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第三話:餃子維新と乙女の秘密、あるいは赤坂ナイトの戸惑い

「はぁ……やっぱり慣れないな、この圧迫感は」


俺、山田太郎は、今日も今日とて満員電車という名の鉄の箱の中で、人間サンドイッチの一部と化していた。アメリカ・シカゴの広大な大地を思い浮かべながら、この通勤ラッシュを「禅の修行」とでも思うしかないのか、と自問自答する日々だ。


株式会社『ジャパ通』での生活も、少しずつだが変化の兆しが見えてきた。前回のとんかつ記事は、特に欧米からの観光客にウケたらしく、編集長の機嫌も上々だ。「山田くんの書く記事は、外国人の琴線に触れる何かがあるんだよなぁ」なんて、嬉しい言葉もかけてもらった。


そんなある日の朝、編集部にフレッシュな風が吹いた。


「今日から編集部に配属になりました、高橋さやかです。皆さんと一緒に、日本の魅力を発信していけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします!」


ハキハキとした声と共に現れたのは、小柄ながらも快活な印象の女性社員だった。大きな瞳がキラキラと輝いていて、思わず前世のガールフレンドを思い出してしまったのは、ここだけの秘密だ。俺の隣の空いていた席に彼女が座ることになり、なんだか妙に緊張してしまう。


「さて、次の特集だけど、そろそろ新しい風を入れたいね」


編集会議で、編集長が腕を組んだ。ラーメン、とんかつと来て、次はどうしたものか。皆がうーんと唸っていると、鈴木先輩がポンと手を打った。


「たまには中華なんてどうでしょう?日本の中華料理も、本場とはまた違った進化を遂げていて面白いですよ。例えば、餃子とか!」


「餃子か、いいですね!」真っ先に反応したのは、高橋さんだった。

「私、餃子大好きなんです!赤坂に、酢と胡椒で食べるちょっと変わった餃子の美味しいお店があるんですよ。一度食べたら病みつきになるって評判で」


「酢と胡椒で食べる餃子?」俺も編集長も、思わず顔を見合わせた。醤油とラー油が定番だと思っていたが、そんな食べ方があったとは。


「へぇ、それは面白そうだ。よし、山田くん、今回は高橋さんと一緒にその赤坂のお店を取材してきてくれないか?新しいコンビで、どんな記事が出来上がるか楽しみだよ」


編集長からの鶴の一声で、俺と高橋さんの初共同取材が決定した。正直、少しドキドキする。


夕方、俺たちは連れ立って赤坂へと向かった。華やかなネオンがきらめく赤坂の街並みを歩きながら、高橋さんとぎこちない会話を交わす。


「山田さんって、なんか外国人みたいですよね?」


「えっそうかな!いきなりどうしたの?…」前世のことは、さすがにカミングアウトできない。


高橋さんが教えてくれた店は、路地裏にひっそりと佇む『赤坂珉珉みんみん』。創業は古いらしく、いかにも町中華といった風情がたまらない。


「ここが、酢胡椒で食べる餃子の発祥のお店だって言われているんですよ」と高橋さん。


店内は仕事帰りのサラリーマンやOLで賑わっていた。俺たちはカウンター席に案内され、早速名物の焼き餃子を注文した。


目の前に置かれたのは、こんがりと焼き目のついた、見るからに美味しそうな餃子だ。そして、高橋さんが慣れた手つきで小皿に酢を注ぎ、そこに

半信半疑で、俺もその「酢胡椒ダレ」に餃子を浸して口に運んだ。


「!!!」


なんだこれは!香ばしい皮の中から溢れ出すジューシーな肉汁と野菜の甘み。そして、それをキリッと引き締める酢の酸味と、ピリリと刺激的な胡椒の風味。醤油とラー油で食べる餃子とは全く違う、爽やかで後を引く味わいだ。これは…革命的だ!


