自己紹介
「おーい、席に着け」
周囲の視線を一身に受け、居心地悪くしていると出入り口の方から男の声が聞こえた。
幸いな事にその声に教練内の視線が出入り口の扉へと集まる。
僕もそれに倣って扉へと目を向けた。
青髪の優男が教室を見回している。恐らく彼がこの教練室の担当教官なのだろう。
年は二十後半だろう。見た目はただの優男であり、それなりの実力はあるのだろうが、入学式の厳つい主任教官に比べれば全く迫力がない。見た目で判断するのは失礼なのかも知れないが、あの厳つ過ぎる主任教官を見た後だと、どうしても見劣りするのだ。
魔力量としても、教官を務めるだけあってそれなりのようだが、
(…まぁ竜騎兵にはあまり関係ないよね…)
比べる対象を間違えている事に気づいた。
僕の判断基準は魔導士達であり、彼が戦士である事を加味すれば相当な魔力量だろう。
(………なんか目が合った?)
そんな事を思っていると、ふと教官と目が合う。一瞬だったが、僅かに凝視された気がする。
「うん、全員いるな。」
だが、何事も無かったように青髪の男は教卓へと向かった。多分、気のせいだろう。いや、気のせいだと思いたい。
「さて、まずは俺から自己紹介をしよう。ここ第五教練室の担当となるランガス・セルベスだ。宜しくな。」
爽やかな声でそう名乗ったランガス教官は教卓に手を付き、改めて生徒を見渡す。
「うんうん、みんな、初々しいな。まぁこれから数年間の付き合いになるが、一緒に頑張ろうな。」
そう言ってニカッと笑った。
真面目で良さそうな教官だ。凝視されたのが気になるが、些細な問題だと思いたい。それよりも重要な問題がある。
『………うーん、もう食えん…………』
(…アホがこんな時に……)
あのバカが心地よい陽気に当てられて居眠りしている事だ。非常に腹立たしい。完全に寝入っているようで寝言まで抜かしている。
「では、まぁ親睦の意味も込めてみんなも自己紹介してもらうじゃないか。」
(…もしかして僕にやらせる気?…)
起こそうと思ったが、それより前にランガス教官が大きな声を発した。その言葉に生徒達が「えぇー」「やる必要ある?」などと不満の声が上がる。内気な僕としてもその意見には大いに賛成だ。ただ、
「じゃ、そこの君から、順番にな」
教官には全く関係ない話であり、進行を止める気はないらしい。
僕としても別に予想していなかった訳でもないが、受け入れられるか、どうかは別問題だ。
僕は表情を隠すように顔の前で両手を組んだ。
ちょっと偉そうなのは許して欲しい所だが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
僕はこういう注目を浴びる事が大嫌いだ。僕はあの居眠りしているバカにやらしてやりたい所だが、居眠りのアイツを起こすのは骨が折れる。
「私は………」
「俺は………」
渋々と言ったように同級生となったばかりの生徒の自己紹介が始まっていく。
自己紹介をする声は聞こえるが、僕としては聞く余裕はない。
何度でも言うが、僕はこの瞬間が一番嫌いだ。
毎回、心臓を鷲掴みにされたように、動悸が激しくなり、胸が嫌でも締め付けられる。
喉がやけに乾き、額に汗がたらりと流れた。
みんなの刺すような視線が身体を突き抜けてくるのは否が応でも想像できてしまう。
(もう次だ…どうすれば…)
自己紹介の番がもう回って来そうだ。
(死刑人もこんな面持ちだったのだろうか。)
(馬鹿ぬかせ。な訳があるかよ……)
俺は呆れた目で相棒を隠れて見つめる。どうやら相当に参っているようだ。
普段であれば、相棒はそれなりに冷静沈着で、落ち着いて対処できるだろう。しかし、こういう場面では未だに取り乱すらしい。
(….だから、変わってやるって言ってんのにな……く、ククッ……)
心にも無い事を言葉には出さず、小さくほくそ笑む。
だが、相棒も予想していなかったわけではない。これも、
(…これも試練だと思、思って……クク)
駄目だ。楽しすぎる。何故イジメるのがこんなに楽しいのか。不思議で堪らない。
たらりと冷や汗を流す相棒をふて寝しながら見ては心の中でだけ嘲笑う。努めて冷静を装う相棒はやはり面白い。
(……アイツ、絶対に不貞寝している……)
僕がふとアイツを見れば、くつくつと笑っているような息遣いが聞こえてきた。
何となく思っていたが、確実に不貞寝しているだろう。何よりこの状況を楽しんでいる。
(…アイツ、あとでしばいてやる……)
ふとそんな事を思っていると、ランガス教官から声を掛けられる。
「次はカリル君。君ですよ?」
順番が回って来ても立ち上がらない僕に、ランガス教官はやや訝し気に見つめてきた。
(まだ心の準備が必要だが、もう無理そうだ。)
わざと反応をしなかったが、もはやこれまでだろう。別に対策をしていなかった訳でもない。それなりに考えてはきたが、心の準備が足りなかっただけだ。
僕は時間稼ぎも兼ねた小さな抵抗をやめて、ゆっくりと立ち上がる。
立ち上がる際、周りにバレないように荒い呼吸を密かに整える。
大丈夫。深呼吸で何とかなる。
「カリル・ルーセイルです。よろしく、お願いします。」
今の状態の僕が出せる精一杯の声で簡単な自己紹介をして、素早く席に着く。
声の震えが若干あったが、あの程度なら緊張で納得されるだろう。
自己紹介としては簡潔すぎる気もするが、これ以上続けるのは精神衛生上、大変良くない。精神の康の為でもあるが、僕自身も限界だ。
(あー、帰り)
「なぁ、もうちょっと話せないか?」
精神的疲労を癒していると、ランガス教官から声が掛かった。どうやら、足りなかったらしい。
確かに、他の生徒の自己紹介を断片的ではあるが、聞いていると他にもごちゃごちゃと話していた気がする。
(は?まだ僕に何かやれと?)
