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048 魔法の包帯

「え?」

「あ、いや!!」


 ヴェルンドはフレイヤの言葉でようやく我に返り、慌てて首を振る。


「い、いや……なんでもない。」

「本当に、大丈夫か?」

「あ、ああ……」


コウスケの問いに、ヴェルンドはゆっくりと頷いた。


「大丈夫だ。なんともない。ただすさまじい……ああ、それこそ、ニョルズの倍は、ありそう、だと……思っただけだ。」

「そう、なの?でもわたし、魔法は光を灯す魔法くらいしかできなくて……」

「──なに?それだけ?そんなバカな。これほどの魔素、魔力量、それ以外にも多様な魔法を使えるはず──あっ!」

「?」


 何かに気が付いたヴェルンドだったが、彼は口をつぐみ、一瞬コウスケに目配せを送った。


“話がある”


そういう合図だった。


「なんだい、爺さん、何かあったのかい?」

「い、いや、なんでもない。あまりの魔力量に度肝を抜かれてしまっただけだ。」

「……」

「ああ、それより、もう一つ聞きたいことがあるのだ。」


 慌てて平静を取り繕うヴェルンドをエミリアは怪しんだが、コウスケがそれに首を振った。その瞳はまっすぐエミリアを見つめ、後で己が解決すると言う意思表示であった。


「……ま、いいか。それで、聴きたいことって?」

「ああ、その、最後に、ええと、フレイヤがつけている防御魔法が組み込まれたという包帯なのだが、これはどこで手に入れたんだ?」

「この包帯?ええと、これは家の納屋(なや)にいれてあったものよ。」


 フレイヤは身に巻いた包帯を眺めながら静かに答える。


「その……街の男の子たちに、初めて襲われたときは、ケガが痛くて……それで、包帯を探していたら、これがあったの。」

「……そうか。では、この包帯が防御魔法の組み込まれたものだということには、最初気が付かなかったのか?」

「うん。防御魔法のあるものだって分かったのは、これを付けていたら殴られてもケガをしないって分かった時よ。だから、それ以来ずっと身に着けることにしたの。おかげでウィオレンティアというヴァルキリーズの人に蹴られても、けがをしなかったわ。」

「ウィオレンティアに蹴られても?それなら……やはり……」

「何か、気になるのか?」


コウスケの問いに、ヴェルンドは顎を撫でる。


「……ああ。これは、確かにお主が言うように()()包帯だ。

 だが、組み込まれている防御魔法の術式は比較的最近作られたもの……のようなのだ。」

「どういうことだ?」


 眉を顰めるエミリアに、ヴェルンドは思考を巡らせる。


「ウィオレンティアに蹴られてけが一つないのであれば、そうとしか考えられんのだ。

 奴は最新の防御魔術を編み込んだ包帯を全身に巻いていた。あれは鋼鉄の剣すら叩き割る程の強度を持つ。そんなものの蹴りを喰らうというのは、ナイフで突き刺されるのと同義なのだ。だが、そいつをこの包帯は防いだ。なら──」

「同程度の強度を持っていないと防げない、ということか。」

「左様。だが儂は、この魔術術式を見たことがない。」

「宮廷魔術師であった、お前が、か?」

「そうだ、コウスケ。最新の魔術術式は知っているが、これではない。

 そして古代の魔術でもない。今の魔法は古代の魔法を元にはしているが、使う言語が違う。

 古代の魔法は基本的にアールヴ語で書かれているが、現在一般的に使われているのはヘルヘイム語だ。最近では『ソウル・ブレイク』のように共通語であるユグドラシル語も魔法として使うことはあるが、基本的にはヘルヘイム語だ。」

