日曜日 家庭科部
何気ないランチタイムもよく観れば人間模様が見えてくる。
「そろそろ移動しましょうか」
「ああ」
十一時前になっていた。まったりとボランティア部部室で過ごした気がする。
舞子と前薗さんが静かな時の流れを堪能していて、その優雅な様は――もしここに山縣さんがいたら百合の花が咲き乱れているとか言って写真におさめたかもしれない――そんな絵になる光景だった。
「参りましょう。家庭科実習室へ」
僕たちは移動した。
家庭科実習室では家庭科部がケーキを焼いていた。時間がかかる料理は平日の放課後ではできないらしく、土日にするそうだ。
スポンジケーキだけでなく、いつものクッキーも焼いていて、室内には甘い匂いが立ちこめていた。
そして家庭科部の女子に混じって中等部三年の樋笠大地もいた。
何だかいつもいるよな。
それは舞子もそう思っただろう。わずかに眉を顰め、そして諦めたような顔をした。
「ボスーーー」樋笠が舞子に手を振る。
「静かにしなさい!」
家庭科室は中等部女子がたくさんいて和気藹々の様子だったが、そこに異分子がいると目立つ。舞子はそれを落ち着ける必要があった。
「日曜日だというのに暇なのか?」舞子は樋笠には手厳しい。
「さっきまで明音と演劇部にいました」
「演劇部の練習だったか」
「はい――でも行き詰まったので気分転換に」
「気分転換するのが早くないか?」
「明音がケーキ作りも手伝っているのでときどき抜け出すのです」
浅倉明音さんがエプロン姿で動き回っていた。もはや家庭科部員だ。浅倉さんは助っ人団所属だからあちこちの部活を手伝う。
「浅倉が抜け出すのはわかるが樋笠は関係ないだろう」
「でも明音がいないと練習もできないので」こっちに来たらしい。
プリンセス前薗さんは離れたところで中等部女子に囲まれていた。
やはり凄い人気だ。人望の厚さがうかがえる。
前薗さんを歓待しているのは一年生女子三人組だった。賑やかな二人とおとなしい一人。すっかり前薗さんに懐いている。
僕はそれを微笑ましく見た。
やはり――前薗さんは凄い。
「何? プリンセスが気になるの?」
舞子が僕に擦り寄る。樋笠が先輩女子のところに向かい、人目が放れたわずかな瞬間だった。
「ダメよ、プリンセスは学園の華なのだから、そんなエッチな目で見たりしては」
――してないし。僕はただ前薗さんの鮮やかな手腕に感動しただけだ。
「こんなピチピチの可愛い子がそばにいるのにーん」
だからやめろ! ふざけるのは。
舞子はほんとうに可笑しそうに笑っていた。
浅倉さんがやって来た。
「時間ありますよね?」舞子に訊く。
「ごちそうになるよ」
「デザートは三時かもしれませんよ」
ケーキではなくランチタイムの話だった。ずっと学校にいることになるのか。
「炊き込み御飯と豚汁になります。あとは浅漬け」
「米も炊いていたのか?」
甘い匂いが強くてわからなかった。
「同時進行でいろいろ作る練習です」
「浅倉なら訳ないのだろうな。家庭科部より腕が立つ」
「お褒めにあずかり恐縮です」
浅倉さんは爽やかに笑った。眩しすぎる。プリンセスとはまた違う輝きだ。舞子の配下はほんとうに人材が揃っている。
「泉月と恭平も呼んでいるので間もなく来るでしょう」
東矢さんと渋谷くんが来るのなら松前さんもだな。そう思っていたら松前さんが東矢さんと渋谷くんを引き連れてやって来た。
「火の元は大丈夫かしら? 火事を起こさないようにくれぐれも」
いきなり松前さんは家庭科部の高等部女子に言っていた。
言われた女子は苦笑している。まるで監査だな。
「ごちそうになります。材料費として千円で良いかしら?」
お金払うの?
「――これは生徒会費ではなく個人の支払いよ。誰にも文句を言わせない。そして家庭科部は正当な報酬として手にするべき」
硬いな。
「え? オレっちも?」
樋笠が困惑している。
「嫌なら払わなくて良いよ――エサ代」
浅倉さんが高らかに笑い、樋笠は財布を取り出した。
「ごめんなさいね」と申し訳なさそうに言うのは前薗さんだ。「生徒会が来られたから」食費が上がったという意味らしい。
本来なら五百円程度ですんだと舞子に聞かされた。
渋谷くんの登場で中等部女子が沸き立つ。
そしてプリンスとプリンセスの席を用意した。二人が並ぶと絵になるのだ。学校案内パンフレットの構図だ。
僕と舞子はペアにされて別のテーブルについた。
僕の位置からは家庭科室内の様子がよくわかる。
プリンスとプリンセスが並んで腰掛けているところはほんとうにひときわ目立った。そこだけスポットライトが当たっていると錯覚する女子もいたかもしれない。
プリンス渋谷くんのところに浅倉さんと中等部女子がお椀や皿を並べていく。
給仕のスタイルも様になっている。これもまた日々練習しているのか。
渋谷くんと前薗さんの向かい側に東矢さんと松前さんが腰掛けた。家庭科実習室の大きなテーブルだから向かい側と言っても少し距離がある。
僕と舞子がいるテーブルには樋笠もいた。
「あちらは学園の顔席だな」
舞子が揶揄するように言う。
「恭平ハーレムですよ」
樋笠はムスッとした顔をした。彼も妬むことがあるようだ。
確かに渋谷くんと前薗さんはお似合いだ。
しかし――ベクトルは錯綜する。
渋谷くんに給仕しながら話しかける浅倉さんの顔が紅潮している。こんな顔をすることがあるのか――というくらいに。
そして渋谷くんが慈しむように目を向けるのは対面の東矢さんだ。
東矢さんがどのような顔をしているか背中を向けているのでわからない。
僕は前薗さんと目が合った。
前薗さんが意味ありげにわずかな微笑を見せた。
「人間観察をしているの?」隣から舞子の声が耳に入る。「人の心は窺い知れないね」
たしかに――そうだな。
時:二度目の米ばらまきがあった日の二日後――日曜日昼
場所:家庭科実習室
ここの登場人物
舞子実里 ミステリー研究会会員
芦屋憲勇 ミステリー研究会会員 僕 語り手
松前理世 生徒会書記 高等部二年生
前園純香 中等部三年生 ボランティア部部長 御堂藤のプリンセス
渋谷恭平 中等部三年生 中等部生徒会副会長 御堂藤のプリンス
東矢泉月 中等部三年生 中等部生徒会長
樋笠大地 中等部三年生 舞子の配下 演劇部部員
浅倉明音 中等部三年生 舞子の配下
その他家庭科部部員女子たち




