38 瞳の中に映る価値
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(皆さん安心してください管理人室は取り返しました。それと中央広場の16人、それと徘徊している残りの12人の犯人たちは私たちが捕まえます)
水路と小さな池のある中央広場に一人の少女の強気な声が響いた。作戦通り結菜がアナウンスを始めたのだ。
その声はたった一人の可愛らしい中学生のものとは感じられないほどはっきりと犯人確保を宣言した。
鈴木が言っていたように管理人室を取ることはこの戦いで最も重要なポイントだった。監視カメラで動向を探り、そしてアナウンスで揺さぶる。まあ、それでもその二つだけなら京香の能力で位置を把握し、適当に上の階から説得をすればいいとも言える。
だが最も重要なのはこれからだ。
先に説明すると結菜が能力を使った奇襲ではなくアナウンスに回ったのにはそれなりの理由がある。
結菜は単騎に対しては強いが大人数相手には不利だ。そのため結菜がアナウンス担当で、比較的制圧力の高い僕と京香が広場の近くに待機しているのだ。
と言っても消去法でアナウンスに選んだと言うわけでもない。先ほど言ったようにこの作戦においてはアナウンスはこの場にいる僕や京香よりも重要な役目だ。
「おい!なんのつもりだ!この人質がいる状況で無駄な足掻きをしやがって。それともこいつら全員殺されてもてめえらはいいってことかぁ!?」
こいつが主犯か。中肉中背一般的な男性だ。口調は強気だが外面と表情との差異が窺える。
(皆さんに一つだけお願いがあります。助けるにあたって重要なことです。固く目を瞑って、出来れば耳も塞いでください。これは私たちが今からやることに必要な下準備です。だからお願いします。私たちの助けに力を貸してください!)
結菜は男の脅しにも屈することなく熱い演説をした。これが彼女にしかできない重要な役割だ。
結菜は人を動かす力を持っている。僕はその事を天岩戸に入って強く実感した。正論で横殴りにするのではく彼女が本心で激しく声を上げるからこそ伝わる思い。それに何度も救われたことは言うまでもないだろう。
とは言え彼女のその言葉は一人の中学生によるただの言葉。この場の全員を動かすにはほんの少し力不足だった。大多数は動揺し、周りの表情を窺う。集団心理というやつだろう。
失敗か…。そんなとき噴水を囲むように集められた人の集団から声が上がった。
「僕たちが!僕たちが人質になってるからお姉ちゃんたちは動けないでいるんだ。だから僕らはお姉ちゃんたちの言う通りにしよう。みんな一つになって事を起こそう!僕はお姉ちゃんを信じるよ」
その言葉に、自分達と同じ立場にいる子供の言葉に民衆は大きく揺れ動いていた。動きとしては小さなものだ耳を塞ぎ目を閉じる。それだけだ。だか確かに何かが大きく動く光景を僕は目の当たりにした。
「葛籠くん…」
「はぁ、はぁ。かわいい!お姉ちゃんだって!あれ私も入ってるのかな!ねぇ、どう思う?」
ここにも全く違う方向へ迷走した京香がいた。出来ればこの人は依然として何も動かないで欲しかった。
「私のツボにダイレクトに嵌まった!後で監視カメラのデータから音声だけ引き抜いとこ」
「やめましょう。それにこれから起こることは犯人の妄言になる予定です。勿論監視カメラのデータも一片残らず消し去ります」
「えー。けち」
「そんなことより、始まりますよ」
次の瞬間中央の噴水が吹き上げた。これは時間毎に吹き出す仕組みになっている。リズムよく小刻みに吹き出す噴水に今は誰も目を向けない。犯人側も周囲の通路や店内に目を向けている。
(ありがとう、みんな。それじゃあ。始めるわよ。私の楽しみをことごとく奪った奴らに目に物見せてやって!)
後半にかけてかなり強い恨みを乗せた結菜の言葉に広場の緊張感が高まる。周囲を警戒する敵の視野はどんどん狭くなる。無意識に僕たちが現れそうな場所に目星を付けて注視してしまうのだ。
だが僕たちの攻撃は一歩先を行く。さっき鈴木に見せられた攻撃の仕方の応用。と言っても<二人>は僕らからのコンタクトなしで動いているんだけど。
それは普通なら不可能な攻撃だ。ただ生憎僕たち全員、性格も含め普通な奴は誰一人いない!
