第10話
武器を失ったことに、呆然自失していたのか。
気が付けば、龍の弾幕は目前に迫っていた。
「うっおおおおおおおお!!」
真横に跳ぶ。
間一髪直撃は避けたが、龍の攻撃は服を裂き、皮を剥ぎ、肉を抉っていた。
「ぐッ」
衝撃と痛みに多々良を踏む。
移動先に目標を定めた龍が再び迫ってくる。
バランスは崩れたままだ。間に合わない!
……??
思わず目を瞑ってしまったが、いつまで経っても攻撃は当たらない。
最後に見た光景は、ギーブルを先頭に突っ込んでくる龍星群だ。
先頭のギーブルは大きく口を開き、何かを吐き出すような素振りを見せていた。恐らくは毒。
毒を食らったことは今まで一度もないから分からないが、龍種の持つ毒だ。普通の人ではひとたまりもないはず。
だがいつまで経っても衝撃は来ない。
恐る恐る目を開ける。
「……えー」
呆れが言葉になって口から洩れる。
くんずほぐれつ……とでも表現するべきか、龍の山が出来あがっていた。
「一体何が」
意味が分からない。俺が目を瞑っていた間に何が起きてこうなってしまったんだ。
ピクピクしてる。数百はいたように感じられた龍は、やがて数体を残し光になって消えた。
残ったのは先頭にいたギーブルと一番後ろに居たと思われるギーブルとヴィーヴルの三頭。
しかもヴィーヴルに至っては瀕死だ。ギーブルは、こっちをじっと見つめたまま動かない。
口をパクパクさせて、ついでになんか顔?が赤……い……
「あー……」
理解した。
頭をぼりぼりと掻きながら槌まで歩く。
拍子抜けした。これはアレだ。ギーブルの弱点。
……男の裸。
ギーブルは男の裸を見ると顔を真っ赤にさせて硬直する。
理由は分からないが、ギーブルはメスしかいないことから、単純にオスの裸を恥ずかしがっているのではないかという説が有力視されている。
強力な毒液を持つギーブルが乱獲されたのも、裸になった男なら倒せるからだ。
比較的楽に倒せ、しかも龍種の素材が手に入るということで、一時期は裸の男たちがギーブルの生息域をパーリーしていたらしい。気持ち悪。
そして今の俺は上半身裸。
服は先ほどの猛攻によって、ただの布と化していた。
結果、ギーブルは照れている。
槌を持ち、ギーブルの前に立つ。
チラッと少しだけ槌を見たが、やはり視線は裸に釘付けだ。
そのまま真上に振り上げ、頭に叩きつける。
あっという間に光になった。なんかなあ。
釈然としないままギーブルがいたところを見続けていると、視界の隅で何かが動いた。
残り二匹とも瀕死に近いし、完全に忘れていた。
ヴィーヴルを見る。飛ぼうとしているのか、翼を動かしているがひどく弱弱しく、死んではいないが死ぬ寸前といったところ。
ギーブルは……裸を見ないためかそっぽを向いている。
近づく。ビクリとする。こっち見る。赤くなる。そっぽ向く。
近づく。ビクリとする。こっち見る。赤くなる。そっぽ向く。
残り十歩という辺りで、ギーブルが口を開く。口内に緑色の液体……恐らく毒が溜まっていくのが分かる。
追い詰められた鼠は猫を噛むという。警戒する。
一歩近づく。ビクリとする。大口を開け、毒を見せるようにこっちを見る。赤くなる。再び横を向いた瞬間……ヴィーヴルがその喉元に食らいついた!
死にかけていたため油断していたのだろう。当然の出来事に驚いたように尻尾をジタバタとさせるが、ヴィーヴルは決して離さない。
最後の力を振り絞るようにギーブルに食らいついているように見える。唐突過ぎて俺は動けない。
やがて……ビクンっと一回大きく跳ね、ギーブルは動かなくなった。
そして、ヴィーヴルは光の粒子を取り込んだ。
何事も無かったかの様に翼で飛ぶ。当然の結果。この洞窟では魔物を倒せば回復するし強くなれる。
俺だけにその恩恵が有る訳ではない。魔物も魔物を倒せば強くなる。
それは予想できる。
しかし……光に包まれたヴィーヴルがワイバーンに変身することは予想できなかった。