中立派の教官
(憂鬱だ……)
俺は準備をしつつ、心の中でだけ溜息を吐く。その理由は勿論、先日の職員会議にあった。
この学校に侵入者を許した事もそうだが、
(……最期の反抗……いや、悪足掻きか……)
問題は平民派による“宣戦布告”とも取れる発言だ。
それによって、現在進行形で職員室は大きく三分割されている。
平民派を排除せんとする好戦的な貴族で構成される貴族派、最期の悪足掻きとも取れる抵抗をする平民派。
(……無駄な事を。余計な波風を立てるなよ……)
どちらにも属さない中立派である。争いを好まない現状維持者、抵抗をやめた敗残者、面倒事が嫌う者達で構成、いや、寄り集まって出来た野次馬だ。 俺は端くれも端くれの下級貴族とは言え、面倒事を嫌い、中立派に属している。こちらとしては勝手にやってくれと思っているが、どうにも仕事がやりづらくて敵わない。
(……平民派の奴ら、六年前の粛清から何も学んでいない……)
平民派も平民派だ。無駄な抵抗を見せるのは結構だが、結果は目に見えてわかる。以前の影響力ならば貴族派とも張り合えただろうが、今や風前の灯火。我が国の王からも危険視され、現に蜂起を起こした反乱分子なのもいけない。
誰の目からも排除されるべき存在なのは明らかだ。
そんな奴らが最期の悪足掻きとも取れる行動には辟易としてしまう。恐らく今回の“宣戦布告”により近い将来には完全に“淘汰”される事だろう。
「いいか、ランガス教官」
教練室へ向かう準備をしていると背後から迫力のある声が掛けられた。俺はその声に渋々振り返る。
「お疲れ様です。バートル主任教官」
男の俺でさえも、見上げるだけの巨躯。その巨体に相応しく、盛り上がる筋肉には数多くの古傷が見て取れる。普段から厳つい男だが、近くで見ると余計に凶悪な風貌に顔が引き攣りそうになった。
「おう、お疲れさん。精が出るな」
ニカリと圧のある笑み。見た目に寄らず、温和な彼は朗らかな笑みを見せているつもりなのだろうが、その笑顔が余計な恐怖を掻き立てる。
「それで、何か御用でしたか?」
「あぁ、折り入って頼みがあるんだ」
何となく嫌な予感を覚えた。主任教官からの頼み事は碌な事がない。
「取り敢えず時間もあまりないので、歩きながら、あと面倒事は嫌ですから」
「ハハハ、これは手厳しい。だが、別に大した事じゃないさ」
俺が立ち上がり、職員室を出れば主任教官もそれに倣って一緒に出てきた。あの場では何かと話しづらい。
彼が平民派の教官という事も関係し、中立派とは言え、目をつけられたくはない。それ以上に親しげに会話している所を見られる訳にはいかないのだ。
「それで頼み事って何ですか?」
上司であり先輩の発言へ即座に断りの言葉を告たが、昔からの押しの強さには今も勝てないようだ。歩きながら話の続きを促す。
「友人の子供に目を掛けてやって欲しいんだ。お前のクラスに配属されるだろうからさ」
「……まさか、あの“狂犬”の息子とかって言いませんよね?」
「ハハハハハハ」
頼まれ事自体、思っていたよりは面倒では無さそうなお願いだったのだが、違和感を覚えて、懸念した事を付け加えれば見事なまでの愛想笑いが返ってきた。
どうやらアタリらしい。
“狂犬”。
とある一介の兵士に付けられた二つ名だ。勿論、彼の性格を指した二つ名であり、思わず天を仰いだ。
「…大丈夫ですか?まともなんでしょうね?」
「…多分大丈夫な筈だ…多分な…昔はいい子だったから、今も大丈夫だろうさ!」
その返答に思わず顔が引き攣る。昔ならいざ知らず、今は面識はないらしい。希望的観測しか話せないようだ。それでもよりによってとは思わずにはいられない。
「……先輩……」
「…頼む。お前だから頼んでいるだ。あの子は目をつけられ易い。中立派とは言え貴族であるお前が目を光らせてくれれば、あの子も心配ないから」
俺が何かを告げる前にしおらしく頼み込んでくる。ご丁寧にも頭を深々と下げて。
こんな先輩を見るのはいつぶりだろうか。
「……俺、下級貴族なんで大して役に立ちませんから、期待しないでくださいよ?」
