第22話
ウルはそれだけ言うと満足したかのように奥の部屋へと去って行った。
エキドナさんが母で、ウルが姉で、俺が弟……か。なんだか家族みたいだ。
家族……か。不思議と嫌ではない。出会って数時間だが、エキドナさんやウルに親愛の情のようなものを持っていることは否定できない。
同族意識というものなのだろうか。
決して薄くはない感情を、すでに俺は彼女たちに持ってしまっている。
彼女らが困っていたなら、躊躇いなく、利益など考えずに、まっすぐに手を差し伸べる程度には愚直な感情だ。
嫌ではない。嫌ではないのだが……。俺はそれを認めることはできない。
俺にとって家族は、あのテーブルでスープを飲んだ、あの三人だけなのだ。
そうでなくてはならない。そうでなくてはならない。
俺が命を賭けていい存在は、妹だけでないとならない。
他に賭ける対象はいらないんだ。
俺は両親に誓ったんだ! 命を賭けて妹を守るって! 世界にたった一人の家族を守るって!!
頭が良くて魔力が多くて可愛くて優しい世界にたった一人しかいないかけがえのない存在を、俺の全てを捧げてでも守ってみせるんだって!!
なのに……ッ! そのたった一人すら満足に守りきれない、こんな、こんな惨めな男が!もう復讐しか生きる理由のない情けない男が!
俺がッ!! ……手にしちゃ、いけないものだ……。
そこまで考えた瞬間、熱くなった思考が急速に冷却された。
頭の中に、まるで夜をぶち込まれたような、そんな暗い感情。
なにも考えられない。何も考えたくないかのように、頭の中に闇の帳が下りる。
「ふむ。何を考えておるのじゃ?」
「ッ!!」
驚いた。てっきりもう誰もいないものだと思っていた。
よく考えればエキドナさんは、その場から移動していない。
ウルとの会話に参加してこなかったから、いつの間にかいないものだと思ってしまっていた。
奥の部屋から、母さまー早くーとウルの声が聞こえる。
エキドナさんはその声に返事をするように軽く手を振ると、こちらを見つめながら言葉を続ける。当然ながらウルにその様子は見えていない。
「ふふふ。何を考えておったかなんぞ、想像に容易いがな。まあそなたは何も考えんでもよいさ。余らが勝手に思い、勝手に言っておるだけじゃ。そなたは……そうさな、余らを利用するくらいの気持ちで丁度良いのではないか?」
「り、よう?」
「そうじゃ。復讐するために、余らを利用するのじゃ。そなたは黒鎧がどこのどいつかすら、分かっておらんのじゃろ? 途方もない話じゃ。ならば余らを利用し、力を手にし、知識を身につけ、駒を持て。幸いにして場所が良い。ここで龍を倒し、学べ。強くなれば、そなたに従う龍も現れようぞ」
「なんで、そこまで……」
「家族じゃからな!」
そう言って二コリと笑うエキドナさんの姿に、また、母を思い出した。
言葉も出ない俺と、もう言葉を発しようとしないエキドナさん。部屋が静寂に包まれる。痺れを切らしたウルが再びこの部屋に戻ってきて、エキドナさんの腕を引っ張って奥まで連れて行くまで、奇妙な沈黙は続いた。
二人がこの部屋を去ってから、少しだけ考えてみる。
エキドナさんの言ったことは、正直悪くない。
俺はまだ強くなれる。黒鎧の強さがどれくらいのものか、全く見当がつかない。分かるのは、とてつもない強さを持っていたということぐらいか。今の俺が勝てるかどうかすら分からない。
復讐にいって返り討ちなど目も当てられない。それなら、ここで出来るだけ強くなるべきだ。ここでしか強くなれないかもしれないし。
そのためにはエキドナさん達が、その、協力してくれることは非常に心強い。
彼女らがいたからこそ、自分は強くなれたし、強くなれることを知ったのだ。
彼女らは何千年と生きている。その知識も当然、膨大なものだろう。復讐に役立つ情報もいくつかあるだろう。
というかだ。俺は黒鎧のことは何も分かっていなかった。何も分かっていなかったのだ。どこの誰かも、何の種族なのかも、何故、来たのかも。
俺はどうするつもりだったんだろう。ここで一人で戦って、強くなって、その後は?
この広い世界で、名前も顔も分からない存在を、たった一人で見付ける?
……無理だ。
エキドナさんに言われるまで全く気付いていなかった。俺は本当にどうするつもりだったんだ? ここから出たら、待ってましたと黒鎧が現れるとでも思っていたのか?
馬鹿すぎる。自分の無計画具合に思わず笑ってしまう。エキドナさんは何か良い案を知っているだろうか?
……協力者、は必要だ。その協力者に伝説の龍がなってくれるというのだから、これほど心強いことはないだろう。
エキドナさんは、ここで戦っていれば俺に従う龍も現れると言っていた。強きものに龍は、というやつだろう。数が揃えばその分、黒鎧も早く見つかる筈だ。
つまりだ。何をするにせよ、ここで強くならなれければ始まらない。
ふと、エキドナさん達がいる奥の部屋を見る。さっきまではウルが何やら騒いでいたが、今はとても静かだ。寝てしまったのだろうか?
というか、寝ることができるのだろうか。俺がここに来てどれくらい経ったか知らないが、ずっと寝てない。眠る必要を感じなかったし、眠りたいとも思わなかった。
そういえば水も飲んでいない。エキドナさんから水を渡された時は飲んだが。
飲もうと思えば飲めた。というか今でも、あの水はおいしかったから飲みたいと思っている。
欲求次第といったところか。今も久しぶりに眠りたいと思ったら睡魔が襲ってきたところだ。せっかくだから寝てしまおうか。なんだかひどく抗いがたい欲求に感じてきた。
椅子に深く腰掛ける。このままでも十分に眠ることが出来そうだ。眠ってしまおう。そう思い目を瞑る。父にそれでいいのかと問われたような気がしたが、気のせいだと自分に言い聞かせた。




