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049 街

──【掃き溜めの街】  滞在 3日目──



「買い出し?」

「そうそう。これからの道中も今までと同じように獲って食う生活になるとは思うが、流石に最低限の食料とかは買った方がいい。

 特に水はぁ──ックシュン!うう……寒いな。」


 エミリアの大きなあくびが、くしゃみに変わる。

 埃の舞う宿は相変わらず隙間風がひどく、室温は野宿するのとたいして変わらない。暖炉の火はチロチロと薪の間から顔をのぞかせている程度で、息を吹きかけたら消えてしまいそうだった。

 かろうじてまだ温もりを感じるその火の前に、エミリアはしゃがみこむ。


「ううう。コウスケのやつ、もう少し火をくべてから出て行ってくれっての。」

「コウスケさん、先に起きて行ってしまったのね。確かヴェルンドさんと、何かお話があるのよね?ソウル・ブレイカーの調整、だったかしら?」

「……ああ。」


 半分嘘をついたエミリアの脳裏に、血相を変えたヴェルンドの表情が浮かぶ。

 フレイヤの手を握った瞬間に何が起きたのか。その真実を明らかにするために、コウスケは先に部屋を後にした。


(フレイヤは“セイズの一族”……彼女には特別な何かがあるのか?)


 フレイヤのためにも話を聞いておきたかったというのがエミリアの正直な気持ちであったが、どうにもフレイヤを連れていくのはよくない気がしてならなかった。というのも、コウスケがニョルズを処刑した『隻眼(オクルス)』だと言うことが、エミリア、ヴェルンド、コウスケの3人の間で前提となっていることが、危険だったからだ。


(……思わず、口を滑らしそうになる。)


 かといって、フレイヤを一人で残すのはもっと危険だった。今も刻一刻とヴァルキリーズは迫っている。自分たちの目の届かない場所でフレイヤの身に危険が及ぶのは、致命的なミスであった。


「ま、あっちはコウスケに任せて、あたしらはあたしらで街に出るとしよう。さっきも言ったが、買い出しはしないといけないからね。」

「街……」


 フレイヤは歪んだ窓から見える街を眺めた。煙草の煙と薄汚れた雪に包まれた、灰色の街。あの【イヴィング】とは似ても似つかぬ街並だ。

 けれど──



“──亡霊──”



 フレイヤはフードを深くかぶり、赤いマフラーに顔をうずめた。



「街は……やっぱり、とっても寒そうだわ。」





 「闇市」という言葉を最初聞いたとき、フレイヤは薄暗い静かな市場なのかと思ったが、そうではなかった。街全体が薄汚れているのはともかくとして、その市場は【イヴィング】でも見かけないほどに熱気を帯びていた。

 ただ、やはりそれは賑やかというよりかは騒々しい、と言った方がよいものだった。


「ふざけんな。こんな紙切れが銀貨10枚だぁ?どんな目してやがんだ。」

「なんだと、やんのかコラ!」


 飛び交う罵倒、舞い上がる砂埃。

 言葉の刃が火種をまき散らし、振り上げた拳が市場を燃やす。

 市場に求めたのは品物だったのか、それとも喧嘩だったのか。

 それすら分からなくなる異様な熱気が、そこには立ち込めていた。


「全く……相変わらずロクでもない連中が集まっているな、ここは。」


 こんなものは見せられない。そういうように、エミリアは殴り合いで盛り上がる連中を横目に、フレイヤの手を取って歩き出した。



 闇市に来た目的は食料の調達だったが、どうにもうまくいかないようだった。エミリアは行き着く先々の店で品物を見るやため息をつき、首を振って次の店へと足を運んだ。

 しかし、フレイヤにはその理由が分からない。確かに【イヴィング】の5倍はしそうな値段がついていたが、買えない金額ではなかった。

 「買わない理由は金額ではない。」そう思ったフレイヤは、5件目を越えたあたりでエミリアに尋ねたのである。


「ん?ああ、それは……」


 フレイヤはその答えに、思わず足を止めた。


「毒が入っているからだよ。」

「え゛」

「この街の飲み水や食べ物には、ごく少量の毒が混じっている。射幸心を煽る毒──麻薬の一種だ。」


 エミリアは街を歩く人間の持つ食べ物や飲み物を睨み付ける。


「この街の経済は賭場で成り立っているからね。おそらく、『アンドヴァラホルス』が効率よく金を集めるために仕込んでいるんだろうよ。」

「じゃ、じゃあ、今までこの街の食べ物を口にしなかったのは──」

「そういう理由だよ。」


 フレイヤは周囲を見渡す。店で出されている料理や麦酒などを口に運ぶ人々は、誰もそんなことなど知りも気にしていないかのように会話し、喧嘩に魅入り、グラスを掲げて(から)にする。


「み、みんなそのこと──」

「半分は知っているだろうよ。けど、ほとんどの人間が気にしていない。

 あれは……麻薬だからな。

 食えば気分が晴れる。嫌なことなんて忘れられる。

 それにここは【掃き溜めの街】。無法地帯。

 法を犯しても裁かれない……

 だが……」


彼女は路地裏で寝ている誰かを見て、目を細めた。


「麻薬は麻薬だ。麻薬は思考を腐らせる。

 考えが短絡的で、難しいことを考えられなくなって、感情的に行動する。

 そうなると、欲に抗えなくなる。どうしても“楽”になりたくなってくる。

 快楽がほしくなる。この街のものを口にしていないと、気分が晴れなくなってくる。」

「……」

「麻薬は毒だ。

 心を壊し、健康な体を蝕み、次第に体は動かなくなっていく。

 ある意味、『ソウル・ブレイク』と同じさ。

 魂を破壊し命を蝕む。

 そして最後には──ああやって、精気も何もかも抜けたただの人形が出来上がる。」

「じゃあ、それを分かっているのに、どうしてここの街の人たちは…………」

「それは──」


エミリアは小さくため息をついて、その寝てしまった誰かから目を逸らした。


「……ここは【掃き溜め(・・)の街】。

 訳アリ連中の中には、もう行き場のない奴も、いるからな……」

「行き場の、ない……」

「──いや。それは今のあたしらには関係のない話だ。」


 未練を断ち切るように、エミリアはきっぱりと言い切った。


「フレイヤ。

 あんたはこの先、生きる道がある。行くべき場所がある。

 だから、こんな掃き溜めの食べ物なんて、口にするんじゃないよ。」

「……」


 エミリアの言葉は、妙に重かった。

 彼女が紡いだ言葉は、一つ一つに現実味(リアリティ)があった。“経験”からくる言葉だと、少女は思った。


「……うん。」

「よし。それじゃあ、もうちょっと頑張るとするかね。さっきから毒のない食材を探しているんだが、なっかなか見つかんなくてねぇ。

 以前あたしが見つけた店はもうないようだし、こりゃぁ時間かかりそうだ。」

「そんなに時間はかからないと思うぜ。」


 背後を突くように発せられたその言葉に、瞬時にエミリアは武器を引き抜いた。


「おいおいおい。やめろやめろ。争いたくて声をかけたんじゃない。その針しまってくれないか?」

「何の用だ。O(オー)……」



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