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龍は死してなお死なず  作者: とんかつ
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第20話

どれくらいの間そうしていたかは分からない。

短い間ではなかったように思うが……その間、エキドナさんとウルの気配がどこかに行くことは無かった。それがまた、少しだけ嬉しい。


「……むう。またか。よく泣くのう……それが悪いとは言わんが」


近くでエキドナさんの呟く声が聞こえる。

確かに。僕はこの人の前では泣いてばかりな気がする。

でも勝手に出るんだ。仕方ないじゃいか。

涙なんて、コントロールするものじゃないんだから。


そんな風に考えていると突然、ふわりと良い匂いがした。どこかで嗅いだことのあるような、そんな甘い香り。安心感に香りを付けたならこんな感じかもしれないとふと思った。

同時に柔らかくて温かいものが頭全体を包む。

遠くでああー!とウルの叫び声が聞こえた気がした。


「全く、本当によく泣く子じゃ。困った奴よの。故に愛しい。泣く子をあやすのは、母たる余の務めじゃて」


頭上からエキドナさんの声が降ってくる。子守唄のような優しい声色。

一瞬だけ驚きに目を開く。人にこんなことされたのって……どれくらいぶりだろうか。

背中にまわした手で、トントンと叩かれる。温かくて、優しい。まるで母さんみたいだ。


「落ち着いたか?」


そう言ってエキドナさんは抱擁を解く。離れた気配がしないのですぐ近くにいるのだろう。

確かに涙は止まった、が……今度は恥ずかしさから顔を上げることができない。

俺は何を……


「ずっるーい!!」


「……へ? おわぁっ!」


そんな風にしていると、何を思ったか、ウルが突然飛びかかってきた。

思わず目を瞑ってしまった。今まで大人しかったものだから完全に油断していた。

咄嗟の事に上手く反応できず、椅子ごと後ろに倒れる。


「ぶへっ!」


衝撃で変な声が漏れた。同時にお腹の上に違和感。


「ずるい! ずるいずるいずっるーい!! 我だって母さまに抱っこしてもらってないのにーー!!」


背中と後頭部に感じる痛みに顔をしかめつつ目を開けると、そんなことをのたまう少女の姿をした伝説の龍がいた。


「は?」


お腹の上に。


「なんで? なんでなんでなんで!? なんであなたばっかりー! ずるいずるいずるーい!!」


「えっちょっまっ!」


そう喚きながら俺の襟首を持って上下に揺らしてくる。

腐っても鯛。幼女でも龍。尋常じゃない力だ。首どころか体全体がもガックンがっクん。


「それくらいにしておいてやれ、ウルよ」


「ははさま! だって……んうーわかったです」


しぶしぶと手を離してくれるウル。ようやく解放された俺はゴホゴホと喉を鳴らす。

碌に息も出来なかった。危なかった。新鮮な空気がおいしい。

もう少しされていたらと思うと……首がポロっと取れた自分を想像してゾッとする。


「良い子だ。今日は一緒に寝るかの?」


「!! 本当!? 寝る寝る! 寝ますー! やったー!!」


俺をこんな目に合わせた当の本人はというと……エキドナさんの言葉にはしゃいでいた。

文句の一つでも言おうかと思っていたが……ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねるウルを見て、その気も失せてしまった。


笑っていると、ただでさえ幼い容姿が更に幼く見える。

どこの誰が、あんなに嬉しそうにしている少女、というよりも幼女に文句を言えるというのだろうか。

そんなウルは、お布団準備してくるー! と言ってあっという間に奥に消えてしまった。


「ふふふ、ウルがすまぬの。あれもまだ幼いんじゃ。笑って許してやってくれ」


未だ倒れたままの俺に手を差しのべながらエキドナさんが笑う。

その手を掴みながら、行き場の無くなった文句をエキドナさんに言う。


「幼いって……ウーロボロスが確認されたのってもう千年以上昔の話ですよ?」


「歳で言えばの、確かにあれなんじゃが……ウルの奴はお昼寝が大好きでのう。実際に起きておった時間は十年にも満たないんじゃよ。おしゃぶり代わりに尻尾を噛む癖もなかなか直らぬしなあ」


「おしゃ……えええ!?」


ウーロボロスの代名詞ともいえる、尾を喰らう蛇の姿が!?

おしゃぶり!?

千年に渡って謎とされてきた……無限とか再生とかを意味するのではないかとか言われてきた……あの姿が!?


「夜泣きがあまりに煩いものでなあ、つい。……そりゃ驚くじゃろうなあ。千年以上生きて未だおしゃぶりがいるのなんぞ、あ奴くらいのものよな」


確かにそこにも驚きだけど!


「え、尾を喰らっているのって……何か魔術的な要素とか……」


「ない!」


「えええ!?」


街で見た竜人の人とか……ははは、これはウーロボロス様の真似でね、心なしか魔術の威力が上がる気がするんだよ! とか言ってたのに!?


「ははさまー!! 準備できたよー!!」


あまりの事実に驚愕しているとウルが戻ってきた。

その姿には相変わらず威厳の欠片も見当たらない。いけない。もう今まで通りに見れそうにない。


「おお、早いの! というかもう寝るのか? 構わぬが……また前みたいに寝ぼけて国を滅ぼすでないぞ」


「もー。ははさまったら、さすがにもうしないよー!」


ウルが恥ずかしそうに言う。そっかー。寝ぼけて国を……


「……ええええええ!!??」


「うぬ? どうした?」


「ね、寝ぼけて国を滅ぼしちゃったんですか?」


「ああ……うむ。千年くらい昔にの。ここで寝とったのにいつの間にかじゃ。あれには驚いたわ。確か人の歴史にも残っておるじゃろう?」


「れ、歴史にですか?」


あったかな? そういう関係の書物は妹と大抵見つくした筈なんだけど。


「うむ。ちょっと大げさに書かれとるがな。大陸を沈めたとか何とか。くくく。こ奴が生まれた時はすでに一つとなっておったというのにな」


ある……あるよその伝説……。

かつて六つあった大陸は二つとなり、そしてまた一つ、大陸は消えた。大陸にある国の一つが、かの龍の怒りを買ったからである。とか書かれてるよ。


話がつまらないのか恥ずかしいのか。ウルが早く寝よーよ! とエキドナさんの前で腕をブンブン振る。


「んん? どうしたんです? 変な顔してー」


その彼女がふと俺の方を見て、首をポテリと傾げながら聞いてきた。いかん。普通にかわいい。


「い、いや。ウルってそんな性格だっけなーって思ってさ……」


「あ、えへへー。威厳見せようとするとあんな感じになるんですよー。他人の前だと大体あんな感じですー。母さまに教えてもらったですよー。でもあなたは龍になったんでしょー? なら母さまの子供で、私の弟ですー! 普通に喋るんですー!」


私はお姉さんですねーと笑顔。背景に満開の花さえ咲きそうな気がする。


「はは、は。そうなんだ。」


「そうなんですよー!」


「ははは。……あれ? でもなんで龍ならエキドナさんの子供なんだ?」


「ほえ? ああ、あなたは人間だったから知らないんですねー。ははさまは世界に生まれた最初の龍。世界にあまねく広がる龍は、全てははさまの眷族なんですよー」


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