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9 行けない理由、行ける理由


 さて人間というのはおかしなもので、大人も子どももふだん口でなんて言っていようといざそういう場面になってみたら、今までああしてみたいとかこうしてやるんだとかいっていたことを全部忘れてしまって、へんな言い訳をしだすことがある。ちょうどこの時の悠もそうだった。


 あんまりにもすごいことが次々と起こりすぎたせいで頭の中がいっぱいになったせいだ。あんなに行きたい、ボクも同じような冒険がしたいのに! ほんのついさっきまで、ウサギの言葉を聞くまでワクワクドキドキしていたはずなのに、いざせっかくのアリスやドロシーみたいな大冒険へのご招待が本当になってしまったら変ないい訳をしだしたのだ。


「……でも、でもね。いきたいけど、そりゃいきたいけどね。あのね、ボク、もうすぐ赤ちゃんが生まれるからさ。もうすぐお兄ちゃんになるから、ちゃんと生まれるのをまってないといけなくて。それにね、ボクが急にいなくなっちゃったらお父さんとお母さんが心配するだろうし、あと夏休みだからしゅくだいもやらないと……ってこれはいいか。とにかくいきたいけど、冒険したいけどボクいけない。いけないよ」


 そんなことを目のはじっこに大きな涙をうかべていう悠。

 

 でもここはウサギもさるもの。何せ本人のいう通りならアリスの時代からずっと悠のような少年少女を不思議な冒険に招待し続けているのだから。つまりご招待のプロなのだ。だからこんなことは慣れっこで、そしてそんな子どもたちの本当の気持ちを誰よりも分かっていたから、あわてず騒がず驚かず、悠に話しかけた。


「ユウ、ご心配はもっともです。でも大丈夫」


 そしてまずは……といってからまた頭にかぶった帽子をとってそこからきれいに金色に装飾された長めの筒を取りだした。先っぽはどっちも丸くて片方は大きなレンズ、もう片方には小さめのレンズがついている。


「ぼうえんきょう? だよね。ボク知ってるよ、すっごく遠くが見えるやつだよね。理科の授業とかでつかったことあるから知ってる」


 そう、望遠鏡だった。にっこりと笑って――少なくても悠には目の前のウサギがニッコリ笑っているように思えた――ウサギはまず自分でそれをのぞきはじめた。そうしてからこういったのだ。


「さてユウ。今どこかユウが見てみたいと思う場所、ありませんか?」


「え? そんなの急にいわれても……」


「じゃあ、最近いってみたいなぁと思ったところでもいいですよ。本当にどこでも結構ですので。気軽に、気軽に」


 そういわれて悠はとある場所のことを思い出した。友だちのけいちゃんが話していた沖縄のはなしの中で出てきた悠が知らない場所のことだ。


「……じゃあパイナップル園が見たいな。おきなわの、パイナップル園」


「オキナワの、パイナップル園ですね? かしこまりました、少々お待ちくださいね」


 ウサギはそういってから望遠鏡の筒をくるりくるりと回す。回すごとにカチッカチッと小気味いい音が鳴り、やがて

ピントが合ったのだろうか? おお、これはすごいといってから悠に望遠鏡をわたしてきた。


 こんな小さな部屋で望遠鏡なんてどうしてだろう? と悠は思った。望遠鏡っていうのはそれはそれは遠いところがまるで目の前にあるみたいに見えるすごいものだからこんな部屋の中でつかっても……、と思いながら望遠鏡をのぞきこんでみると。


「うわ! 何これ?」


 といいビックリしてしまい思わず望遠鏡を落としてしまいそうになった。おかしい。ウサギはニコニコと悠の様子を見ているけれど、悠はそんなことにはまるで気づかずにもう一回望遠鏡をのぞきこんだ。


 見えたのは望遠鏡の先にあった悠の部屋の壁ではなかった。青い青い空が見えたのだ。その青い空がなんだかすごく高い。間違いなく部屋の中以外の場所が見えていた。そのままゆっくりと下のほうを見てみると、そこにはまるでしきつめられたかのようにパイナップル、パイナップル、パイナップル。その中を汗をかきながら働く人の姿が見えた。


「……ここどこ? っていうかこれ何?」


 悠がウサギに尋ねるとウサギはそれはそれは誇らしそうにこう答えた。


「はい、そこは先ほどユウが見てみたいとおっしゃったオキナワ? のパイナップル園でございます。それで、その望遠鏡はどこでも見たいところが見える不思議な不思議な望遠鏡でして、私の持っている不思議な道具の中でも自慢の一品でございます」


