二十九、ラムダ
俺は結局、一睡もすることが出来なかった。
陽はとっくに昇り、今は椅子に座って直也を待っているところだ。
ガラガラ・・
入口に目をやると、直也が入ってきた。
「石竹くん、眠れたか?」
直也はそう言いながら、俺に近づいてきた。
「いや・・一睡も・・」
「まあそうやな。誰がこんなところで寝れんねん」
「まあ、ね」
「あ、そうそう。朝ごはん持ってきたったで」
直也は袋の中からパンを取り出した。
「はい、これ食べ」
「え・・いいのか」
「ええがな。お腹空いたやろ」
「ありがとう・・ありがとう・・」
俺はパンを受け取り、貪るように食べた。
単なる食パンなのに、めちゃくちや美味しい・・
「そうとう減ってたんやな」
「これって、直也くんのじゃないのか」
「細かいことはええねん。それより、これからどうするつもりや」
「ゲホッ・・どうするっていったって・・ゲホッ」
俺はパンを喉に詰めた。
「もう、しゃあないな」
直也は水道へ行き、コップに水を注いでくれた。
「世話のやけるやっちゃな」
直也は笑って、俺にコップを手渡した。
「あ・・ごめん。ありがとう」
「それでや。じぶん、まさか一人でサバイバルしに来たんとちゃうやろ?」
「参加したのは俺を入れて四人。そのうち一人は俺の友達なんだよ」
「そうか。それでその三人はどうしてるん?」
「マネキンの置き場になってる洞窟で隠れてる」
「そうか・・。でもずっとはおられへんな」
「そうなんだよ。でもさ、外に出たら捕まってしまうよな」
「それよりじぶんやがな。ずっとここにおれるはずもないし、どうやってテント村から脱出するかやな」
「夜中はどう?」
「夜中か・・」
キンコーン
そこで鐘が鳴り響いた。
「あ、作業開始の合図や」
「そうなんだ・・」
「昨日の積み残しあるからな。ますそれを焼却や」
「俺は、どうすればいい?まさか・・手伝うわけにもいかないし」
「そこに座ってたらええよ。入口も鍵を閉めとくから、大丈夫や」
「なんか、悪いな」
「かめへん。俺な、石竹が現れたことで、望みを捨てへんことにしたんや」
「え・・」
「もうな、一生ここで奴隷労働やと諦めてたんや。誰も助けに来んしな。せやけどマネキンに入って荷車で運ばれるやつ、初めて見たわ。なにしてんねんって感じ。だからな、同じ方法とまではいかんでも、ここを出る手立てがあるような気がしてな」
「そっか・・」
「ほな、仕事するわ」
直也は焼却炉のボタンを押し、ゴオーーッと火が燃える音がしだした。
焼却炉の傍は、そうとう暑いのか、直也はすぐに汗だくになっていた。
俺はコップに水を注ぎ、直也に持っていった。
「あ、ありがとうな。でも、あんまり動かんほうがええ。外から見えたらえらいこっちゃ」
「直也って、高校生なのか」
「ああ、そやで。高二や」
「えっ・・俺もだよ」
「そうなんや。俺らタメなんやな」
直也は次から次へと焼却炉にマネキンを放り込み、「ほっんま、あほらしいわ」と言った。
そして「ただ働きやで」とも言った。
「うちの家な、商売してんねん。だから労働に対して対価がないんは、労働基準法に違反してるっちゅう話や」
「なるほど・・」
「まったく・・あほらしいわ」
関西人の商魂というものなのか、こんな無人島で捕らわれの身となっていても、そこはさすがというべきか。
それから俺は、椅子に座ってなにもすることがなく、ただ直也の作業をずっと見ていた。
やがて昼休みになり、直也は外へ出て行った。
ほどなくして直也が戻って来ると、智博も入ってきた。
「ほら、こいつや」
直也が俺を紹介した。
「そうなんだ・・」
智博は直也と違って、とても大人しそうな男子だった。