「それで、その包帯に使われていたのは?」

「ヘルヘイム語だな。」

「……では、お前の知らない間に何者かが創り上げた新規の魔法、ということか?」


 コウスケの問いに、ヴェルンドは頷く。


「左様。そして何より奇妙なのは……どうにもこの術式が付与されたのは割と最近で、かつ何度か更新されているようなのだ。それも4,5年以内に……」

「え!?」


 その言葉に一番驚いたのは、フレイヤだった。


「それ、どういうこと?わたし、防御魔法なんてつくれないし、この包帯に何かの魔法を掛けたことなんて一度もないわ。」

「では、誰かに渡したことは?」


ヴェルンドの問いに、フレイヤは大きく首を振る。


「ううん。それこそ、ないわ。わたし、ずっと、一人だったから。」

「ずっと肌身離さずつけていたのかい?」

「ええ、エミリアさん。外していたのは、お風呂の時と洗濯をするときくらいだけだわ。

 ……あ、でも!」


フレイヤは何かを思い出したのか、両手を叩く。


「たしか、2、3度、風に飛ばされてなくしてしまったことがあるの。」

「風に飛ばされて?」

「うん。それで三日三晩探して、次の日に山の中で見つけたわ。」

「それは、いつのことだ?」


ヴェルンドの質問に、フレイヤは首を振った。


「ごめんなさい、詳しくは覚えていないの……。洗濯をする日は決まって街に行った次の日だから、火曜日であることはたしかなのだけれど……」

「そんなに、この包帯が防具をつくるのに重要なのかい?

 そりゃあ、なんで更新されているのかはかなり気にはなるが……」


 エミリアの問いにヴェルンドは深くうなずいた。


「ああ、防御魔法は“自動発動”する術式だからな。魔法の防具を複数身に着ける場合、消費する魔力量の計算が大切になってくる。故にこの包帯の存在は無視できん。

 だが、誰の(さく)で、いつつくられたかも分からない未知の魔術術式となると……どの程度魔力を消費するのか見当がつかん。

 それでは儂が防具をつくったとしても、こちらに必要な魔力を取られてしまっては十分な効果は出せんのだ。」

「いっそのこと、こいつを外すとか……?」

「いや。それは惜しい。」


ヴェルンドはエミリアの提案に首を振る。


「今のヴァルキリーズがもつ防御魔法に匹敵するものをつくるのは、至難の業なのだ。しかもこれほど軽く薄い防具となると、いくら儂といえども、今ある素材では直ぐには作れない。

 フレイヤはまだ14歳。できれば重量のあるものは避けたい故、これを主軸にしたものにしたいのだが……」


ヴェルンドはフレイヤとコウスケを交互に見ながら、はっきりとしない口調で男に尋ねた。


「ああ、その……コウスケ、何か、心当たりはないか?その、()()()()()()()()()()()。」

「……」


 コウスケはフレイヤを一瞥する。

 彼女の瞳は、いつもと変わらなかった。彼が元ヴァルキリーズであることを既に彼女は認識しているが故なのだろう。少女は男の口が開くのをただ待っていた。


しかし──


 コウスケには、いつかその瞳が、自分が何をした人間なのか問いただすものになるのだろうと、そう思えてならなかった。その小さな口が、己の罪を暴きだすものになるのだろうと、そう感じてならなかった。

 自分は彼女の父親──()()()()()()()元ヴァルキリーズ。彼と自分の関係を尋ねられるのは、時間の問題でしかない。

 そしておそらく、ヴェルンドの問いに答えることは、それを早めることになるのだと、彼はそう感じていた。


「俺は魔法には詳しくないから、確かなことは言えないが……そう、だな……」


 コウスケは埃の積もった床を見つめ、小さくつぶやいた。


「誰かがフレイヤの防具を更新していたとなると、フレイヤを気に掛ける人物である、ということが大前提になるだろう。

 そしてフレイヤの存在は……あの街の住人だけでなく、ヴァルキリーズと宮廷魔術師も、知っていた……だから──」

「この術式を創った人物は、ヴァルキリーズにいる可能性がある、のか?」

「そう、なるな……」


コウスケは大きく深呼吸すると、小さく続けた。


「魔法に詳しいのはモルスが筆頭、次いで貴族の出であるウォルプタースだが……あいつらがフレイヤを守ろうとするとは思えない。」

「じゃあ、誰だ?もしかして──」


 お前なのか、と言おうとして、エミリアは慌てて口をつぐんだ。

 そんなことを言えば、ニョルズとコウスケの関係を暴露する発端になりかねない。そんなことはフレイヤの前ではできなかったのだ。


(まぁ、それにコウスケは魔法が使えない。ヴェルンドですら作れないという高等魔法の術式を、コウスケがつくれるわけがない、か……

 ならば──)


