探偵助手は語らない
真実は容易に語れるものではない。
僕は舞子の半歩後ろを歩いて正門まで来た。
下校する生徒がまだまだたくさんいた。ホームルームを終えるまでの時間に差があるし、終わった後もお喋りをしたりして遅れて出てくる生徒もいるだろう。だからこの時間帯でも下校する生徒は多い。
何となく沸いているなと思ったら、プリンス渋谷君とプリンセス前薗さんがいた。
彼らを取り巻く生徒たち。やはり中等部生が多いな。
その中に例の中一女子三人がいた。追っかけのように渋谷君と前薗さんを見ている。目に見える態度に差はあるものの三人は揃ってプリンスとプリンセスを応援し仲が良く見えた。
僕は安心する。その三人のうちのおとなしい子が米を落とした子だった。
三人は家庭科部。おとなしい子のためににぎやかな二人は赤飯を炊こうと思い立った。そして今度は誕生日会を予定しているそうだ。
おとなしい子はそうしたことに抵抗を覚える子だった。しかし嫌だとは言えない。
思っていてもそれを口に出せない人種はいる。そのことを口達者な者はなかなか理解しない。
今横にいる舞子実里にしても、普段は口数が少ないが物言わぬ女ではない。言うべき時ははっきりと言う。それこそ相手を完全論破するくらいに。だから敵も多かった。
舞子にはおとなしい子の心情は理解できないだろう。
そんなの言わなければわからないよ。言えば良いのよ。どうして云わないの? 思っていることを言う――それがコミュニケーションというものではないの?
そんなセリフが機関銃のように出てきたら物言わぬ者は黙るしかない。
話せば理解し合えると思っている人間に物言えぬ人間の気持ちはわからない。その逆もしかりだ。
物言う人間の気持ちをおとなしい子は十分理解していなかったかもしれない。
こうしたことを解決するには徐々にお互いが歩み寄っていくしかないだろう。だからこそ僕は前薗さんにお願いした。
僕が知る限り、舞子の有能な配下のうち前薗さんだけが物言わぬ者のことを理解できるひとだった。
彼女以外は総じて陽キャ。学園カースト最上位に位置する。周りには口達者なやつばかりが集まって来る。
中には東矢さんみたいな物静かな中等部生徒会長がいるが彼女は学業でずっと総合一位を維持する才媛で、しかもワンゲル部の巨体を倒す武道にも秀でていた。そして必要な時は相手を論破する弁論もできた。
そんな集まりが舞子の配下だ。
その中にあって前薗さんはいつも癒しの微笑をたたえ人の話に耳を傾けるひとだった。
そして今もプリンス渋谷君の横にいる。
彼女はずっと渋谷君の擬似彼女を演じていた。それは周囲の人間を守るためだ。
渋谷君の恋心はずっと東矢さんに向けられている。おそらく副会長になったのも東矢さんの傍にいて東矢さんを守るためだろう。しかし校則で男女交際は禁じられている。生徒会の二人がそれを破ったとなれば処分は免れないだろう。
東矢さんがその気でなくても渋谷君は本気だ。その思いがいつ表に出るかわからない。
前薗さんはずっと渋谷君の東矢さんへの思いを隠すために敢えて自分と渋谷君とのペアを観衆に見せつけてきた。
幸いなことに前薗さんと渋谷君は学校案内でずっと学園の顔として扱われるプリンセスとプリンスだ。この二人の周囲には大勢の生徒がいて、それが二人の仲をただの絵にしていた。
お似合いだけれど付き合っていない。付き合っていないけれどお似合い。そういう虚像がうまく煙幕として働く。渋谷君の東矢さんへの思いもそれで隠されてきた。
しかし、学園内のいたるところに仕掛けられた盗撮・盗聴の機器が隠されたことも次々と暴いていく。
「プリンスが東矢に告ったらしいぞ」
僕は三神さんから聞かされた。
この三神拓斗さん、僕の小学校の一年上で、女の子の胸を触ったりスカートをまくったりして騒ぎを起こす問題児として知られていた。少し発達障害の気があると言われたこともある。そのせいなのか問題にはされるがたいした処分も受けずに現在に至る。