燈香と京香が見ていた先に影が映る。その影はベージュの薄いカーディガンをひらつかせる。その影…伊万里は地面へ、噴水へ向かって落下していた。
ちょうど二階へさしかかった時、伊万里は何処からともなく白い無地の札を手にしていた。それもかなりの数だ。そして手に持った札を体を回転させなが全方位に向けて投げた。
僕たちは事前に京香から陽と伊万里の二人が三階から様子を伺っていると聞いていた。そして推測混じりに説明された話の中にこの光景にまつわる話もした。
生産型、色紙。名前の由来は陰陽師から来ているらしい。式神…漢字を変えて色紙だそうだ。能力は紙の色によってそれぞれ異なる。そして今投げた白紙。白の能力は礫だ。ただの紙が硬い礫へと変化する。白い礫へと。
その礫は風を切り、唸りを上げて主犯と思われる男を除いた全員後頭部を撃ち抜いた。この場合での撃ち抜いたは、貫通させたではなく、狙いをいたという意味なので悪しからず。
我が天岩戸きってのイケメン常識人がここで本気で撃ち抜いて民間人の目の前に犯人の脳髄を晒すなんてことは絶対にあり得ない。
華麗に撃ち抜かれた十五人は顔から地面へ引っ張られるように倒れた。それもほぼ同時に美しく。
唯一、たった一人だけ主犯と思われる男のみが体を屈め攻撃をかわした。どうやら口先だけではなく、実力もそれなりには兼ね備えているようだ。
そして仕事を終え、鮮やかに宙を舞う伊万里の足元に大きな水の玉が生成された。それ目掛け、伊万里は足から着水し噴水よりも高い水飛沫を上げた。
京香の話では、僕と鈴木が服屋で一悶着していたときには、既に陽と伊万里は人質のいる一階ではなく三階を目指していたそうだ。その事から上からの攻撃はほぼ確定していたのだが、まさか飛び降りるとは…過去のトラウマがよみがえる。
あと一人!僕たち二人は連携と保険のために一階に隠れていた。伊万里が撃ち漏らした際には僕たちが残党を速やかに制圧にかかる。
ここで大切なのは迅速にだ。一人とは言えど人質に銃を突き付けられたり、パニックを起こし銃を乱射なんてされれば最悪な結果となる。
広場の近くにあった飲食店から飛び出した。僕は燕子花を、京香は赤い銃を引き抜いた。ここでも経験の差は出た。ただ飛び出しただけの僕に対して、京香はすでに狙いを付け発砲していた。
だが不運にも僕たち二人が飛び出した店の方向を見ていた主犯は、転がりながら銃弾を回避する。流れ弾のことを考えると低姿勢の男に追撃をかけることはできなかった。
「おまえらぁぁ!覚悟はできてんだなぁぁ!」
男は逆上し天井の無いこの広場に、怒号を響かせる。そして銃を投げ捨て、手を振った。すると空中にいくつもの火球が浮き上がり、人質と伊万里目指して突き進んだ。
まずい!返り人か!
