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第9話 盗賊団討伐作戦 後編

ここの話を書いてるとき、常々思ったんですよね。

日本語がいかに難しくややこしいかと。読みは同じでも当て字、そして意味が違う言葉が大量に存在してますから。

「ほう、これは……。上手く地形を利用して建ててますね」



亜弥は目的地に建てられてる砦を見て、感心したように言う。

華琳達の視線の先に有る盗賊団の砦は、山の影に隠れるようにひっそりと建てられていた。



「フッ……。敵もそれなりに頭を使ってるみたいだな」


「そうですね。あの子、許緒さんと出会った場所から距離はそれ程ありませんが……これでは、よほど上手く探さなきゃ見つからなかったでしょうね」


「砦と言っても、まだ豆粒ほどの大きさしかないんだけど……」


「そこは仕方ないだろ。これ以上近づくと敵に見つかるからな」



零治達の会話をよそに、華琳は季衣に他の盗賊団が居ないか確認を取り、季衣は首を横に振り答える。



「許緒、この辺りに他に盗賊団は居るの?」


「いえ。この辺りにはアイツらしか居ませんから、曹操様が探してる盗賊団っていうのも、アイツらだと思います」



それを聞いた華琳は秋蘭に視線を移し、敵の人数を聞く。



「敵の数は把握できている?」


「はい。およそ三千との報告がありました」


「我々の隊が千と少しだから、三倍ほどか……。思ったより、大人数だな」



春蘭は難しい顔をして言うが、今回の討伐の作戦の立案者である桂花は桂花は余裕たっぷりの笑みを浮かべている。



「もっとも連中は、集まっているだけの烏合の衆。統率もなく、訓練もされておりません故……我々の敵ではありません」


「けれど、策はあるのでしょう? 糧食の件、忘れてはいないわよ」



華琳にそう言われても桂花は余裕の笑みを崩さずに静かに答える。



「無論です。兵を損なわず、より戦闘時間を短縮させるための策、すでに私の胸の内に」


「説明なさい」


「まず曹操様は少数の兵を率い、砦の正面に展開してください。その間に夏侯惇、夏侯淵の両名は、残りの兵を率いて後方の崖に待機。本隊が銅鑼を鳴らし、盛大に攻撃の準備を匂わせれば、その誘いに乗った敵は必ずや外に出てくる事でしょう。その後は曹操様は兵を退き、十分に砦から引き離したところで……」


「私と姉者で、敵を背後から叩く訳か」


「ええ」



桂花は小さく頷く。

そこへ、それまで説明を聞いていた春蘭が渋面を作り、声を荒げながら口を挟んでくる。



「……ちょっと待て。それは何か? 華琳様に囮をしろと、そういう訳か!」


「そうなるわね」


「何か問題が?」



桂花はいたって冷静に返答するが、春蘭はさらに声を張り上げ反論してくる。



「大ありだ! 華琳様にそんな危険な事をさせるわけにはいかん!」


「なら、貴方には他に何か有効な作戦が有るとでも言うの?」


「烏合の衆なら、正面から叩き潰せば良かろう」



春蘭は桂花の問いに、真顔で答える。



「…………」


「…………」


「……春蘭。それは作戦とは言わねぇだろ……」



華琳と桂花は春蘭に呆れた視線を向け、零治も呆れ果てた表情でツッコミを入れる。

しかたなく桂花は、春蘭にも理解できるように分かりやすく丁寧に改めて説明をする。



「油断した所に伏兵が現れれば、相手は大きく混乱するわ。混乱した烏合の衆はより倒しやすくなる。曹操様の貴重な時間と、もっと貴重な兵の損失を最小限にするなら、一番の良策だと思うのだけれど?」


「な、なら、その誘いに乗らなければ?」


「…………ふっ」



なお食い下がってくる春蘭。その姿を見た桂花は長い間をおいて鼻で軽く笑い、バカにした視線を向ける。



「な、なんだ! そのバカにしたような……っ!」


「曹操様。相手は志も持たず、武を役立てる事もせず、盗賊に身をやつすような単純な連中です。間違いなく、夏侯惇殿よりも容易く挑発に乗ってくるものかと……」


「…………な、ななな……なんだとぉー!」



桂花の言葉に春蘭は顔を赤くして憤慨するが、これ以上無駄な時間を割く訳にはいかないので華琳が春蘭をなだめる。



「はいどうどう。春蘭。貴方の負けよ」


「か、華琳様ぁ……」


「……とはいえ、春蘭の心配ももっともよ。次善の策はあるのでしょうね」


「この近辺で拠点になりそうな城の見取り図は、既に揃えてあります。あの城の見取り図も確認済みですので……万が一こちらの誘いに乗らなかった場合は、城を内から攻め落とします」