本当は断るつもりだった。だったのに、思っていた以上に真剣に頼むので思わず了承してしまう。あの豪快な先輩が頭を下げてまで下手に出るのは珍しい。
俺の返答に先輩は再び頭を下げる。
「……すまないな……」
「…謝るくらいなら、先輩も平民派なんてやめて中立派に来ませんか?…そんな面倒事にも悩まされませんよ?」
(今なら、今なら受けてくれるかも知れない…)
平民派の奴は嫌いだ。世間の事を何も知らない奴ばかり。でも、先輩は違う。だからこその誘いだった。
まるで世間話のように俺は先輩へと告げる。六年前と同じように。視線だけはその時よりも真剣に。
「……ハハハ、すまないな………」
しかし、その返答は六年前と全く一緒だった。でも、あの時とは違い、どこか諦めのような笑みをみせている。何となく分かってはいたが、思わず目を伏せた。
「……馬鹿ですね。だから昔から貧乏クジばかり引かされるんですよ……」
「……あぁ、分かっているさ……」
誤魔化すように軽口を叩けば、いつもは少し怒ったように笑う先輩はもう居ない。
代わりに困った表情で笑う先輩に俺は歯噛みした。
(…何処に泥舟だと分かって乗り込む大馬鹿が居るんですか………)
前回を乗り越えれた先輩とは言え、今回は無理だ。今回は王室が本腰を入れて、排除に乗り出している。多くの血が流れる事だろう。それこそ、六年前の粛清と同じ。いや、それ以上に。
先輩も頭では分かっているだろうに、逃げるつもりはないようだ。人望の厚い先輩らしい判断ではあるが、それが余計に腹立たしい。
「…じゃ、あとは頼むぜ…ランガス教官」
「分かりました。任されましたよ」
一瞬の沈黙の後、話は終わったとばかりに、肩をポンと叩いた主任教官は足早に去っていく。主任教官は何かと忙しいようだ。
説得には失敗したが、チャンスはまだある。俺も俺にしか出来ない事に専念するべきだろう。
(…バカな先輩は放っておいて、問題児と向き直る時間かぁ……)
前を向き直れば教練室の扉が見える。何故だろう。全く開けたい気持ちにはならない。
(……今度、教会に祈りにでも行くか…)
心の中で決心すると、勢いよく扉を開ける。
「おーい、席に着け」
(……あれはランガス・セルベス男爵。見た目だけなら、ただの優男だな……)
扉が開かれて入ってきたのは青髪の年若い男だ。見た目は特に特徴もないただの優男ではあるが、その足捌き、気配は只者じゃない。
(元貴族派にしては中々やるな。腐っても鯛、て言ったところか?)
彼に関しては軽くだが調べがついている。
元貴族派の地方子爵。昔、王命に背いた事で男爵に降格。それを機に貴族派を離脱し、中立派へと入る。
小さいが領地を所有し、その経営も順調。貴族の代名詞である不正行為も特にはなし。叩けば多少の埃は出るだろうが、問題の範囲外。今の時代には似つかわしくない貴族だ。
しかし、その性格は温和とは言え、貴族至上主義たる発言も散見される。
現在は妻一人、子供一人で王都暮らし。使用人付きの邸宅住まいだ。
(…普通だな…平民派と繋がりがある以外は…)
中立派であるはずの彼だが、どうにも平民派と繋がりがあるのが不思議な所だ。
(気にかける価値もない…いや、頭の片隅には留めておくか…)
俺は静かに独りごちる。
何の繋がりがあろうと大勢に影響はない。味方か敵なのか判別できればそれで良い。少なくとも味方であろう事さえ分かればそれで良いのだ。
誰がどのような人物で、どんな集まりに属しているか、学園内の敷地情報、人の出入り、警備状況も把握してある。彼らにとっては門外不出なのだろうが、俺にとっては関係ない。それでも思う事はある。
(……やっぱ人手不足は否めんか……)
やはり俺一人では圧倒的に手が足りない。ここまで調べるのにも何ヶ月と掛かっている。それにまだ生徒に関してもまだ調べ切れていない。調べ切れていないが、懸念事項は無いと言ってもいいだろう。
(…サボるか………)
どうせ何があったとしても、俺と相棒なら何とでもなるだろう。それに今日は疲れた。あとは相棒に任せればいい。
俺は静かに居眠りを始めるのだった。