ただこちらには陽もいる。咄嗟に水が渦巻き、人質の大多数を防御する。
勿論火で水に打ち勝つことなどできることなく、伊万里と人質を狙った火球は多量の水に飲まれて消えた。
それでも三階から死角になった箇所は守れなかった。そのため無防備な人たちの所に僕たちが駆け、火を弾く。
僕は燕子花の白い刀身を使い次々と弾いた。思いの外、軽やかに燕子花を振れた。やはりあの中からこの刀、希坂の言い方だと彼女を選択して良かったと思った。
燈香と比べ京香は弾く物が無かったため、身を呈して一般人を守る。背中が軽く焼けて肌が露になった。それでも返り人の能力を食らってあの程度ですんだことに感謝すべきなんだろう。
僕は残りの火の玉を全て燕子花で弾きながら主犯へと近づいた。
「この人は僕が相手します!」
「みんなでやった方がいいんじゃないの?」
「いえ、僕がやらないといけないんです。それに広場以外を徘徊している残党もいると思います。みんなはそっちをお願いします」
この人の苦しみ、天寿の恨めしさ。一刻、一刻と音もなく刻まれる時に、周囲の音は遠ざかり、目に映るのはその物の色だけしか持たない無彩色な物体へと変わる。今視界で光るこの二つの数字は例え本来の意味を価値を失ったとしても、僕の憎しみは変わらなることはない。
数字と共に全てを削る。その光景を僕は知っている。そしてこの場でその苦痛を知っているのは僕とこの武装した人達だけだろう。
燈香のわがままに京香は少し迷ったが、すぐに足早で残党のもとへと駆けていった。取り残されたのは僕と目を瞑った民間人、そして返り人と化した主犯だけだ。
だけと言うには少しばかり数が多すぎるけど…。
「何でこんなことをしたんだ」
僕の声は普段の高い声ではなく、深く沈み込むような声だった。
「まだ俺はこんなことと呼ばれることはしていない。この立て籠りは俺たちが目的を果たすためのただの手段だ」
「手段だと?」
すると主犯はポケットからスマホを取り出した。
「もう既に交渉の席には着いた。俺たちの目的は果たされる。まずは手始めにこの世界の天寿を逆手に取ったビジネスを廃止させる。その後に俺たち天寿の短い者たちを苦しめた者たちに復讐して行く。それが俺たちの目的だ」
最初のアナウンスから察しがついていたが、やはり天寿がらみの犯行のようだ。ただ気になるのは…
「何でお前がそんなことをしているんだ。よりによって返り人になって天寿から解放されたお前が!」
「返り人の俺だからだ。天寿の見える人間が天寿に、理に簡単に抗えると思うか?そこでどうあがいても神って奴の掌の上じゃないのか?もしお前がこちら側ならどうだ。声を上げることが出来るのか?残り短い時間で達せられる筈もない夢に手を伸ばせるのか?」
昔の僕ならどう答えたのだろう。無理だと即決して、運命に頭を垂れていたのだろうか。断言はしたくないがそうに違いない。でも昔と今では違う。それこそ別人と言えるほどにだ。
「手を伸ばす!例え届かなくても最後のそのときまで伸ばし続ける。そして最後には笑って、神よ見てろって、僕は明日の朝日をこの目に映すって。そんな風に負けずに生きてやる」
「何を言っているんだ!」
宙を漂う火球が燈香へと襲いかかる。それを燈香は燕子花で弾き、回避する。火の威力は先ほどよりも上がっているようで、弾かれた火球は床のレンガを黒く焦がす。
「そんなもの戯れ言だ!お前に何が分かる!俺たちが笑って最後を迎える?そんなこと本当に出来ると思っているのか!仮に出来たとしてもそれは復讐の上にある笑顔だ!決してお前の言うものではない」
「分かるさ!僕だって天寿に人生の半分を殺された。お前と同じだ!最終的に負けたのは自分だけど天寿に追い詰められ死んだ。お前もそうなんだろ?それなら何でそんな所に立っているんだ!」
「お前には…」
男は勢いを僅かに失い、言葉に詰まる。
「お前はすごいと思う。僕は一度折れた所を仲間に助けてもらった。でもお前は違う。自ら立ち上がり同じ苦しみを味わう人たちに道を示した。僕にはとても出来ない。ただその道は誤りだ。もっと別の道がある筈だ」
「いやこれしかない!これが俺の道だ!見ろこの炎を。この炎は俺の信念の元火力を増す。今こうして激しく燃え上がるのならその答えに偽りはない。これが本心で誰にも変えられない!」
また火球が燈香へ迫る。だか燈香は火球を避けはしなかった。代わりに右手をつきだして、火球を正面から受けた。
焼ける肌、赤く皮膚がただれる。右手はこの戦いでは使い物にならないだろう。だがあえて燈香は火球を受けたのだ。
熱い、痛い。だけどこんなものが信念か!