桂花の二重の策の説明を聞いた華琳は満足げな表情で頷き、作戦の決行を決定する。



「分かったわ。なら、この策で行きましょう」


「華琳様っ!」


「これだけ勝てる要素の揃った戦いに、囮のひとつも出来ないようでは……この先の覇道など、とても歩めないでしょうよ」


「その通りです。ただ賊を討伐した程度では、誰の記憶にも残りません。ですが、最小の損失で最高の戦果を上げたとなれば曹孟徳の名は天下に広まりましょう」


「な、ならば……せめて、華琳様の護衛として、本隊に許緒を付けさせてもらう! それもだめか?」


「許緒は貴重な戦力よ。伏兵の戦力が下がるのは好ましくは無いのだけれど……」


「私が許緒の分まで暴れれば、戦力は同じだ。それで文句は無かろう!」


(なんて無茶苦茶な戦力計算式なんだ……)



零治が呆れながら春蘭を見る。

しかし、思ってる事まで口にすれば話が更にややこしくなってしまうので、それは胸の内に仕舞い込んでおいた。



「でも……」



桂花は納得のいかない様子で言葉を濁す。

このままでは話が先に進まないので零治が溜め息を一つ吐き、季衣の代わりを務める意思を示す。



「はぁ……。だったらオレが季衣……許緒の代わりを務めてやる……」


「はあっ!? アンタなに言ってるのよ! アンタは本隊に残って曹操様の護衛に徹してもらうんだからっ!」


「本隊には許緒だけじゃなく、亜弥、奈々瑠に臥々瑠も居るんだ。オレ一人が抜けるぐらい問題ないだろう? それとも、お前は自分が考えた策に自信が無いのか?」



零治は桂花に挑発的な笑みを向けながら言う。零治のその態度が癇に障ったのか、桂花は歯をギリギリと食いしばり睨み返し不満な態度を現しながらも、零治の提案を受け入れる事にした。



