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そしてまた月曜日 保健室

保健室には女神と魔女がいる

 何をしていようが月曜日はまたやって来る。今回の月曜日は何事もなく訪れた。


 朝は他愛もない日常だ。僕は舞子(まいこ)に遅れて正門に到着した。

 たくさんの生徒を迎えて立っている教職員、生徒会、美化風紀委員……。


 正門を通る際に名札を装着する。制服がきちんとしていて、頭髪など身なりも整っていて、余計な荷物を持ってさえいなければ通るのは簡単だ。


 ワンゲル部のもう卒業してしまった先輩はどのようにしてあのワインセラーを持ち込んだのだろう。

 きっと日曜日か何かであの大きな特製のリュックに隠し持って裏門から入ったのだろう。

 当時の守衛さんとは顔パスの仲だったのかもしれない。

 そんなことを考えながら僕は校内に入る。


 ああ――腰が痛いな。


 昨日ワンゲル部の先輩男子を追いかけ反撃にあい倒されたときに腰をいためたようだ。

 今さらのように腰が痛い。保健室に行って湿布でももらおうかな。


 腰痛というものはじっとしていると悪化するものらしい。朝起きた時が特に痛かった。寝ているときはほとんど動かないからな。

 起きだして体操したり、歩いたり動いて体がほぐれてくると少しマシになる。


 しかし授業中はずっと座ったままだ。だから腰の痛みも悪化する。

 僕は不自然に体を動かしてどうにかしようとしたがどうにもならなかった。身の置き所がないとはこのことか。


 二時限目と三時限目の間の長休みに僕はとうとう立ち上がった。不思議そうに見る舞子(まいこ)に向かって、

「保健室に行ってくる」

「月のもの?」

 違うわ!!!

「お大事にーーー」


 舞子には朝、家を出たときに腰痛の話をしていた。知っていてそういうことを言うのだ。


 そして保健室。今日の担当の札は「雨宮」「霜村」となっていた。

 ああ、だから舞子はついて来なかったのか。舞子のことだから冷やかしで僕について来ると思ったのだが、今日は立花(たちばな)先生がいないのだ。

 立花先生は口が悪いけれど舞子にとっては無様(ぶざま)な姿を見せることができる唯一信頼の対象なのだろう。


 僕を迎えてくれたのは雨宮(あめみや)先生だった。三十代半ばくらいかな。年齢不詳だ。

 遠くから見たら二十代前半にも見える。しかしこうして近くで見ると意外に肌を白く厚く塗っているし、化粧品の匂いも強い。


「どうしたの?」

 きょとんとしたような顔はやっぱり若いかな。


「あの……腰が痛いので湿布だけでも……」もらえませんか?

「こちらに必要事項を記入してね」

 手書きの受付カードを渡された。何だか時間がかかりそうだな。


「お名前は?」雨宮先生が訊く。

「高等部一年C組芦屋憲勇(あしやけんゆう)です」

「芦屋君ね」と言って端末操作を始めた。

 電子カルテに記載するのだろう。


 僕は保健室のリピーターである舞子の送迎で何度も保健室を訪れている。僕自身が保健室を利用することはないが、しっかり立花先生には認知されているし、雨宮先生にも会ったことがあるのに、雨宮先生は僕の名前を憶えていないようだった。

 それだけ僕がモブだということだ。


 僕は近くにあった丸テーブルに腰かけ、受付カードを記入し始めた。

 これはたぶん端末入力用のメモみたいなものなのだろう。A5サイズで紙質も悪い。入力したらシュレッダーにかけるのだろうな。

 僕はそれに名前と症状を書く。


「芦屋君、芦屋君……」

 雨宮先生が呟く声が聞こえる。

「あった! 芦屋憲勇君」

 探し出せたようだ。何だか微笑ましいな。


 僕は記入を続けながらふと目を向ける。

 そこにデスクが四つ向かい合わせるように島状にあって、その一つにもう一人の養護教諭が腰かけていた。

 ティーカップ片手に本を読んでいる。優雅だ。

 僕がここに来てから一歩も動かない。それどころか一言も発していない。

 休憩時間なのか? 業務を全て雨宮先生に任せている――そんな感じだ。


 この人が霜村(しもむら)先生。雨宮先生よりは少し若いだろうがやはり年齢不詳の顔をしていた。

 (まばた)きをしない猫目のクールビューティー。舞子(まいこ)が十年もしたらこんなふうになるのかな。


「書けたかしら?」

 雨宮先生が来たので僕は受付カードを手渡した。

 それを雨宮先生が端末のところに持っていき、入力を始める。


 あのう……僕は湿布が欲しいだけなのですが。休憩時間も押していますし。


 僕は端末に座る雨宮先生の後ろに立ち、足をゆすりながら何気なく横を見ると、こちらを振り返っていた霜村先生と目が合った。

 霜村先生の口角が上がった。

 不気味だ。まさに魔女の微笑。


 「保健室の女神」と(たた)えられる雨宮先生に対して、霜村先生は「保健室の魔女」と言われていた。


 霜村先生は僕への視線を流し目のように残しながらゆっくりと椅子を回転させて僕に背中を向けた。


「はい、それでは湿布ね」

 ようやく湿布が手に入る。

「ベッドの方へ行きましょう」

「自分で貼りますが」

「腰でしょう? 自分で貼るとしわになったりするわ。貼ってあげる」

「はあ」


 僕は奥のベッドへと誘導された。

 ベッドは一つだけ塞がっていた。あとの二つは空きだ。一番左のベッドに案内された。


「ここにうつぶせになって、お尻を出して」

「腰ですけれど」

「腰が全部出るくらいにね」


 僕は上着を脱ぎ、ベルトを緩めてベッドにうつぶせになり、雨宮先生はカーテンを閉めた。


 いや――立ったまま貼れるんじゃね?


 うつぶせのまま恐る恐る振り返ると、カーテンに閉ざされ陰った狭い空間に身をかがめる雨宮先生の肉欲感ある上半身が迫って来た。

 僕は前を向いた。


 僕の腰に雨宮先生の細い指が()う。

「ここ? ここ?」

 狙いをつけているのだろうが、雨宮先生の手指は冷たかった。

「そのあたりです」

 そして湿布はさらに冷たく、僕は悲鳴をあげそうになった。


 右端のベッドの方から(いびき)が聞こえた。


時:月曜日二時限目と三時限目の間の長休み

場所:高等部一年C組教室そして保健室


ここの登場人物

舞子実里まいこ みのり ミステリー研究会会員

芦屋憲勇あしや けんゆう ミステリー研究会会員 僕 語り手

雨宮春花あめみや はるか 保健室養護教諭

霜村繭しもむら まゆ 保健室養護教諭


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