二、変な二人
船はやがて無人島へ到着し、たった今、漁船が港に向けて引き返したところだった。
俺たち四人は、さして口を利くこともなく、水や食料を分配しようと段ボール箱を開けていた。
「自己紹介がまだだったよね。僕は池垣蒼空。よろしく」
蒼空は手を止めて言った。
飯島と田地も手を止めた。
「僕は飯島樹生。よろしく」
「僕は田地睦月。よろしくね」
「俺は石竹航太。よろしく」
ぎこちなく自己紹介が終わった。
「飯島くんと田地くんは同級生なの?」
蒼空が訊いた。
「僕たちは同じ塾生なんだ。だから学校は別々。きみたちは?」
飯島がそう訊き返した。
「僕たちは幼馴染っていうか、小学生からの付き合いで親友なんだ」
「そっか」
飯島は、さして興味を示すでもなく、手を動かしだした。
「これってさ~、三日分もないよね」
田地が段ボールを覗きこみながら言った。
「サバイバルだからって、添乗員が言ってたじゃないか」
少し呆れて飯島が言った。
「そうだけどぉ・・」
「きみたちは、サバイバル好きなのか」
俺はそう訊いてみた。
「特にそう言うわけでもないんだけどさ。塾の掲示板にチラシが貼られててさ。それでなくとなくって感じかな」
田地がそう言う横で、飯島はとっとと自分の分を確保していた。
「航太、はい、これ」
蒼空が俺の分を手渡してくれた。
ペットボトルが三本と、非常食用の缶詰が三つと、おそらく今日の昼食分であろう、おにぎりが二個だ。
俺は内心、たったこれだけか・・と少し不安に思っていた。
「航太、ちょっと散歩しない?」
蒼空が俺を誘ってきた。
「そうだな。あっ、あそこに木陰があるから、そこに荷物を置いて行こう」
俺は砂浜を上がったところの木陰を指した。
「うん。じゃ行こうか」
俺と蒼空は、あとの二人を置いてその場所へ向かった。
振り向くと、飯島と田地は別の場所へ荷物を置きに行っていた。
「ねぇ航太」
「なんだよ」
「あの二人と、なんか気が合いそうにもないんだけど・・」
「ああ・・。まあ俺もそうかな」
「飯島って人は、とっつきにくい感じだし、田地って子はやる気なさそうっていうか・・」
「まあいいんじゃないの。たった二日だし」
「だね。じゃ探検しようか」
そして俺たちは砂浜沿を歩き始めた。
「それにしても、ここはなんていう無人島なんだろうね」
蒼空が波打ち際でそう言った。
「地図にも載ってないって言ってなかったか?」
「うん、言ってた。きっと名前もついてないんだろうね」
「蒼空って、魚とか獲ったことあんの?」
「ないない。釣りさえないし」
「やっぱりあれかな、もぐって獲るとか」
「あはは。獲ったど~~!って」
俺たちはそんな会話をしながら、呑気に歩き続けていた。
「だいぶ遠くまで来たな」
俺は来た方を振り向いて言った。
「ほんとだね。引き返す?」
「そだな。喉も乾いてきたし」
「散歩に出かける時は、ペットボトルを持って行かないと、だね」
そして俺たちは来た道を引き返すことにした。
それにしても、気持ちいいもんだな。
気温は高いけど、潮風が吹いてて海はきれいだし、サバイバルって感じは全くないな。
蒼空は「そろそろ、お腹もすいたね」と言いながら、少し早足で俺の前を歩いて行った。
俺はその場に立ち止まり、水平線を見ていた。
それにしても、他の島はどこにも見えないな。
ここへ来る時は、いくつか島もあったはずだけどな・・
視線の先には、島らしきものが一つも確認できなかった。
ただ限りなく続く水平線が広がっているだけだった。
木陰に戻り、俺と蒼空はその場に座って水を飲み、おにぎりを一つ頬張った。
「全部食べちゃうと、あとは自分たちで調達しなきゃいけなくなるし、少しずつ食べた方がいいよね」
「蒼空、それだとサバイバルの意味がないじゃん」
俺はそう言って笑った。
「じゃさ、これ食べたら魚でも獲りに行く?」
「そうだな。海水浴を兼ねてな」
俺たちはほどなくして、裸になり海に飛び込んだ。
「プハーッ!こんなんじゃ獲れないよ」
蒼空が海面から顔を出して言った。
「そりゃそうだ。素手で獲られるようなまぬけな魚なんていないよな」
そう言って俺はもう一度潜ってみた。
小魚はたくさん泳いでいたが、とてもじゃないが素手で獲れるはずもないし、ましてや獲った経験のない俺たち素人ができるはずもなかった。
「航太~、どうする?このままだと食べ物ないよ」
「魚は無理かな」
俺は諦めてそう言った。
「山へ入ってみる?」
蒼空が後ろにそびえている山を見て言った。
俺と蒼空は海から上がり、服を着て山へ入ることにした。
「ねぇ、きみたち~」
そこに田地がやって来た。
「なんだよ」
俺がそれに答えた。
「魚、獲れそう?」
「いや・・無理」
「ええ~~!そうなの」
田地は意外だったのか、大声で言った。
「え・・なんでそんなに驚くの」
蒼空が、それこそ驚いて訊いた。
「だってさ、僕、もう全部食べちゃったんだ」
「・・・」
蒼空は呆れて無言だった。
「は・・?全部っておにぎりをか」
俺が訊いた。
「いや、缶詰も」
「は・・はあ?」
田地って・・なんも計画性がないというか・・バカなのか?
「それで、どうするんだよ」
俺が更に訊いた。
「だからさ~、きみたちが魚を獲ってくれればよかったのに~」
「いやいや・・ちょ・・。あのさ、田地くん。ここへなにしに来たんだよ」
「なにしにって、サバイバルだよ」
「あのさ、サバイバルの意味わかってる?」
「わかってるさ~。でもお腹が空くんだもん。しょうがないよ」
蒼空は無言で俺の腕を引っ張った。
俺は蒼空の気持ちを察し、田地を置いて山へ入ろうとした。
「僕も連れてってくれないかなあ」
俺たちの後ろで田地が言った。
俺と蒼空は立ち止まって振り向いた。
「連れてってよ」
「飯島くんはどうしたの」
蒼空が訊いた。
「なんか・・本とか読んじゃってる」
「本・・」
また蒼空が呆れていた。
「悪いけど、僕たち二人で行くよ。きみは戻って」
蒼空が突き放すように言った。
「そんなあ~冷たいんだね」
「いや・・そうじゃなくてさ」
「まあいいさ。それより山で何か獲れたら、僕にも分けてね」
なんだ・・この田地ってやつは・・。
俺と蒼空は顔を見合わせ、言葉を失っていた。