047 呪い
「光の弓よ。先ほどは……すまなかった。」
老人のつぶやきがエミリアの心臓に針を刺す。エミリアは反射的に手に力が入りそうになって、瞬時に頭を冷やした。
「はぁ……もう、いいってことさ。あんたの──孫を思うエゴは本物だ。
その思いは、間違っていない。孫や子を──家族を思う気持ちは……あたしだって、同じだからね。」
「……」
「……28」
「…む?」
「フレイヤの首回り。28センチだよ。爺さん、手が止まっているぞ。」
「あ、ああ、すまない。それじゃあ、次は肩幅を教えてくれ。」
エミリアはフレイヤの防具をつくるために、彼女の身体の採寸を測っていた。
だが当のフレイヤは、落ち着かない様子でエミリアの動きを目で追っていた。
「あ、あの、エミリアさん。」
「……なんだい?」
間近に迫るエミリアの表情は複雑で、それがどうにもフレイヤの胸をそわそわとさせている。ヴェルンドの言葉が原因の一つであることは間違いないが、自分が武器をほしいといったことも、彼女の機嫌を損ねている要因ではないかと感じていたのだ。
「その──ええと……わがままを聞いてくれて……あり、がとう……」
「…………ああ。」
「……」
気まずい沈黙が続いた。
彼女は何も言わないが、いつもより荒めの鼻息が彼女の心を物語っていた。採寸を取るひとつひとつの動作は途切れ、計測器の扱いはやや雑である。
明らかに、怒っていた。
フレイヤは自分の我儘がよくないことだったのではと思っていたが、エミリアの怒りはエミリア自身に向いていた。天使のような少女に武器を持たさねばならない、自分の不甲斐なさを呪っていた。この現実は自分の弱さが招いた結果だと、そう、言葉の刃を自分に向けていたのである。
「……これじゃぁ、あの時と、同じじゃないか……」
「エミリアさん?」
「!!い、いや。なんでもない。忘れてくれ、フレイヤ。それより、肩幅だが……」
思わず漏らした言葉を忘れるように、エミリアは作業に戻る。しかし測りを持つ手は踊り、無駄な動きが増えていく。
彼女の心は乱れ、ついに採寸がとり終わる頃には、蝋燭の炎はその身を蒸発させていた。
「ふむ。これで全部だな。あと二つ確認しておきたいことがあるのだが……」
ヴェルンドはメモを置き、蓄えた髭を撫でて神妙な顔つきを見せた。
「まずフレイヤ、お主の魔素量を計らせてくれないか?」
「わたしの魔素量を?」
「ああ。防具は魔法道具だ。魔法道具は誰でも使える──のではなく、使用者の魔力量に依存する。莫大な魔力を消費する魔法道具を魔力の少ない者が手にしても、石に灸、無用の長物、そして猫に小判だ。使いこなすことはできないのだ。
そして魔力は体内の魔素によって創られるため、魔力量は魔素量に依存する。魔素からどの程度魔力を生みだせるのかは練習すれば上達するが、限度がある。
故に使用者の魔素量に応じて、魔法道具は消費魔力量を調整する必要がある。そうした道具が、一番本人にとって使いやすく“いいもの”になるのだ。」
「分かったわ。でも、どうすれば計測できるのかしら?」
「手を、出してもらうだけでいい。
儂は元宮廷魔術師だ。魔素量くらいなら、触れただけである程度は分かる。」
「そうなの!?それじゃあ、お願いするわ!」
フレイヤは、目を輝かせながら右手を出す。
「すごいわ!わたし、今まで一度も魔素量を測ったことがなかったの。ついに分かるかと思うと、ワクワクするわ!」
「……ふふ。そうだねぇ。あたしの見立てじゃぁ、結構な量があると思っているよ。なんたって魔素量は遺伝する。ニョルズは最強のソウル・ブレイカー『海剣エーギル』を使いこなすほどに魔素量が高かった。だから、あんたもそれくらいはあるんじゃないかなぁ。」
エミリアはフレイヤの目を見て微笑んだ。どこかで見たことのある、守ろうとしたことのある笑顔の面影を、垣間見ながら。
「……いや──ああ、そうだな。
あんたはニョルズの娘なんだ。
ともすれば、あたしの倍は固い!期待していいよ、フレイヤ。
あたしも楽しみだ!
じゃあ、ヴェルンド、やっとくれ。」
エミリアの笑顔は、今までの笑みとは違っていた。その笑みにフレイヤは違和感を、ヴェルンドは罪悪感を、そしてコウスケは悲愴感を覚えた。
天井に向かって語っているような、少し高い声。
悲しみを押し殺すために無理やりつくった笑みだ。
「平気だ」と安心させるためにつくった笑みだ。
だが、それはフレイヤや他の誰かではなく、自分に言い聞かせるためにつくったモノだった。
「……うむ。では──」
ヴェルンドはその笑みから目を逸らし、フレイヤの手を握る。言ってはならぬことをエミリアに言った罪悪感から、逃れるように。
だがフレイヤの手を取ったその瞬間、彼の罪悪感は消し飛んだ。
「「「その手を放せ」」」
「!?!?!?!?」
「どうした、ヴェルンド!?」
突然手を放し、後方へ飛び退いた老人に、コウスケは思わず立ち上がった。
しかし問われた老人は、しばらく何も答えることができなかった。彼は目を見開き、額から大粒の汗を流して己の手を見つめていた。
フレイヤの手に触れた瞬間、強烈な“何か”がヴェルンドの頭に入り込んできた。それが、フレイヤの手を握ることを止めさせた。彼は後方に飛び退き、その異常な現象に恐怖を抱いた。
“これ以上触れてはいけない”
という強烈な抵抗を、体が示していた。
根拠などないし、何故そう思うのかも分からない。
しかも、直感という訳でもなかった。
“絶対に従わなければならない命令が下された”といったものだった。
ヴェルンドは自分に何が起こったのか整理しようとしたが、考えがまとまらなかった。思考しようとすればするほど、得体のしれない恐怖が魂を凍らせる。
故に、彼は震えながらただ一言しか言えなかった。その恐怖を、自分の体験したモノを一言で表すその言葉を。
「これは、呪い──?」




