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第1話:宮廷の『無能』は、世界を複式簿記で再定義する

「――というわけだ。君には今日限りで宮廷主任会計士の座を降りてもらう、アルノルト・レドフィールド」

きらびやかな漆喰で彩られた宮廷の一室。

豪奢な机にふんぞり返る公爵の言葉に、アルノルトは眉一つ動かさなかった。

「……解雇、ですか。理由を伺っても?」

「理由? ハハハ、自分で分からんのかね? 君には『魔力』が一切ない。我が国がこれから本格的な魔導軍拡へと舵を切るというのに、魔法の一つも使えん数字バカをこれ以上、国家の心臓部に置いておけるわけがないだろう」

「公爵。私が管理していたのは『魔力』ではなく『国家予算』です。魔法で米は買えませんし、呪文で兵站の赤字は埋まりません」

「黙れ! これだから現場の事務屋は視野が狭くて困る。我が国最強の魔導師団がひとたび動けば、隣国の領土など一瞬で手に入るのだ。予算などというセコセコした数字、後からいくらでもついてくる!」

「ついてきません。来期の魔導触媒の購入費だけで、我が国の税収の4割が吹き飛びます。さらに、その『一瞬で手に入る』と仰る隣国の土地は塩害が深刻で、今後3年間は確実に減損損失を計上することになりますが、その費用対効果コスパの計算はお済みで?」

「減……損? 何をわけの分からん呪文をブツブツと……! ええい、これだからお前は使えないのだ! 我が魔導第一主義の宮廷に、お前のような陰気な前世の遺物は不要! 荷物をまとめてさっさと失せろ!」

(前世の遺物、か。皮肉なものだな)

アルノルトは冷徹な瞳の奥で、小さく自嘲した。

彼には記憶がある。数字と帳簿に追われ、過労死寸前まで日本の経済を支えていた『公認会計士』としての前世の記憶が。

この魔法が実在する異世界に転生し、少しでも国家の財政を健全化しようと泥水をすすってきた。だが、目の前の無能な上層部には、その積み重ねがただの「地味な数字遊び」にしか見えなかったらしい。

「分かりました。そこまで仰るなら、私は退職金代わりにこの国の帳簿をすべて脳内から仕訳し、ここを去ります。……後悔なさいませんよう」

「フン、後悔などするものか! 代わりの会計士なら、魔力持ちの優秀な若者をいくらでも雇うわ!」

カツン、と静かに靴音を響かせ、アルノルトは宮廷の重い扉を閉めた。

その足で王都の門をくぐり、砂埃の舞う街道へと歩みを進める。

「……さて。クビになったのはいいが、これからの身の振り方を考えないとな」

街道の脇、大きな木陰に腰を下ろしたアルノルトは、一息つくと同時に、頭の中で「それ」を起動した。この世界へ転生した際、彼に与えられた唯一の、そして最も歪な『恩恵ギフト』。

「――ステータス、オープン」

目の前の空間に、淡い光の粒子が集まり、青半透明のプレートが描画される。

•【名前】アルノルト・レドフィールド

•【職業】宮廷主任会計士(元)

•【筋力】5 (一般成人男性の平均:10)

•【魔力】 2 (魔法適性:皆無)


「相変わらず、戦闘能力はゴミ以下だな。……だが、問題はここからだ」

視線を下に滑らせると、一般の人間には存在しない、異様に細分化された『知力』の項目が、過剰なまでの存在感を放って展開された。

•【知力(会計・監査特化領域)】

•簿記・仕訳能力: MAX

•不正検知衝動(脳内監査アラート): MAX

•損益分岐点計算速度**: 2.0 \times 10^4 op/sec

費用対効果コスパ意識: MAX

•コミュニケーション能力(一般): 3 (ただし、監査対象に対しては 200)


画面を見つめるアルノルトの目が、鋭く細められる。

「一般コミュ力が3なのは放っておいてくれ。……よし。この異常な演算能力があれば、どこへ行っても食いっぱぐれることはない。あの無能どもに貸し付けた『国家財政の帳尻』という名の巨大なツケが回る頃には、私はどこか遠くの街で、のんびりと健全な帳簿でも眺めて暮らすさ」

前世で培った知識と、このバグじみたステータス。

それを武器に、アルノルトは新たな一歩を踏み出す。

彼が向かうのは、王都から遠く離れた辺境の街。そこには、数字をパワーで解決しようとする、もう一人の規格外の「脳筋」が待っていることも知らずに――。

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