三神さんは高等部から御堂藤学園に入学してきた。高校生になってもその悪癖はいまだに治っていない。幡野さんのスカートをまくった事件はいまだに語り草だ。あの幡野さんが顔を真っ赤にして泣き怒りしたのだから。
三神さんはずっと自由奔放に生きている。毎日どこにいるか誰もわからない。学園内を徘徊したり、保健室で昼寝をしたり、保健室の魔女といわれる霜村先生とも何だか怪しい関係だ。
そういう三神さんだからあちこちからいろいろな情報を仕入れてくる。渋谷君が東矢さんに告白したという情報もそうだった。
「東矢はその場で回答しなかったらしいがな」
よくわからないが東矢さんはおそらく男の子を好きになったりする感情がないのだと僕は思う。
「しかしこれ――扱いを間違えると渋谷の首ばかりか東矢の首もとぶな。黒森や矢車と違って二人はまだまだ青いからな」
三神さんは笑ったが、この人は簡単に介入するひとではない。正義の味方でもないから。
しかしその情報をなぜか前薗さんも掴んでいた。のほほんとボランティア部部室で優雅に紅茶を飲んでいるただのお人形さんだと思っていたけれど、油断のならない子だ。
「芦屋さん、お願いできますか?」
僕に依頼するなんて。君は僕のことをどう思っているのだ。
だから僕は引き換えにおとなしい中一女子のことをお願いした。
家庭科実習室に集まったとき、僕はそれとなく問題の子とその友人二人を前薗さんに教えた。
前薗さんはすぐに気づいてくれた。中一女子が誕生会の話をした際に三人の関係性を悟ったのだろう。
たとえ悪意がなくてもエスカレートすればいじめにもつながる。いじめている側にその気がなくても嫌なことをさせられる物言わぬ者がいじめと感じることはあるだろう。
実際がどうかなど問題ではない。どう感じるかが問題なのだ。
前薗さんはうまく動いてくれた。三人に近づき、彼女たちの自分への興味を利用して距離を縮めた。そしてうまく話をしながら少しずつ諭していった。物言わぬ者がどういう風に感じているか推し量れる力をにぎやかな二人に少しずつ教えて行ったのだろう。
その効果は着実に表れていると僕は思う。
さて、前薗さんに頼まれた以上、僕も動かねばならない。生徒会総会は近づいていた。僕は生徒会総会に参加したことがなかったけれど、参加したことのある前薗さんが心配していた。あそこでその他の議案がとり上げられる際にゲリラ的に生徒や教師を糾弾する者が出てくるというのだ。
特に最近は訳の分からないミニ同好会が乱立したからどんな輩がひそんでいるかわからなかった。
全体の半数を占める学級委員だってどういうヤツがなっているかわからない。
そこで渋谷君を糾弾する話が出たらまずい。何かひと騒動起こして総会にそれを議題としてねじ込むようにするしかない。
しかし騒動を起こしたい奴は他にもいるようだった。渋谷君を守るというより矢車さんを守るためなのかもしれないが。
あの土曜日の段階ですでに裏生徒会(仮称)は動いていたようだ。
僕は偶然家庭科部中一のおとなしい子が米をばら撒くシーンを見た。舞子には米を落としてしまったと説明したが、僕が見たとき彼女はわざと米をコンクリート面に落としていた。
後日になって直接彼女から事情を聴いたが、その時の僕はよく事情を知らないまま、これを利用してはと思ってしまった。
舞子にはツッコまれなかったが、土曜日の昼に僕がなぜあそこにいたのか。それは騒動を起こすネタを探していたからだ。ただ、騒動を起こすのは何もあの日である必要はなかった。
僕は学園内を下見していた。中一の子が落とした米が誰かに片付けられた。僕はゴミ捨て場に行った。家庭科部が赤飯を炊いていたころだ。
ゴミ捨て場に思った通り米が捨てられていた。それを持ち去り、もとの通りにばら撒く。まだ明るい時間帯だったからコンクリート面ではなく土の上にばら撒いた。あとで自分が持っていた米――彼女と一緒に買って彼女が使わない分を僕が持っていたのだ。そちらの方が少し量が多い――をばら撒くつもりだった。
少し時間を潰して薄暗くなった頃に再度訪れると、驚いたことに彼女がそこにいた。そして佇んでいる。無理もない。ふたたび米がばら撒かれていたからだ。