「……だから考えられるのは、一人だけだ。」


 コウスケは、己の推測を口にする。そしてそれは、エミリアが導き出した一つの解と、全く同じものだった。


「ウォルプタースと同じく魔法に類まれな知識と歴史をもつ貴族の出で、国に忠義を誓う生粋の騎士。

 そして、()()()()()()()()()()()()()──」



「紅蓮の王、ルーフス」






「ここで野営したか。」


 焔に揺るがぬ形を与えたかのような深紅の輝きを放つ鎧が、雪原の上で煌々と灯っている。蜂のような切れ目を持つその男は、状況を瞬時に把握。導き出された結論を即座に部下に伝えた。


「奴らがここにいたのは9日前だ。今は【掃き溜めの街】で滞在して2日目、といったところだろう。奴らがあの街に滞在するとすれば、状況からして7日が限度。故に、我らはあと4日で【掃き溜めの街】にたどり着き、先に策を講じる必要がある。

 よって“天馬”を再び使う。準備せよ。」

「はっ!」


 主の命を受けた男は瞬きの間にその場から立ち去った。

 そして彼と入れ替わるようにして紫色のコートを着込んだ男が一人、緊張感のない飄々とした声を発しながら近づいてきた。


「いやぁ、流石判断がはやいですねえ、ルーフス殿は。」

「ウォルプタース。」


 ルーフスは目的もなく山の遥か上空を見上げている男に、厳しい視線を突き刺した。


「真面目にやらんか。」

「真面目ですよ?私は、いつだって、ね!」

「そのピエロみたいな笑みからはそうは見えんがな。」

「おっと、これは失敬!」

「……」


 ルーフスはため息をつき、部下の元へと歩き出した。

 いつものことだと、ルーフスは自分に言い聞かせる。

 ウォルプタースはのらりくらりとしていて捉えられない。フラーテルを掴みどころのない雲のような存在だとするならば、この男は蛇だった。捕まえようとしてもするりと手から滑り落ち、あっという間に姿をくらます策士の類。この男に詰問するだけ時間の無駄だということを、ルーフスは理解していたのだ。

 そして、その蛇が()()()()()()()()()()()()()ことも、知っていた。




ニョルズ()の娘の抹殺、出来ます?」




ヴァルキリーズ(騎士)としての本質を、何の前触れもなく、何のためらいもなくその男は浴びせてくる。



──これだから、この男は油断できない。



ルーフスは歩みを止め、蛇に振り返ることなく吐き捨てた。


「無論。」

「本当にぃ?」

(わたし)を誰だと思っている?」

「紅蓮の王、ですよ。」

「だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()。それとも、我が槍に貫かれたいか?」

「──ふ。ふふふふふ。」


ウォルプタースはコートの懐から手を抜き、自分を見てもいない紅蓮の男に武器を持っていないことをアピールする。


「いやぁ、いつ見ても素晴らしい忠誠心ですねぇ。

(わたくし)、ルーフス殿と共に戦えること、心より尊敬そして楽しく!

 ──思って、おりますよ。」

「そうか。(わたし)は全く楽しくないがな。」

「あははは!これは手厳しい。

 ですが──」



顔をニヤつかせたまま、紫の蛇は炎に尋ねた。



「本当に、大丈夫なんです?」



その言葉に、炎は即答する。


「愚問だ。

 我はヴァルキリーズ。このカエルム帝国に忠義を尽くす騎士が一人。

 故にこの国に仇なす反逆者も、この国の平和を脅かす危険分子も、排除するが道理。

 ならば──」



その背にある長槍を引き抜き、炎は大地を穿った。



「たとえ()が盟友の娘が相手であろうとも、この槍さばきが衰えることは──」




──決して、ない。





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