「ぐっ……! 分かったわよ。なら、囮部隊は曹操様と私、許緒と神威、奈々瑠と臥々瑠。伏兵は夏侯淵と夏侯惇、音無。これでよろしいでしょうか、曹操様」


「それで行きましょう。零治、貴方の働きに期待させてもらうわよ」


「まっ、期待を裏切らない程度には働いてやるよ。なら亜弥、そっちは任せたぞ」


「ええ。任されました」


「奈々瑠、臥々瑠。亜弥の言う事をちゃんと聞くんだぞ?」


「はい。兄さんも気をつけて」


「は~い♪ こっちは任せといて」


「では作戦を開始する! 各員持ち場に付け!」



華琳が力強い声で兵達に指示を出し、各部隊の兵士たちが慌ただしく動き出す。


………


……



春蘭の隊が離れていき、華琳達本隊の手勢は数える程度の数になる。



「いよいよですね……」


「へへっ。腕が鳴るね」


「二人とも、あまり派手な真似はしないでくださいよ?」


「…………」


「ん? 許緒、どうかしたんですか?」



先程から無言で緊張気味の季衣に亜弥が話しかける。



「あ、姉ちゃん」


「ね、姉ちゃん……?」



亜弥は思わず怪訝な表情になってしまう。



「ダメだった? 兄ちゃんの事は兄ちゃんって呼んでるから」


「まあ、別に構いませんけど……」


「やった~。じゃあ三人とも、ボクの事は季衣って呼んでね。春蘭様と秋蘭様も、真名で呼んでいいって言ってくれたし」


「そうですか。それで、さっきから黙ってどうかしたんですか?」


「うん……。その、なんだか緊張してきちゃって……」


「緊張? あぁ、華琳の護衛をする事にですか?」


「うん。たいやく、なんだって」


「そうですね。華琳を守る仕事ですから、もの凄い大役ですね」


「そっか……。姉ちゃん達は凄く落ち着いてるよね?」


「まあ、私達は実戦経験がありますから。そのせいでしょう?」


「そうなんだ。確かに、三人とも強そうだもんねぇ」


「確かに強いですけど……私、近接戦では季衣に絶対に勝てないと思いますよ……」


「えっ、どうして? 剣を持ってるのに」



季衣は亜弥の腰に下げられてる双龍を指差しながら不思議そうな顔をする。



「確かに剣は持ってますけど、コレ本当は弓なんですよ」


「そうなの? ……あれ? でも姉ちゃん、矢を持ってないじゃん」


「あぁ、矢はこうやってですね……」



亜弥はそう言いながら、右手の平に魔力を集中させ青白く光り輝く一本の矢を創り出した。



「その場で創る事が出来るので、持っとく必要が無いんですよ」


「うわー! すげーー!!」


「あまり驚かないんですね?」


「うん。曹操様から聞いたけど、姉ちゃん達って天の御遣いなんでしょう?」


「まあ、一応そういう事になってますが……」


「だったら、別に驚く必要も無いと思って」


「そうですか。じゃあ、あの二人の頭に犬耳と尻尾が付いてるのも?」


「うん。まあ、初めて見たときは驚いたけど……」



季衣は奈々瑠達を興味津々の眼差しで見ながら話しかける。



「ねえねえ、二人とも」


「何ですか?」


「な~に?」


「その……頭にあるその耳って本物なの?」


「はい。本物ですけど」


「……それがどうかしたの?」


「その……ちょっと触ってもいいかなぁと思って……」


「……えぇっと、それはその……」


「う~ん……」



零治達以外の人間に触られるのがもともと嫌いなため、奈々瑠と臥々瑠は返答に詰まってしまう。



「ダメ?」


「「うっ……」」



季衣は上目遣いの視線で二人に問いかける。



(この視線は反則でしょう!!)


(うぅ……。視線が痛いよ~……)