しかし驚いたのは僕もだ。ばら撒かれた米の量が多い。しかもコンクリート面にも撒かれている。僕以外の誰かが撒いたとしか考えられなかった。
「これは驚いたね」
いつの間にか僕の横に三神さんがいた。
この人は神出鬼没だ。ひょっとしたら僕がしたことも全部知っているかもしれない。
「ペットボトルに入れて撒いているヤツがいたよ。顔はよくわからなかったが、男だ」
あとでそれはワンゲル部から最初に持ち出されたペットボトル入り米だとわかった。
「裏だな」
裏生徒会(仮称)のことだ。
「誰かなんて些細な問題だ。あいつらお互いのことなど誰もわかっちゃいない。ただ単に受注したクエストをこなしているだけだ」
「『米を撒け』がクエストですか?」
「そうそう」と言って女の子に近づいた。
そこからが大変だった。いや、圧巻というべきか。もっと米をぶちまける話になった。
僕の持つ米(どうして持っていることを知っていたのかも不思議だ)を意気揚々とその場にばら撒く。
狂気――いや狂喜の顔。「おにはーそと! ふくはーうち!」嬉しそうだ。
このひとも裏生徒会のひとなのかとも思う。いやわからない。三神さんによると裏とは個人の集まりみたいな感じだから。
女の子を帰した後も、三神さんは暗くなった渡り廊下に目を凝らした。
「駒落ちてないかな」
「駒?」
「チェスの駒だよ、こういうやつ」と言って僕に見せてくれたのがキーホルダーになった白のナイトだった。
「俺は白のナイト」
ときどき三神さんが言うセリフだ。ただの中二病かと思っていたが。
「裏が動いた後、ドロップアイテムを見つけることがある。チェスの駒が多いな。オーパーツとかアーティファクトとか裏サイトでつぶやくやつがいるけれど、どうもこれは裏の会員証みたいなものらしい」
「会員証?」
「現場で万一鉢合わせしたときの身分証明だ。駒を見せればわかり合える。つまりはふだん関わり合いのない者同士の集まりだな」
「そうですか」
「ドロップアイテムはギルドに持っていくと高く売れるんだ」
「いくらくらいで?」
「お金じゃない」
そういって三神さんはさわやかに笑った。
その時の僕は知らなかったが今の僕は知っている。保健室の霜村先生がデスクにチェスの駒をたくさん持っていることを。
あれは三神さんが売った? すると報酬は?
「さあ、行こう、芦屋君」
舞子に呼ばれて僕は現実に戻った。
「うん」
僕は舞子とともに校門を出た。
二人して静かに歩く。まわりに生徒が何人もいるからだ。
僕には舞子に言えないことがたくさんある。そして舞子にも僕に言えないことがたくさんあるだろう。
おそらく舞子は裏に対して何か仕掛けて返り討ちにあったのだ。それが三月のこと。その後二週間以上不登校が続いて、復帰したときには十キロほどやせて髪もばっさり切っていた。
裏生徒会に歯向かうと粛清されるという都市伝説が裏サイトにはあった。
粛清が何を意味するのかわからない。突然退職した教師や突如退学した生徒が毎年何人かいる。彼らは粛清されたのだとネットでは囁かれていた。
どういう目にあったのか僕にもわからない。舞子が口を噤むくらいのことなのだ。聞き出すことは不可能だろう。
舞子に限らず新聞部の山縣さんだって裏生徒会のことはあまり口にしない。余程やばいと思っているのだろう。
同好会室の有象無象たちも裏という言葉に敏感に反応し、顔を見合わせて、触らぬ神に祟りなしの態度だ。
この学園は表と裏が微妙なバランスをとって平和を保っている。
やはり僕はモブだ。
僕はポケットの中にあるものを握りしめた。それは白のポーン。
僕がこれを誰かに見せることはないだろう。
これは僕だけの秘密だ。
この語りも僕だけが読み手だ。
そう――探偵助手は語らない。
時:火曜日放課後
場所:正門前
ここの登場人物
舞子実里 ミステリー研究会会員
芦屋憲勇 ミステリー研究会会員 僕 語り手
その他正門前にいたプリンセス前薗純香、プリンス渋谷恭平など




