えば、二階層からここに下りてくるまでに一度も龍が襲ってこなかったのはエキドナさんがいたからなのだろう。
そうと決まったなら早く行こう。戦いたくて体が疼いている。
そう言えば槌はどこにやっただろうか。そう思って部屋を見渡してみると、エキドナさんの座っていた椅子の横に立て掛けているのを発見した。
無くても戦えるだろうが、やはり武器を持つと安心感があるものだ。持っていくことにしよう。
「おお! そうじゃ、ちと待っておれ!!」
部屋をきょろきょろしていた自分を不思議そうに見ていたエキドナさんが、俺が槌を探していたことに気付くと大きな声でそう言って、槌を持って奥の部屋に消えて行く。
立つ機会を失ったのでそのまま待つことにすると、大してかからないうちに戻ってきた。
何しに行ったのだろうか。ふと、その手に槌が握られていないことに気付く。
代わりに、別の物体がエキドナさんの手に握られている。
それは剣、のように見える。いや、形状は間違いなく剣なのだが……長いのだ。
とにかく長い。そして細い。鞘に収まっているためにきちんとは分からないが、少なくとも俺の身長よりは長そうだし、エキドナさんの腕より細く見える。
「ほれ、これをやろう。刀という」
そう差し出された剣、刀を掴む。重い。見た目からでは想像できないほどの重量を持っているようだ。筋力が強化されている筈の自分がそう感じているのだから、相当のものなのだろう。
マジマジと刀を見てみる。一切の装飾を省いたような黒い鞘、柄には、一つ眼の龍が彫られている。刃を見ようと思い抜こうとするが、長いので少し手こずった。しゃらんという音を立てて刃が抜けた。刀身は少し曲がっている。弓にどことなく似ている形状。どうやら片刃のようだ。波を打ったような不思議な文様が刻まれている。
刀身は鈍く蒼色に光っているように見える。何を使ったらこんな色になるのだろうか。
刀、というか武器のことはあまり詳しくないのだが、こんな剣は見たことも聞いたことも無い。
なんとなしに刃を触ってみると、すうっと皮膚に刃が通った。
「ッ!!」
切れた!? 信じられない。少し撫でるように触っただけなのに。
ポタリと一滴血が落ちる。痛みは感じない。視覚的に切れたというのが分かっただけで、未だに体は切れたという事実を認識していない。
どれだけ切れるんだよ。驚愕していると、エキドナさんが楽しそうな声色で、柄の龍の眼を指で触りながらそこから魔力を流せと言ってきた。
言われるがままに魔力を流す。
ぐにゃり、と刀身が歪んだ。同時にかすかに青白く光る。あまりの驚きに思わず目を瞑ってしまった。
地面が一瞬だけ揺れた気がする。重量も少しだけ軽くなったような気がする。慌てて目を開く。
始めに目に入ったのは鎖だった。やはり蒼く鈍い輝きを放っている。
刀身があった所から鎖が出ている。柄はあまり変わっていない。
鎖の先には棘の付いた鉄球のようなもの。
これは分かる。確か、フレイルとかいう打撃武器だ。いや、先に棘が付いているものはモーニングスターとか言うんだっけ?
痛そうな形だ。殴られた場面を想像するだけでゾッとする。
というか何だこれ。魔力を流したら刀がモーニングスターになった?
考えているとエキドナさんが話しかけてきた。興奮した様子だ。
「おどろいたか? 驚いたじゃろ!? それは余が作った世界に又とない武器。 基本は刀の形なのじゃがな、折れず、曲がらず、よく切れる刀じゃ。それに戯れにもう一つ機能を付けてみた。魔力を流すことで、斬撃に特化した型から打撃に特化した型へ変えることができるのじゃ! どうじゃ! すごいじゃろ!? 魔剣オルトロスと名付けた。そなたにやる! 使ってくれい!!」