正直、もう無理だ。何なら、今すぐに帰りたいくらいだ。それにあれだけ“自分としては”頑張ったのにまだ話せとか、鬼ですか?
僕は強いストレスを感じながらも、もう一度立ち上がる。
(帰ったら、アイツでストレス発散しよう)
「えっと、風魔法が使えます。剣術は素人ですが、頑張りたいです」
声は辿々しく、おどおどしてしまったが、最後まで話しきった。自分で自分を褒めたい。
疎らながらも拍手が起こった。
ランガス教官も、「まぁ良いかな」って顔で拍手をしている。
なんか苛つく。
こんな事なら、アイツが寝る前に変われば良かったと今更ながらに思う。
「何アレ、アレであの放蕩人の息子?」
「愛想がねぇわ…」
「あんなの、どうやって入ったんだ?」
「何だ、あれ。鈍臭いな」
周りから微かな小声も聞こえてくるが、やはり、悪口の類だった。
まぁ予想通りではあったのだが、どうにも冷ややかな視線の数が増えた気がする。それに教室が若干冷えたような気もするのは気のせいではないだろう。
もしかしてさっきの自己紹介はかなり不味かったのだろうか。
見渡したい衝動を我慢して、席に着く。見渡し、目が合えばどんな難癖をつけられたか、溜まったものではない。このまま嵐が過ぎ去るのを待つのが得策だ。
「じゃあ、次。」
その間にもランガス教官が次を促せば、隣のの椅子が引かれる音が聞こえ、立ち上がった気配がした。先程の女生徒だろう。視線だけ軽く動かす。
「私はソフィー・セーベルと言います。特に得意な物は無いですけど、水魔法が使えます。よろしくお願いします」
赤い制服の彼女は笑顔で締めるとサッと座る。
自己紹介は自分と同じく簡潔ではあるが、どうやら好感触らしい。自分の時よりも明らかに拍手が多い。
(何故だ。何故好感触なのだ………)
………理由は分かっていても、思わずにはいられなかった。
「じゃ、次に行こう。その後ろの子行けるかい?」
ランガス教官も軽く次を促す。何故なのだ。
「は、はい……」
『んあ……?』
目を覚ませば自己紹介はかなり進んでいるようだ。うたた寝をしていた間に最後の方になっている。
「ぼ、僕はアルセイン・ルセット、です。剣が得意で、えっと魔法は苦、苦手です。そ、そのお、終わりです」
(……相棒以上の逸材だな……)
赤の制服の青年は相棒以上に口籠もりながら、言い終える。それに随分と早口であり、全部を聞き取る事はできなかった。
(……本当に男なのが口惜しい……)
何度目か分からない溜息が出る。あどけなさの残る童顔に何処か怯えを伴っているのが余計な庇護欲を駆り立てた。だが、それ以上に周りに目がいく。いや、いってしまった。
(……なるほどね……何か嫌な予感が止まらない……)
それなりの理由もあるかも知れないと思ったが、その理由はすぐに分かってしまう。本当に気づきたくはなかったが、気づけばどうしようもない。
「へへへっ…」
「ふん……」
「………」
(……アイツら、絶対問題児集団だろう……)
周りの反応は俺以上に酷い物だ。誰も拍手は起きない。嘲り、見下しているのが手に取るように分かる。
誰もが汚物を見るように蔑むか、化け物を見るような視線が集まった。あれだけの美貌なのに、好意的な物は一切ない。
まさしく異常だ。本来なら好意的な反応しかないというのに。
「あの子が噂の?」
「えぇ。だけど、こんなにも……」
「全く、平民の分際で……」
「気味が悪い……」
彼も彼で有名人だったらしい。今度は其処彼処で騒つき始める。
それにしても、
(お仲間じゃん………)
ここまで来ると、少し開き直り始めた。
どうにも悪い意味の有名人仲間らしい。まだ確実に調べ切れてないが、何となくその理由も分かる。
(…右腕………)
じっと観察すればすぐに分かる事だ。彼はずっと右腕を庇っていた。恐らく何か右腕に持っているんだろう。
(まだ調べれてねぇが、何となく分かる気もする…)
彼の右腕からは俺と似たような気配を感じる。俺の目では分からねえが、それでも気配が俺に教えてくれる。
(………ハァ……………厄介な………)
何となく彼に優しくしようと思った。周りに怯えるその気持ち、少しは分かる気がするから。きっと相棒も同じだろう。それに相棒の性格上、確実に厄介事に足を踏み込む筈。思わず天を仰ぐが、口元だけはニヤリと弧を描いていた。
「はい、次行くぞー」
ランガス教官だけが空気を読めていないのか、普通に進行させていく。
僕が少しだけ後ろを向けば、彼はまだ俯いている。その理由は僕の目にはハッキリと分かった。
(…アイツなら分かってくれるよね?……)
恐らくアイツも同じだろう。本当なら疎遠にすべきだろうが、そんな事、僕にはできない。短い間とは言え、せっかく仲良くなったのだ。
(僕は彼を見捨てる事はできない……)