「美味しいでしょう?」高橋さんが得意げに微笑む。


「ああ、驚いたよ。こんな食べ方があったなんて。にんにくも結構効いているのに、さっぱり食べられるね」


俺がそう言うと、高橋さんは少し顔を曇らせ、バッグから小さなケースを取り出した。


「そうなんです。でも、この後がちょっと…」そう言って、彼女はケースからミント系のタブレットを取り出して口に入れた。


「女性は、にんにくを食べた後の口臭、すごく気にするんですよ。ブレスケア用品は必須アイテムです」


「へえ、そうなのか。海外だと、そこまで気にする人は少ないかもしれないな。美味しければOK!みたいなところがあるから」


「文化の違いですね。日本では、相手に不快な思いをさせないようにっていう配慮が強いのかもしれません」


なるほど、これもまた日本ならではの文化か。食の楽しみ方だけでなく、その後のエチケットまで考えるとは。奥が深い。


俺たちはその後も、水餃子や他の料理も堪能し、店主に酢胡椒の餃子が生まれた経緯などを聞いた。常連客らしい男性が、「ここの餃子は、いくらでも食べられちまうんだよな!」と豪快に笑っているのを見て、この店が長年愛されている理由が分かった気がした。


会社に戻り、高橋さんと二人で記事の執筆に取り掛かった。彼女は的確な言葉で餃子の魅力を表現し、俺は外国人としての驚きや発見を盛り込む。二人での作業は思った以上にスムーズで、時折交わす笑顔に、俺の心臓は少しだけ踊った。


タイトルは「餃子維新!元祖・酢胡椒が織りなす赤坂の奇跡の一皿」。


記事では、赤坂珉珉の餃子の革新的な味わいはもちろんのこと、日本の女性のきめ細やかなエチケット意識にも触れ、外国人観光客に向けて「にんにく料理を楽しんだ後は、ブレスケアも忘れずに!」という一文も加えた。


「山田くん、高橋さん、この餃子の記事、すごくいいね!特に酢胡椒っていう新しい視点と、高橋さんの女性ならではの気づきが活きてるよ」編集長も満足そうだ。


鈴木先輩も「いやー、珉珉の餃子、食べたくなっちゃったなぁ。高橋さん、いい店知ってるね!」とニコニコしている。


高橋さんは「山田さんが、外国人としての素直な感想を書いてくださったおかげです」と謙遜するが、彼女の的確なアシストがなければ、この記事は生まれなかっただろう。


日本のサラリーマン生活は、相変わらず息苦しい満員電車との戦いで始まる。でも、美味しいものとの出会い、そして新しい同僚とのささやかな交流が、この無機質な日々に少しずつ彩りを与えてくれているような気がする。


「高橋さん、また美味しいお店、教えてくれるかい?」


「はい、もちろんです!」


彼女の笑顔に、俺は少しだけ、この第二の人生も悪くないかもしれない、と思い始めていた。


今週の孤独じゃないグルメの店

* 赤坂あかさか 珉珉みんみん

* 特徴:酢と胡椒で食べる「元祖焼餃子」が名物。1965年創業の老舗中華料理店。多くのファンに愛され続ける、シンプルながらも奥深い味わいの餃子が楽しめる。


今週のサラリーマン山田の豆知識


* 餃子のタレのバリエーションと口臭ケア:

* 餃子のタレ:日本では一般的に醤油、酢、ラー油を混ぜたものが主流だが、今回紹介した「酢+胡椒」の他にも、味噌ダレ(神戸など)、柚子胡椒、ポン酢など、地域や店によって様々なバリエーションがある。


* にんにくの口臭ケア:日本では、にんにく料理を食べた後の口臭を気にする人が多く、食後にミント系タブレットやガム、液体タイプのブレスケア用品を利用するのが一般的。牛乳を飲む、リンゴを食べるなども効果的と言われている。これも日本の「おもてなし」や「他者への配慮」の文化の一つと言えるかもしれない。


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