「石竹、こいつ智博っていうねん。俺の友達や。こいつと一緒にサバイバルに参加したんや。誰にも言わんっていうたけど、こいつは信用できるから心配いらんで」
「うん。俺、石竹航太。よろしく」
「よろしく・・。僕、ラムダ智博・・」
「なに言うてんねん。相沢智博やろ」
「あ、うん。相沢智博です」
「石竹な、俺らとタメやで」
「え・・そうなんだ」
「石竹、お昼ご飯持ってきたったで」
直也は、今度は違う種類のパンと牛乳を俺に手渡してくれた。
「いいのか・・。これって直也のじゃないのか」
「ええねんって。はよ食べ」
「ありがとう・・」
俺は遠慮なく食べた。
「直也、ちょっと訊いてもいいか」
俺がそう言った。
「ええで」
「サバイバルゲームって、ここから遠く離れた無人島でやったのか」
「そうやで。もうな、最初はよかったんや。のんびりとリゾート気分も味わったりしてな」
「うん」
「でもな、帰る日が来ても迎えは来んし、通信は途絶えるしで。ほならある日、マネキンが浜に流れ着いてな」
「えっ!それって全く俺たちと同じだぞ」
それからしばらく直也の話を聞き続けると、全く俺たちと同じゲームをしていたことがわかった。
「それで、右と左、どっちの道を進んだんだ」
俺は洞窟で、二手に分かれている道のことを訊いた。
「左やで」
「おおっ。それで先には何があったんだ」
「え・・石竹って右へ行ったんか」
「そうなんだよ。もう断崖絶壁でさ。死ぬ思いをしたぞ」
「げ・・断崖絶壁・・。うわあ・・左行ってよかったわ。な、智博」
「そうだね・・まさか右が断崖絶壁だったなんて・・」
「え・・左ってどうなってたんだ」
「すぐに出口があって。ここまではよかったんや。ほんで、迎えが来ててな。まあこれはラムダやってんけど、俺らそんなんわからんし、「ここでゲームは終わりです。よく頑張りましたね」とか言われて船に乗せられたんや」
「マジか・・」
「まあどっちにしたって、この島へ来ることは最初から決まってたんや」
やっぱりあの時、右へ行こうが左へ行こうが、結果は同じだったんだな。
でも左へ行けば、飯島が怖い思いをしなくて済んだのにな・・と思った。
実際、俺や蒼空や田地も怖かったけどさ・・
「ラムダって、世界征服を企んでるんだろ」
俺がそう訊いた。
「まったく・・とんでもないこと考える集団やで。そんなん無理に決まっとるがな」
「それで、マネキンはどこで製造されてるんだ?」
「それは、こことちゃうねん。もっと奥へ行ったところに工場があるねん。俺らは行ったことないけどな」
「そうか・・」
「実験もそこでやってるんや」
「具体的にどんな実験やってるんだ?」
「それは俺も詳しくは知らん。なんせ行ったことないしな」
「そっか・・」
「まあ、噂では人体実験っていうんか、なんか酷いことやってるらしいわ」
「直也・・」
そこで智博の顔が引きつった。
「ああ、ごめん。この話はタブーやな」
「え・・なにか知ってるのか」
俺が訊いた。
「いや、聞かんほうがええ」
「教えてくれよ」
「そうは言うてもやなあ・・」
「頼む、教えてくれ」
「ほな、一つだけな。二か月前までここで一緒に暮らしてた香帆っていう女の子がおったんやけど、そいつここから逃げようとして捕まったんや。しばらくは姿を見んかったけど、帰ってきたと思たら、両足が無くなってたんや・・」
「え・・マジかよ・・」
「それである日、野菜畑で香帆・・死んどったんや・・。多分、自殺やと思う」
俺は言葉を失うほど、ショックを受けた。
なんて集団なんだ・・
酷い・・酷すぎる・・
「だからな、ここから逃げるのは死を覚悟せなあかんねん」
「確かにそうだな・・」
「あ・・もう昼休みが終わる時間や。智博、はよ行き」
智博は慌てて外へ出た。
「ほな、俺も仕事するわ」
智博が出て行った後、直也はドアの鍵を閉めた。




