第9話
軽く息を整えた後、二階層に来た。
俺がずっと戦ってきた小部屋から、少し進んだだけでその階段は見つかった。
どれくらいの時間が経ったかは分からないが、こんなに近くにあるものにすら気付かないなんて、と自分を笑う。
草原。
ここを表現するにはこの言葉が一番近いのだろうか。
地下とは思えないほど広大なフィールド。後ろを振り返り目で壁を伝っていくと、地平線が見えるかと思うほどに本当に遠くまで続いているのが分かる。
天井は高く。空間がネジ曲がっているような錯覚を起こす。
三階層へ行く道はすぐに見つかった。
一切の障害物がない恩恵か、階段を下りてからまっすぐの位置に巨大な穴のようなものが見える。まっすぐに歩いて行ければ良いのだろうが……
今まで敢えて無視してきたが、仕方なく天井に目を向ける。
地上に魔物は一体もいない。空には、数え切れないほどの魔物が飛び交っていた。
空一面に広がる龍凄群。確認できる龍種は二。ヴィーヴルとギーブル。
ヴィーヴル。
蝙蝠の翼と蛇の体、そして宝石の瞳を持つ龍。宝石の希少性故に乱獲され、現在ではほとんど姿を見ることが出来ない。
ギーブル。
翼の生えた蛇龍。雑食で、人間すら食らう龍。口から毒性のある液体を出す龍。その危険性と弱点故に討伐され、現在ではほとんど姿を見ることは無い。
記憶にある情報を反芻する。
どちらも絶滅危惧種に指定され、討伐し指定部位を持ちかえれば多額の報償を得られるはずだ。
まあ今は興味無いが……。
空を飛ぶ生き物に槌は届かない。当たり前だが。
出来れば素通りしたいが……無理……だよな。一番近い二頭、こっち見てるもん。さっきまであんなにギャーギャー言いながら争ってたのに……。
空を飛べるということはそれだけで脅威だ。
一方的に獲物を狩ることができる。今回で言えば、その獲物は俺なわけだが。
弓なんてものを持っていない今、槌だけで倒さなくてはならない。
というか……倒せるのか?
考えている間に襲ってきたわけだが……。
「ギー!!」
ヴィーヴルが奇声をあげながら突っ込んでくる。
蝙蝠のような羽根をバタつかせる姿はひどく滑稽だ。
あれ……? 遅い?
その速度がやけに遅く感じる。
その蝙蝠の羽根、宝石の瞳、食らいつこうと広げる口。全てを観察して尚も余る時間。
左前方へ飛ぶように移動し、その慣性で槌を振る。
吸い込まれるように下顎に当たり、飛んできた速度以上の速さで後方に吹き飛び、そのまま空中で光になった。
次いでギーブルが襲ってくる。
蛇が地面を這うように空を縫う。生えた翼は鳥よりも深く風を掴む。
だが……!
「遅い!!」
それでも今の俺には遅く感じる。
ノヅチで慣れたからか、特殊な動きも苦にならない。
ギーブルに向かい地面を蹴る。
弾かれるように体は地を離れ、自分の身長の三倍ほどの高さまで打ち上がる。
驚きからか宙に止まるように翼を動かすギーブルに、槌を一撃。
空に浮かぶ龍凄群に突っ込むように吹き飛ぶ姿を一目し、地面に降り立つ。
俺は……強い……!?
体感する。
大人が数人がかりで討伐していたというこの二頭。
それを一人で! 一撃で!!
これでもまだ奴には届かないだろうが……。
強くなっている実感が堪らなく嬉しい。
手に馴染んだ槌を一撫で。
「ふふふ」
少しだけ笑う。
気が付けば……
空一面に広がる蛇龍の群。
蛇の瞳と宝石の瞳。
その全てがこちらを見ている。
煩わしいほどの鳴き声は鳴りを潜め、静寂の中にあるのは彼らが奏でる羽音だけ。
争っていた筈の二頭は恐らく……新たに現れた異物を排除することに決めたようだ。
そして羽音すらしない静寂。
二種数百頭はほぼ同時に羽ばたきを辞め、世界の法則に従い急降下してくる。
目標は自分。
捌き切れるか……?
考えながら二つ後ろにステップを踏む。
ノヅチ三連星でコツは掴んだ。
数は全く違うが……最低でも、あの時の動きを数重繰り返す!!
轟音。
槌によってその軌道を逸らされ地面に穴を空けてゆく。
柄、先端、面。
オールを漕ぐような動きで槌を動かす。
回す回す廻す。
槌で弧を描く。
これは……ッ!!
気付く。円運動。
これが一番力を入れずに、自然体のまま戦える!
これが一番効率良く、敵の力を流すことができる!!
自分の近くで爆発が続く。
自分を中心に周りにクレーターが出来る。
数十を捌いた。
それでもまだ、ただの一度もダメージを負っていない、が。
「数が……多すぎるっ!!」
流れ星の如く降り続ける龍星群。
終わりの見えない戦いに疲労が溜まっていく。
捌き損ねた一撃が腕を掠り服を切り裂く。
頬、腕、脚、傷は少しずつ増えていく。
「っ!! ……しまっ!!」
激突の衝撃で足場が崩れる。
同時にバランスも乱れ、体がのけ反る。
「ガッ!!」
腹部に衝撃。後方に吹き飛ばされる。
一度、二度、三度。
バウンドするたびに体が地面に叩き付けられる。
それでも……!!
四度目のバウンド。
そこで地面に足を付け、踏ん張ることで再び弾かれることを防ぐ。
それによって地面に二本。長い線が引かれる。
だけど……倒れることはしない!
今ここでそんな失態は侵せない!!
歯を食いしばり再び構える。
構え……ようとして気付く。
手の中には感触がなくて、遥か前方に馴染んだ柄が見えることに。
腕の中に重みがなくて、遥か前方に見慣れた物体があることに。
方角を変えながら迫ってくる二種に掻き消されるように見えなくなったが……ここまで揃えば理解る。
槌を……武器を……落とした!