「えっと……また今度でいいですか、季衣さん? 今は大事な戦いの前ですし……」



なんとかその場をごまかすために奈々瑠はそう言うと、季衣も納得したのか軽く謝りながら引き下がる事にした。



「あっ、そうだね。ごめんごめん」



そこに桂花がやって来て、亜弥達に怒鳴り散らす。



「貴方達! いつまで油を売ってるの! 早く配置に付きなさい! 作戦が始められないでしょうっ!!」


「はいはい。今行きますよ。では季衣、行きましょうか」


「うんっ!」


………


……



華琳の率いる本隊が盗賊団の砦の正面に展開し、激しい銅鑼の音が響き渡る。それと同時に人々の咆哮も辺りに響き渡る。



「…………」



響き渡る……。



「…………」



響き……。



「…………」



ちなみに、響き渡る銅鑼の音は華琳の軍のもの。

しかし、それに合わせて響き渡る咆哮は、城門を開け飛び出してきた盗賊達のものである。



「……桂花」


「はい」


「これも作戦のうちかしら?」


「いえ……これは流石に想定外でした……」



この状況に桂花もどう反応していいか分からず、華琳の問いに戸惑った表情で答える。



「連中、今の銅鑼を出撃の合図と勘違いしているのかしら?」


「はぁ。どうやら、そのようで……」


「……そう」


「ん? 華琳、ひょっとして、盗賊を相手に舌戦をするつもりだったんですか?」


「……一応、こういう時の礼儀ですからね。まあ大した内容ではないから、次の賊討伐の時にでも使う事にするわ」


「ははっ。そうですか」


「曹操様! 姉ちゃん! 敵の軍勢、突っ込んで来たよっ!」



季衣が前方を指さしながら鋭く叫び、盗賊の軍勢は大量の砂塵を舞い上げながら、華琳の本隊目掛けて突進してきた。



「うわ~……。結構な数だね……」


「そうね。でも、聞いてた数より少ない気が……」



奈々瑠と臥々瑠は右手を水平にし額にかざして、敵軍を観察するように見つめながら言い、奈々瑠の疑問に亜弥が答える。



「おそらく、ある程度の数は砦内に残ってるんでしょうね」


「ふむ……まあいいわ。多少のズレはあったけれど、こちらは予定通りにするまで。総員、敵の攻撃は適当にいなして、後退するわよ!」


………


……



「報告! 曹操様の本隊、後退して来ました!」


「やけに早いな……。ま、まさか……華琳様の御身に何か……!?」


「心配しすぎだ、姉者。隊列は崩れていないし、相手が血気に逸ったか、作戦が予想以上に上手くいったか……そういう所だろう」


「そ、そうか……ならば総員、突撃準備!」



春蘭の号令とともに、兵達が突撃体勢に移行する。



「……フーー……。さて、殺るぞ……叢雲……」



すぐ横でタバコを吸っていた零治は吸殻を携帯灰皿に捨てて、叢雲を起動させ戦闘態勢に入る。



「音無。本当に護衛の兵は必要ないのか……?」



秋蘭が心配げな表情で訊くが、零治は表情一つ変えずにきっぱりと答える。



「構わん。周りに味方が居ると本領が発揮できんからな」


「ふんっ! そんな事を言って、危なくなった後に助けを求めても助けてやらんからな」


「あぁ、心配するな。仮にそういう状況になったとしても、お前にだけは絶対に助けは求めないから安心しろ」


「なんだとぉ!?」


「やめないか、姉者。それより見ろ。あそこに華琳様は健在だ。季衣に亜弥達も、ちゃんと無事のようだぞ」


「おお……。良かった……」



華琳の無事を確認し、春蘭は安堵の表情を浮かべながら胸をなでおろす。



「……あれが、敵の盗賊団か……」


「隊列も何もあったものではないな」


「ただの暴徒の群れではないか。この程度の連中、作戦など必要なかったな、やはり」


「そうでもないさ。作戦があるからこそ、我々はより安全に戦う事が出来るのだからな」


「ふむ……。そろそろ頃合いかな」


「まだだ。横殴りでは、混乱の度合いが薄くなる」


「…………」


「ま、まだか……?」



春蘭は今すぐ突撃したいのか、しだいに落ち着きを無くし焦れ始める。



「まだだ」


「もういいだろう! もう!」


「おい。少しは落ち着けよ、春蘭」


「だが、これだけ無防備にされているとだな、思い切り殴りつけたくなる衝動が……。音無、お前もそう思うだろ?」


「オレをお前と一緒にするんじゃねぇ……」


「まあ、姉者の気持ちも分からんでもないが……」


「敵の殿だぞ! もういいな!」


「うむ。遠慮なく行ってくれ」


「頼むぞ、秋蘭」


「応。夏侯淵隊、撃ち方用意!」



秋蘭の指示を聞き、秋蘭の部隊の兵が一斉に弓を構え、射撃体勢に入る。



「よぅし! 総員攻撃用意! 相手の混乱に呑み込まれるな! 平時の訓練を思い出せ! 混乱は相手に与えるだけにせよ!」


「敵中央に向け、一斉射撃! 撃てぃっ!」



