39鬼ごっこ
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「華内さん!ちゃんとやってくれましたか?」
「うん、勿論。ほら、見てみてよあれ」
華内が指差す先には憔悴しきった伊万里の姿があった。机の上には数々の書類が積み上げられ、今もなおパソコンと向き合い仕事をしている。
「ねっ」
「結局伊万里さんに押し付けてるじゃないですか!任された仕事ぐらい自分でやって下さいよ」
「いやいや、今回の事は伊万里くんに任せるのがいいんだって。いや、ホントに。冷たい目でみないで!」
今回僕が華内に頼んだのは二つだ。今回の事件の犯人全員の刑期を短くすることそしてもう一つが…
「ちゃんと最高級のツアーは取れたから」
これだ。
後々聞いた話しによると主犯の男、田沼は残り少ない天寿せいで会社をクビになり、再就職にも苦戦をしていた。そして某ツアー会社に最後の希望を求め、面接をしたそうだ。しかし、仕事を得ることは出来ずこう言われたそうだ。
あくまで天寿の短い人にサービスをするのはビジネスの話。これと就職とは関係ないよ。金にならないのならわざわざ死に行く人にサービスなんてしないよ。だそうだ。
たしかに間違ったことは言っていない。ビジネスとして割りきらなくてはいけないことなのだが、同じような立場の者からしてみればその言葉を選んだ人を許すことなどできない。
サービスする相手に対しての発言にしてはあまりにも情が無さすぎる。あくまで相手は金を運ぶ鳥で客とは思われていない。
と言うことで今回の犯人たちの証言を元にそのツアー会社に脅しをかけたのだ。その成果が最高級ツアーと言うわけだ。
「自慢気ですけどやってくれたのは伊万里さんですよね」
「うん、本当は別の宿泊施設を無期限でフリーパスにするって話しもしたかったらしいけど相手が泣きそうだったから止めたって」
「そう言うところは伊万里さんらしいですね」
やっぱりイケメン。脅しにおいてもしっかりと空気を読む。この程度で社会のシステムが変化はしないだろが少なくともあの場にいた人間たちは救われただろう。不安な所もあるのだが捕まった人達にはちゃんと前を向いたリーダーがいる。あとは彼に任せれば大丈夫なはずだ。
「そう言えば今日から試験へ向けての訓練始めるからね」
燈香が感慨に浸っているのにもかかわらず、この華内と言う男は何時なんどきであろうと空気を読まない。
「伊万里さんがあんな状態なのにいいんですか?今日ぐらい休みでも…」
「時間は有限だよ。それに僕たちには立ち止まっている時間なんて無い。そうじゃないかい?」
白い指を交互に倒すように手を組み、いつものように華内は真剣な面持ちになった。この人の見透かしたような言動は時折悪寒を走らせる。
「分かりました。でも今は伊万里さんを休ませてあげてください」
「大丈夫だよ。もともと順番で訓練するつもりだったから。あの修練場はいかんせん六人で暴れまわるには狭すぎるしね」
そう言うと華内は立ち上がり部屋を出た。その後に僕は自然と着いていった。
修練場…。たった三日立ち入らなかっただけなのに懐かしく感じるな。特に代わり映えもしないのに何でだろう。いや、変わってはいるのか。この間までは新木で今は華内だ。これはもう著しい劣化だ。
僕が期待はずれのような顔をしていると華内は振り返った。
「どうしたの?気が抜けた顔しているよ?」
「いや、落ちたものだなって」
「嫌だな。その言い回しだと僕が闇落ちしたみたいじゃないか。いや、そんなことより、怪我の具合はどうかな?」
「見るに耐えないほどの火傷が綺麗に治ってますよ。痛みの一つも無いです」
昨日、かなり無茶をしたせいでそれなりの重症をおった。伊万里の色紙と天城の石のおかげでたった一日で完治している。聞いた話によれば、処置が遅れていたらひどい傷跡が残っていたそうだ。この時伊万里が居てくれて良かったと本気で思った。
「そうかい。良かったよ。正直なところ今回も君の異常なほどに過剰なお人好しのせいだからいっときは痛い目をみててほしいとも思ったんだけど、修行に差し支えるのもなんだからね」
「ただのお人好しに代償が重すぎますよ!それに今回は覚悟をしてやりました。治らないのであれば仕方ない位には割りきっていました」
「そこがさらに問題なんだよね。そしてその事に気付けていない頭は更にね」
またえらく馬鹿にされた。頭が良くないことは周りの評価の通りではあるが昨日の行いに間違いはないと思っている。
「もう、その言い回し聞きあきましたよ。それより修行って何をするんですか?」
これ以上話を続けて互いに精神を削るのは嫌だったので、速やかに本題に入る。
「鬼ごっこ」
鬼ごっこ?何で?
