第四話:サンボの誘惑とそれぞれの午後、そして募る想い
「ふぅ……今日も一段と疲れたな」
終業のチャイムが鳴り響くのとほぼ同時に、俺は背伸びをした。
今日の午後は、先日取材した店の記事の最終チェックに追われて、気がつけばもうこんな時間だ。
高橋さんとの共同作業は、意外なほどスムーズに進んだ。彼女の細やかな視点と、俺のちょっとズレた外国人目線が、良い具合に化学反応を起こしたのかもしれない。
編集部を出ると、喧騒が俺を包み込む。ネオンサインがギラギラと輝き、行き交う人々はどこか足早だ。こんな時、ふとシカゴの広々とした夜空を思い出す。あの星空の下では、時間の流れももっと緩やかだったような気がする。
今日の夕食はどうしようか。
一人暮らしの侘しさを紛らわすには、やはりガッツリとしたものが食べたい。そんなことを考えながら歩いていると、ふと目に飛び込んできたのは、黄色い看板に黒文字で力強く「サンボ」と書かれた牛丼屋だった。
確か、高橋さんが以前「東京にはチェーン店以外にも美味しい牛丼屋さんがたくさんあるんですよ。サンボっていうお店は、特に有名でいつも賑わっています」と言っていたのを思い出した。
吸い寄せられるように店内へ足を踏み入れると、カウンター席のみの狭い空間は、客でぎっしり埋まっていた。威勢のいい店員の「いらっしゃいませ!」の声が、活気を添えている。メニュー券売機で購入するようだ。シンプルに牛丼のみ。並、中盛、大盛と、あとは生卵や味噌汁といったサイドメニューがあるだけだ。潔い。
食券を渡し、「並で!」
カウンターに座り、そう告げると、店員は手際よく丼にご飯を盛り付け、甘辛く煮込まれた牛肉をたっぷりと乗せていく。湯気が立ち上り、食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。
目の前に置かれた牛丼は、まさに王者の風格を漂わせていた。つやつやと光る牛肉、染み込んだタレの色、そして白いご飯とのコントラスト。シンプルながらも、力強い存在感がある。
まずは一口。甘辛いタレが牛肉とご飯に絶妙に絡み合い、口の中に広がる。牛肉の旨味と、玉ねぎの甘さが後を引く。紅生姜のピリッとした辛さが、良いアクセントになっている。
「うまい……!」
思わず声に出してしまった。満員電車での疲れも、仕事の疲れも、この一杯で吹き飛ぶような気がする。一心不乱に牛丼をかき込む。日本のB級グルメ、恐るべし。
隣の席では、スーツ姿のサラリーマンが黙々と丼をかき込んでいる。向かいの席のOLらしき女性は、紅生姜を山のように乗せて、美味しそうに頬張っている。皆、それぞれの午後の疲れを、この一杯の牛丼で癒しているのだろうか。
ふと、高橋さんのことを思い出した。彼女も、仕事帰りによくこういうお店に立ち寄るのだろうか。あの明るい笑顔の裏には、きっと色々な頑張りや苦労があるはずだ。
餃子の取材で少し打ち解けたとはいえ、まだ彼女のことをよく知らない。でも、一緒に仕事をしているうちに、その真面目さや明るさ、そして時折見せる繊細さに、少しずつ惹かれている自分がいることに気づいた。
「ごちそうさまでした!」
丼を空にし、店を出る。東京の夜は、まだ始まったばかりだ。行き交う人々の中に、高橋さんの姿を探してしまう自分がいる。
別に、何か特別な目的があるわけじゃない。ただ、偶然どこかで会えたら、今日の牛丼の感想でも話してみたいと思っただけだ。
夜風が少し冷たい。俺は一人、東京の街をゆっくりと歩き出した。明日はまた、新しい一日が始まる。満員電車に揺られ、オフィスでキーボードを叩く日々。でも、もしかしたら、その日常の中に、ささやかな楽しみや、予期せぬ出会いが待っているのかもしれない。
サンボの牛丼の温かさが、まだ胸に残っている。そして、高橋さんの笑顔が、ふと心に浮かんだ。この街での生活も、少しずつ、色づき始めているのかもしれない。
今週の孤独じゃないグルメの店
* 牛丼専門 サンボ
* 特徴:創業から変わらない、こだわりの牛肉と秘伝のタレで仕上げた牛丼のみを提供する硬派な店。並盛でもボリュームがあり、多くのファンを抱える赤坂の名店。シンプルながらも中毒性のある味わいが魅力。
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今週のサラリーマン山田の豆知識
* 日本の牛丼文化:
* 牛丼は、明治時代に生まれたと言われる日本の代表的なファストフード。手軽な価格で、短時間で満腹になれるため、忙しいサラリーマンや学生を中心に広く親しまれている。
* 牛肉と玉ねぎを甘辛い醤油ベースのタレで煮込み、ご飯に乗せたシンプルな料理だが、店ごとにタレの味や牛肉の質、調理法にこだわりがあり、様々なバリエーションが存在する。
* 紅生姜や七味唐辛子、生卵などを添えて食べるのが一般的で、好みに合わせて味を変えられるのも魅力の一つ。近年では、健康志向の高まりから、ヘルシーな食材を使った牛丼や、高級な牛肉を使った高価格帯の牛丼も登場している。