秋蘭の合図とともに弓兵達が敵軍に向けて一斉に矢を放ち、敵軍に矢の雨が降り注ぎだす。



「統率など無い暴徒の群れなど、触れる端から叩き潰せ! 総員、突撃ぃぃぃぃっ!」


………


……



「後方の崖から夏侯惇様の旗と、矢の雨を確認! 奇襲、成功です!」


「流石は秋蘭。上手くやってくれたわね」


「春蘭様は?」


「敵の横腹辺りで突撃したくて堪らなくなっていた所を、夏侯淵に抑えられていたんじゃないの?」


「でしょうね……」


「うんうん。その光景が眼に浮かぶよ」


「……別にアンタ達と意見が合っても、嬉しくも何ともないんだけど」


「奇遇ですね。私もそう思っていた所なんですが……」


「ふんっ! べ~、っだ」



いつぞやの一件が原因なのか、奈々瑠と臥々瑠、桂花の間にはピリピリした空気が張り詰め、完全な冷戦状態となっていた。



「はい。ケンカはそこまでになさい。この隙を突いて、一気に畳みかけるわよ」


「はっ!」


「季衣。貴方の武勇、期待させてもらうわね」


「分っかりましたーっ♪」


「亜弥、奈々瑠、臥々瑠。貴方達もその力、この場で存分に振るってみせなさい」


「お任せを」


「よ~し! 久々に大暴れしてやるぞ~っ!」


「まっ、貴方を失望させないように最善を尽くしますよ」


「総員反転! 数を頼りの盗人どもに、本物の戦が何たるか、骨の髄まで叩き込んでやりなさい!」



華琳の号令とともに本隊が敵軍に向け反転する。そして……。



「総員、突撃っ!」



敵軍に目掛け突撃を開始する。


………


……



「……ん? 正面から砂塵? 本隊が突撃を開始したか……」


「てめぇ! よそ見してんじゃねぇっ!」



乱戦の中をよそ見する零治に激昂した一人の野盗が斬りかかるが……。



「うるさいぞ……」



零治は直線的なその攻撃をあっさりと避け、野盗の首を刎ね飛ばし、野盗は首から鮮血を吹き上げながら地面に崩れ落ちる。



「ひっ! な、なんだコイツっ!? 強すぎるぞっ!!」


「強すぎる……? 違うな。貴様らが弱すぎるんだよ……」


「うわーー!! 後退だ! 城まで後退しろぉぉぉぉっ!!」



零治の殺気に気圧された野盗達は城まで撤退を始める。



「フンっ! 逃げたか。だが好都合だ……。おい、春蘭」


「なんだ?」


「オレは城の内部を制圧に向かう。ここは任せたぞ……」


「はっ? おい、何を言って……って、おい!? 音無っ!!」



零治は春蘭に告げ、春蘭の声には耳も貸さずに単身野盗の砦内部に突入した。


………


……



「逃げる者は無理に逃げ道を塞ぐな! 後方から追撃を掛ける、放っておけ!」


「……それ、もっとタチが悪くないですか?」


「正面からヘタに受け止めて、噛みつかれるよりはマシでしょう」


「まっ、ごもっとも」


「華琳様。ご無事でしたか」



そこへ、本隊に合流した秋蘭がやって来た。



「ご苦労様、秋蘭。見事な働きだったわ」


「ん? 春蘭はどうしたんです?」


「どうせ追撃したいだろうから、季衣、それと奈々瑠と臥々瑠に夏侯惇と追撃に行くよう、指示しておいたわ」



亜弥の疑問に桂花が答え、その手際の良さを亜弥は賞賛する。



「……見事なものですね」


「桂花も見事な作戦だったわ。負傷者も殆ど居ないようだし、上出来よ」


「あ……ありがとうございます」



華琳に褒められた事がよほど嬉しいのか、桂花は顔を紅潮させながら深々と頭を下げて礼を言う。



「それと……亜弥」


「なんです?」


「奈々瑠と臥々瑠もそうだったけど、貴方の働きも見事だったわ」


「それはどうも」


「それにしても、その剣がまさか弓とは思わなかったわ。腕前も秋蘭と互角って所かしら?」


「ほう、そうなのか?」



華琳の言葉を聞いた秋蘭が、亜弥に興味深げな視線を向けながら訊く。



「さあ? どうでしょうね?」



当の本人はシレッとした態度で返答する。



「ふっ。機会があれば、一度手合わせを願いたいものだな」


「まあ、機会があれば……」


「それにしても、春蘭達は随分遅いわね。一体何をしてるのかしら?」


「おそらく城の制圧に向かったのだと思いますが……確かに遅すぎますな。何かあったのでしょうか?」


「仕方ないわね。私達も城に向かうわよ。ついて来なさい」


「御意」



華琳は周りの者達に告げ、盗賊団の城に向け移動を始める。



「……遅いなぁ」


「遅いですねぇ……」



春蘭と季衣は敵の城の正門前で何かを待ってるのか、そんな事を言う。



「ねえ、奈々瑠」


「ん? なに?」


「春蘭達は気付いてないんだろうけど、さっきから城の中から血の臭いが風に乗って漂ってきてるよね……」


「ええ。それも一人や二人じゃないわ。臭いの濃度から判断して、かなりの人数分の血の臭いだわ……」


「これって……間違いなく兄さんの仕業だよね……」