そんな疑問を他所に華内は準備運動を始める。
こんな障害物の少ない場所でやる遊びじゃ無いはずだけど。それに人数ももっと多い。
「ん?どうしたの燈香くん?もしかして鬼ごっこやったことない?」
「いえ、一応小さいとき、純さんと艷野と三人でやっていましたよ。でもシチュエーションが違いました」
「まあ、あくまで鬼ごっこって言うのは分かりやすくするためだよ。実際は燈香の能力発動の条件を満たすためのトレーニングってところだね」
成る程。つまりは相手に触れる練習なのか。だから鬼ごっこ。確かに相手が逃げ回ったり、俊敏だった時にはこの練習は役に立つ。
それが天城の試験でどのくらい役に立つのかは謎だが。そんな疑問を頭から振り払い、気を引き締める。
「分かりました。つまりは習うより慣れろってことですね」
「まあ、そんなとこだよ。ほら、最初は僕が鬼やるから。ちなみに武器の使用はオッケーだから。その為に白銀刀を持ってきてもらったんだから」
僕が剣を抜くとすぐに鬼ごっこが始まった。このとき燈香は日頃の恨みを込めて本気で逃げようと思っていた。しかし、始まりと共にその思惑は瓦解した。
一瞬だった。正直速いとかそんなものでは無かった。…無かったと思う。一瞬で左側に沈込み躓いて前のめりになるような動きで横を通りすぎた。その瞬間だ。脇腹を撫でるようにタッチをされた。
「なっ」
「はい、鬼交代。駄目だよ油断しちゃ」
切り替えろ。切り替えるんだ。今のは始まった瞬間の隙を突かれただけだ。まだあの動きなら付いていける。
僕は両手で白銀刀を強く握り、華内目指して次々と振り下ろす。だがその全てを足も動かさずに回避する。
何で!華内は非戦闘員じゃないのか!?明らかに動きが初心者のそれじゃない。
燈香はここで体の中心目掛けて縦切りを繰り出す。動かないつもりならこの攻撃は避けられない。完全に舐められた燈香は一泡吹かせようと最速で振り下ろした。
「嘘だ」
渾身の一振りが宙で止まった。切っ先はピクリともしない。その原因は一つだ。華内が左手の人差し指と親指で刀身を掴んでいたのだ。それも物凄い力でだ。
引き抜こうと力を込めるがびくともしない。なので燈香は逆に強く押し込んだ。しかしこの判断はミスだった。押し込んだ剣と同じ方向に華内は引っ張り、体勢を崩した燈香の左肩の付け根に右手を押し付けた。
するとすぐに燈香の視界は一周し、激しい衝撃の後、チリチリと目の前に星を浮かべながら天井を見ていた。
その燈香の肩を華内は軽く叩いたのだった。
「一回触っちゃったけどこれでまた燈香くんの鬼だね」
どうやら華内は触れたら鬼が変わるルールでやっていたようだ。それは例え逃げる側が触れた場合でもだ。
どうやら僕はよっぽど馬鹿にされてるようだ。
「ああぁぁぁ!」
燈香は天に吠え立ち上がり、怒り任せに華内に向かっていったがその日鬼が変わることは無かった。
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