「これが……パイナップル園?」


 そういってもう一度望遠鏡をのぞきこむ。何度見ても望遠鏡の先に見えるのは見えるのは部屋の中の景色ではなく、青い青い空とその下に広がる地面を埋め尽くすように生えているパイナップルの姿。悠が想像していたのとはまるで違う。まず悠はパイナップル園っていうのはイチゴと同じようにビニールハウスの中にあって、イチゴみたいにパイナップルがぶら下がっていると思っていた。だからあんなぬけるように高い空の下で太陽をさんさんとあびながら育つ地面いっぱいのパイナップルなんて想像もしていなかったのである。


「……パイナップルってじめんから生えるんだ」


 けいちゃんのバカ、と悠は思った。こんなにすごいところにいってきたのにこんな大事なことをボクに言い忘れるなんて。パイナップル園はビニールハウスの中じゃなく、青空の下にあって、パイナップルはじめんから生えるって教えてくれなかったじゃないかと望遠鏡の向こうの景色を夢中になって見ていた。


「ユウ。そろそろよろしいですか?」


 悠はハッとした。あまりにもすばらしい沖縄の、パイナップル園の景色に夢中になっていたせいで、もっとすごいことについて尋ねることを忘れてしまっていたのだ。


「ウサギさん! これなにこれ。どうしてパイナップル園がみえたの? じゃあさ、じゃあさ他のところも見える?他のところも見えないの?」


 興奮を隠しきれずにまくりたてる悠にウサギはやさしく、そして得意げにこういった。


「もちろんですとも。ちょっとお貸しください」


 そういって悠から望遠鏡を受け取るとまた筒を回して音がカチリカチリと鳴る。そしてまたはいどうぞという言葉とともに渡された望遠鏡の先にうつっていたのは、朝の霧に包まれたロンドンの街とおおきなおおきな時計台の姿。ウサギがおどろいている悠の手にそっと手をそえてまたカチリカチリとすれば今度は朝日に照らされた運河をゴンドラが行き交うヴェネツィアの光景、そしてもう一度カチリカチリと音が鳴って悠の目に飛び込んできたのがライトに照らされた自由の女神の姿だった。


「うわぁ……、すごい」


 あまりにすごすぎて声に出てしまう。悠は今までロンドンの街も、ヴェネツィアのゴンドラも、自由の女神もテレビの中でしか見たことがなかったし、正直自由の女神以外の二つはそれがどこなのか、ちゃんとわかってさえいなかったのだけれどそれが日本ではない遠い遠い国の景色であることだけはよくわかったのである。


 そんなすごいすごいと望遠鏡の先の景色に心を奪われている悠を一時放っておいて、ウサギは何故だかまた紅茶を入れだした。ティーポットとカップを温め、ポットに茶葉をいれ、適温のお湯を高いところから注ぐ。ポットにコフィをかぶせてから満足そうにうなずいてから、ウサギはひょいと望遠鏡をとりあげた。思わず何するの? とおおきな声をあげようとした悠にウサギはウインクを一つしてこういったのだ。


「それではユウ。こちらをごらんください」


 そういってまたカチリカチリ。渡された望遠鏡の先に見えたのは……。


「……おかあさんだ」


 そこには病院の中庭をゆっくり歩くお母さんの姿があった。大きなお腹をかかえて、ゆっくりと気分よさそうに歩いている。


「ね? この望遠鏡があるので私はいつでも見たいところが見れますから、もしユウのお母様に何か御変わりがあればすぐに報せてさしあげられますし」


 そこでいったん言葉をきったウサギはタキシードの内ポケットに入っていた金色の懐中時計を取りだした。透明なカバーにおおわれたその時計は、チクタクチクタクと一定のリズムを刻み続けている。それを望遠鏡から目を離してみた悠は何故だかこう思った。


(まるであの時計の中に宇宙が入っているみたい)


 初めて見る満点の星空に目を奪われているかのような悠を置き去りに、ウサギは説明を続けた。


「ユウ、この時計は私の持っている不思議な不思議な道具の中でも特に優れた一品でして、実に様々な機能を持っているのですよ。その中に『時間を知らせる』機能というのがございまして……」


 そういいかけたところでチンチンチンチンと小さく何度も鐘を打つような美しい音で、悠はハッと目を覚ましてみたいに気を取り戻した。


 その音にウサギはほらね、といって振り返りコフィを外してポットから香り高い紅茶をいれる。


「だからお約束いたします。必ず赤ちゃんが、ユウの大事なおとうと様かいもうと様が生まれるその前に、私が責任をもって悠を迎えに参りますから」


 そういってまたウサギはニッコリ笑ったのである。


 それを聞いて悠は思った。あの時計をみてボーとしていたのでウサギの話はあんまり聞いていなかったのだけれど、あの時計が何だかものすごいものなのはなんとなくすごくよく分かってしまったので、それならボクは冒険にいってもいいのかもしれないと。でもそこで思い出した。


「……赤ちゃんのことはわかったよ。でもさ、急にボクが何日もいなくなっちゃったらお父さんビックリしちゃうし、お母さんも心配で安心して赤ちゃん生めなくなっちゃうし、やっぱりボクいけないよ」


