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米の起源

世の中にはうんちくを語りたがる者がいる。付き合わされる者にとっては、たまったものではない。

「まあうるち(・・・)米ともち(・・)米の比率調査については、それはそれで行ってもらうことにしよう」


 結局明石(あかし)会長は無駄なことだとは決めつけなかった。

 不確かではあっても一つ一つの証左を大事にしたいのだろう――と僕は思うことにした。


「ところで――」と明石会長はニヤついた。「米がばら撒かれた意味についてもう少し深掘りしてみよう」

「何かのメッセージ、見立てについての検討ね?」山縣(やまがた)さんが訊く。これは同調の態度だ。


「だから異なる米が混ざっていたのだからグローバリズムとナショナリズムの……」という声を抑えて明石会長は発言した。

「なぜ(こめ)だったのだろう」

「は?」

「麦や蕎麦殻でもない。白い粒や粉なら小麦や――はたまた体育倉庫に置いてある石灰でもよかったはずだ。それがなぜか(こめ)


 そんなのは「犯人」に聞いて欲しい。僕は「知るかよ」と呟きそうになるのを抑えた。


 舞子実里(まいこみのり)は無表情で黙ったままだ。

 熟考しているのか、呆れているのか、はたまた今晩の夕食のおかずは何なのかと考えているのか――僕にはわからない。


「米――と聞いて何を連想する?」

「ご飯」「食糧」「コシヒカリ」「あきたこまち」「ひとめぼれ」「ゆめぴりか」連想ゲームは銘柄合戦になっていった。


「さすがに銘柄までは見ただけじゃわからないわね」と山縣(やまがた)さん。


「米の起源とは?」

「日本の米作の起源は――」ここでまた食糧自給の同好会から声が上がる。「時期は弥生時代説、縄文時代説があり中国大陸からいくつかのルートを経て伝わったとされている。現在の定説は縄文時代説。そしていわゆるジャポニカ米の起源は長江流域とされ、雲南省あたりのものがいくつかのルートを通って日本に伝わったとされる。現在朝鮮半島経由説が定説だが、中国江南地方からの直接ルート、台湾経由ルートなどがある。柳田國男の長江から南西諸島経由説もあるけれどな」


「日本の神話によると――」神話を出すヤツもいた。「天照大神が孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)に稲穂を授けた――とかいうのもあるな」


 その神話に明石会長は目を輝かせた。


「古事記には――天上界の神々がオオゲツヒメという女神に食物を所望した時、その女神は自分の鼻と口と尻から、様々な美味なものを取り出し、それを調理し盛りつけて神々に差し上げた。その様子を見ていたスサノオは、汚い方法で料理を出す女神だと思ってその女神を殺す。殺された女神の頭から蚕が、目から稲が、耳から粟が、鼻から小豆が、陰部から麦が、尻から大豆が生じた」


「日本書紀にも似た話が合って――アマテラスが派遣したツクヨミがウケモチという女神を殺す。するとその体から穀物が生み出された。女神殺しに激怒したアマテラスはツクヨミとはもう同じ天空には居たくないと言って、これが太陽と月が交互に出現することの起源日月分離の起源だという話もあるな」


「殺された女神の体から食物が生じるという話は、インドネシア、メラネシア、ポリネシアからアメリカ大陸にかけての広い地域にあるんだな。そのほとんどがイモだ。ドイツの民族学者イェンゼンはそれらの神話を、インドネシアのセラム島の神話の主人公の名にちなんで、「ハイヌウェレ型」と名付けた。それが日本の神話では米やその他の穀類、蚕の話になっている。面白いな」


「ところで――」と明石会長はニヤリと笑みを浮かべた。「大学の教養の試験で、こういう問題が出たらどう答える?」


 明石会長はわざわざ端末の一つに「米の起源について述べよ」と打ち込んだ。


「それは通常稲作についての問題だろうから――」と中国大陸からの渡来説の時期およびそのルートをまとめた答えが返ってきた。


「それが物理の問題だったとしたら?」

「「「は?」」」

「物理なの?」山縣さんが聞き返す。


 もちろんそれはただの合いの手みたいなものだ。山縣さんはいつも明石会長の意図を読んでいてさも知らんかのような(てい)で訊くのだ。まさに絶妙のコンビネーション。


「メートルかよ! いつの時代だ――それ?」

「『米』を『メートル』と読ませるなんて昭和じゃね?」


「日本が尺貫法をやめてメートル法を正式に採用したのは第二次大戦後だが、メートル法は明治の時代に入ってきた。中央気象台――今の気象庁にあたるのかな――で使われるようになった。その際、『メートル』に『米』の字があてられた。ついでに『センチメートル』に『糎』、『ミリメートル』に『粍』、『キロメートル』に『粁』の字があてられた。百分の一を示す『厘』、千分の一を示す『毛』、千倍を示す『千』と『米』を組み合わせた字だ。漢字検定なら準1級の範囲かな」


「難しい字だなあ」

「いや――野球観ているヤツなら簡単だよ。3割1分3厘4毛なんて言い方するし」

「野球の『分』『厘』『毛』は一桁ずれてるだろ。1厘が千分の一になってるぞ」


「ちなみにデシメートルは『粉』と書いた」明石会長が次々と字を打ち込む。「メートルははじめは『米突』と字をあてたようだ」

「突然――米――かよ」

「唐突に米――だな」

「そう、突然(こめ)。まさにこの状況を指していないか?」


「つまり米がばら撒かれたのはメートルの見立てだと?」山縣さんが訊く。

「――の可能性もあると言うことだな。もし小麦粉みたいな粉物だったらデシメートルのことだったかもしれない」


 なかなか興味深い話ではあるがそういうのを言い出したらきりがない。

 とかくミステリーは唐突に見立てが解決されるがそれらは十分条件であって必要条件ではない。そういう解釈もあるな――という程度だ。

 明石会長はそれをわかっていて楽しんでいる。


時:米がばらまかれた日の翌日昼休み

場所:同好会室


ここの登場人物

明石透あかし とおる ミステリー研究会会長

山縣杏菜やまがた あんな 新聞部部員・ミステリー研究会会員

舞子実里まいこ みのり ミステリー研究会会員 セリフなし

芦屋憲勇あしや けんゆう ミステリー研究会会員 僕 語り手


その他有象無象の野次馬たち


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