「ぐっ、お前の信念はこの程度か。これなら僕の信念の方が遥かに上だ!」
左手に拵えた燕子花を低く構えながら、男に向かって突き進む。何度か火球が体に当たり、表皮を焼くが何故か火力は衰えていた。
だが火であることに変わりはなく、いつの間にか燈香にとって貴重な夏服は、ワイルドなノースリーブへと変わっていた。
それでも、服が燃えた程度ですんだのは、やはり火力の衰えが大きい。衰えは男に近づくほど顕著に現れ、最後には火花程度の火球になっていた。
そして燈香は左手に持った燕子花を右下から左上へと切り上げた。確かな手応えの後に男は宙を舞い鈍い音とともに地面に倒れた。
「グハッ」
燈香は仰向けに横たわる男に歩み寄った。倒れた男はどこか物思いにふけったような表情をしていた。
「そこであなたが違う答えを出していたなら僕も力を貸したかも知れません」
「俺の判断は間違っているのか?この世界が天寿に支配されたままで本当にいいのか?」
僕は正しい答えを探した。上部だけの一般論ではなく、返り人になった彼に、近々命を落とす人たちに納得してもらえるような正しい答えを。
「僕もこの社会のシステムは嫌いです。でも、天寿はそれでも必要なんです」
「何故?」
「ここにいる人…まあ、僕たちはだいぶ例外ですけどすべての人には残された時間が分かります。その捉え方は人次第です。後少しで死ぬ。老後まで安泰。そのすべての価値観の中で僕たちは生きています。そして大多数は天寿を指針としています。だから天寿が必要ないとは思えません」
「ならっ!」
横たわった男は体を跳ね上げる。しかし、そこまでの力はなく、僅かに上体が浮き上がるほどだった。
「残された少数はどうすればいい?」
すがるようにかすれた声に僕ははっきりと答えた。
「同じ様に人生を生きればいい」
「…」
男は絶句した。表情から期待が失われていく。それもそうだろう。今の状況を受け入れて諦めろと言われていることに他ならないわけなのだから。
ただそれでも僕は間違っているとは思わない。そして諦めろとも思っていない。僕は返り人となって見つけた答えをこれでもかと吐き出した。
「短い人生だから不幸なんですか?長い人生だから幸せですか?違うでしょう!短いのならその期間で後悔しないほど詰め込んで満足したって生きればいい。長いのなら一歩一歩着実に積み上げていけばいい。確かに歩調に差はあります。でも人生の価値に差なんて無い筈だ」
男の顔が少しだけ上がった。
「それに僕たちみたいに拾える命もあるかもしれない」
「…そう…かもな」
「きっとそうです」
どうやら男は妥協したように納得してくれたようだ。その表情はどこか清々しく、悩みが晴れたようだった。
「なあ、お前。名前は?」
「芹生です」
「そうか芹生。同じ境遇のよしみでの頼みだ。今回の件、全て俺の責任で片付けてくれ」
この男はどうやら全て背負うつもりらしい。他の人達よりも自分の方が老い先があるからだろう。そうすることで他の人たちに残りの時間を必死に悔いなく生きてもらいたいのだろう。僕が逆の立場だったなら同じことをしただろう。だが…
「ダメです。全員に償ってもらいます」
「これもダメかよ」
男はははっと呆れたように笑った。
「でも、ほんの少し口添えはしておきます。汚い話しになるのでこの事は黙っておいてくださいよ」
そう言うと男は小声で声を漏らした。
「お前と一度死ぬ前に話してたかったな」
「そうですね」
パトカーの音が徐々に近づいてくる。どうやら今回は天城ではなく、警察の世話になるようだ。
中に返り人が居るとは思ってもみなかっただろし。
こうして僕たちから警察へ引き継ぐようにして事態は終息した。なおここで気になることもあるだろうから先に二点ほど。
まず、先に言っていた通りに監視カメラのデータは全て消した。勿論足のつかないように京香のコピーもなしだ。
そしてもう一つ。捕らえられた人達を含め、ショッピングモールにいた人は警察に事情聴取をされることになったのだがその中にやはり鈴木は居なかった。