「ふむ、それはこまりましたね」


 悠がそういうとウサギは少しだけ困ったような……フリをしてから、また帽子に手を突っ込んで何かを取りだした。


 真っ白な手の上にのったそれは、何故かテカテカしたつやのある灰色っぽい色をした土のかたまりのようなもの。悠にはそれが何かわかった。


「ねんど?」


「えぇ。粘土です」


 悠も粘土は知っていた。今でも学校の授業で使ったりするし、幼稚園に通っていたころに悠はものすごく粘土遊びにはまっていた時期があって身近な遊び道具の一つだったからだ。


 だから悠はちょっとがっかりした。なんだねんどか、と。そんな悠にウサギは申し訳なさそうにこう切り出した。


「ユウ、お願いがあるのです」


「なに、ウサギさん」


「あの、ユウの髪の毛をですね。一本拝借できないかと」


「え? ボクの髪の毛をなに? どうすればいいの?」


「えっと、ユウの髪の毛をください」


 そういわれて悠は自分のサラサラの髪の毛を一本エイヤッと抜いてウサギに差し出した。


 その髪の毛を、ありがとうございますといって受け取ったウサギはそのまま粘土にはさんでこね始めた。


 見る間にぐにゃぐにゃになる粘土。それはいつの間にかふうせんガムみたいにふくらみはじめてすぐにウサギの姿を隠してしまうほど大きくなった。あっけにとられる悠をまた置き去りにしてふくらんだ粘土は形をとり始め、一度ぎゅっとちぢんで長細いクッションのようになり、次に頭と手足ができてそこからみるみる人間みたいになっていき、目や口や鼻ができて、最後に髪の毛ができてついでに服まで着た男の子、それも悠とうり二つの格好の男の子がそこにいた。


「やぁ、ボク」


 今度こそ悠は目の前の光景に目がまん丸になってしまった。ウサギと出会ってからの中の出来事の中でも一番驚いたかもしれない悠は、思わず目をまん丸にして自分とうり二つの目の前のナニカが、いつも鏡ごしに見ているじぶんがそこにいた。その後ろではしてやったりという顔をしているウサギ。


「ユウ、先ほどの粘土は誰かの体の一部と一緒にすることによってその人の身代わりになるというとても不思議な粘土でして、これをつかえば一週間ぐらいでしたらユウの代わりをしてくれますからお出かけしても大丈夫ですよ」


「うん、ボク。だいじょうぶだよ」


 今までで一番ぐらいにおどろいた悠だったけれども、このころには悠はもうおどろきの連続でおどろきすぎて感覚がおかしくなってしまっていて、おどろきながらも目の前に自分とうり二つの何かがいることが面白くてなってきて、まず右手をあげてみた。


 そうすると同じように右手をあげる悠そっくりの何か。次に左手をあげて、右手をさげる。そうして次々と同じ動きを鏡合わせでやっていくうちに二人の悠がおかしなダンスを踊っているようになって、これにはさすがのウサギも笑いだしてしまった。


「あはは、これはおかしい」


 そんなウサギの言葉に、


「「なんだよ、ウサギさん。おかしいってひどいじゃないか」」


 二人の悠が声をそろえていう。


 そしてもう一人の悠がこういった。


「ねぇ、ボク。こんな感じでうまくやっておくからさ。行っておいでよ、ウサギさんと一緒に冒険にさ」


 行きたいんでしょ? と最後に付け加えるように言われて悠はこくんとうなずくことしかできなかった。


 そして考える。


(赤ちゃんがいつ生まれるかはウサギさんが教えてくれる。ボクがいない間の代わりはもう一人のボクがやってくれるみたい。あとは夏休みの宿題だけど……)


 この時悠の夏休みの宿題は、まだだいぶ残っていた。ただし悠は夏休みの宿題は毎日コツコツやるタイプで毎年ほかの友だちのように夏休みの最後のほうに急いでやらないといけないっていう経験はなかった。


 何より夏休みの宿題なんかで不思議な冒険へのお誘いを断るなんて間違っている。悠はそう思った。


 だから、


「じゃあボク行くよ、ウサギさん。ボクを冒険につれてって!」


 その言葉にウサギはにっこりと笑った。そして、


「それではユウ。すぐに参りましょう……、といいたいところなのですが」


 といって一度言葉をきって、ばつが悪そうにポリポリとほおをかきながら、


「……実はまだ入り口が見つかっていないのです」


 ととんでもないことをいってきたのである。


感想、および誤字・脱字ありましたらよろしくお願いします。次回投稿は28日(水)を予定していますが、いければもう少し早く投稿します。


※ 正直、あんまり納得のいく表現がやり切れていないのでこの部分に関してはいつか改稿する予定です。

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