「でしょうね。城の中は間違いなく地獄絵図の状況になってるわよ」


「うわ~……。偵察に行った兵隊さん達が気の毒だね……」


「たぶんあの人達、当分の間は肉料理は食べれなくなるんじゃないかしら?」



と、そこに先程まで後方に居た華琳達がやって来る。



「貴方達、こんな所で何をしてるの?」


「あっ! 華琳様! ご無事でしたか!」


「ええ。ご覧の通り、私は無事よ。……ん? 春蘭」


「はい」


「零治の姿が見えないのだけれど……彼はどこに居るの?」


「はぁ……。それが、あ奴は何を考えたのか、あの混戦の最中さなかに城の内部を制圧すると言って、単身で城に突入をしたのです」


「なんですって?」


「フッ……。実に零治らしい行動ですね」


「なるほど。それで、春蘭達はここで何をしてるの?」


「はっ。季衣達が合流して来たので、我らも城に突入しようと思ったのですが……城の中が妙に静かなのが気になりまして……」


「静か……?」



春蘭の言葉を聞いた華琳達は城に眼を向けながら耳を澄ませてみるが、何一つ聞こえてこない。

せいぜい聞こえてくるのは、吹き付ける風の音ぐらいだろうか。



「……言われてみれば、確かに静かだな……」


「それで、兵隊さん達に中を偵察に行ってもらったんですけど……」


「まだ戻って来てないの?」



怪訝な表情で聞いてくる華琳に、春蘭は小さく頷き返答する。



「はい……」


「そう……。桂花」


「はっ」


「この城には秘密の抜け道とかは有るの?」


「確かに有りますが、連中が抜け道の存在に気付いてるとは正直思えませんね。何しろ見取り図が無いと分かりにくい場所に有りますから」


「では、罠の可能性は?」


「それは、可能性が無いとは言えませんが……」



華琳達がそんな会話をしているその時。



「夏侯惇将軍……」



偵察の兵達が青ざめた表情で城門から出て来た。



「おおっ! やっと戻って来たか。それで、中の状況はどうなっていた?」


「はっ……。簡単に申し上げますと、中に居た盗賊達は音無様によって全滅させられていました……」


「へえ~、大したものね。それで、零治は無事なの?」


「はい。傷一つ負っていません。彼は現在中庭に居ます……」


「そう。それで、中の状況は?」


「…………」



偵察の兵はなぜか口を紡いだまま開こうとしなかった。



「おい、どうした? 華琳様の質問にお答えせんか」


「申し訳ございません。とても自分の口からは……。ご自分の眼でご確認なさった方が早いと思います……」


「なにぃ!? 貴様、それはどういう……」



春蘭は思わず兵に怒鳴り散らそうとするが。



「春蘭。構わないわ」



華琳がそれを手で制止する。



「ですが、華琳様!」


「いいのよ。どうせ自分で確認するつもりだったんだし。……ご苦労だったわね。貴方達は戻って他の者達の作業を手伝いなさい」


「はっ……」



兵達は一礼して足早にその場を後にする。

秋蘭はその後ろ姿を見送りながら兵達の様子が変な事を疑問に思い、口にする。



「……あ奴ら、随分と顔色が悪かったが、一体どうしたのだ?」


「それは中を見れば分かると思いますよ……」


「あら、亜弥は中がどうなってるか知っているの?」


「いいえ。ですが、ある程度の予測はついてますよ。零治との付き合いは長いですから……」


「ふ~ん……。まあいいわ。とにかく中に入るわよ」



華琳達は城門をくぐり、城内に足を踏み入れる。

零治が単身で突入したというのに、城門前の広場には人が争ったような痕跡が一切なく、加えてこの静寂さ。それが不気味な雰囲気に拍車をかけていた。



「桂花。中庭はどっちなの?」


「こちらです」



桂花が中庭の方角を指し示し、華琳達はそちらに足を進める。



「……おい、秋蘭……」


「なんだ?」


「なんだか……血の臭いが、だんだん濃くなってきてないか……?」


「うむ。確かに……。正直気分が悪くなりそうだ……」


「うぅ……。ボク、なんだか吐き気がしてきましたよ……」


「季衣、大丈夫? もし辛いのなら、貴方は外で待ってなさい」


「だ、大丈夫です。ボクも兄ちゃんの事が気になりますから。それにこれからは曹操様の所で働く事にもなったんですし、このくらい我慢します」



季衣は力強く答えるが、明らかに顔色が悪く、気分は悪そうなのは誰が見ても明らかだった。



「ふふ。偉いわね。でも本当に辛かったら我慢せずに、ちゃんと言いなさいね」


「はい」


「曹操様。あそこの廊下を抜けたら中庭に出ますよ」


「そう」



華琳達は桂花が指し示す廊下に足を運ぶが、すぐに足を止める。



「…………」


「おい、これって……!」


「……血だな」


「血だけじゃないでしょう? 廊下をよく見てください……」



亜弥が顎をしゃくるので、華琳達は眼を凝らしながらもう一度廊下をよく見てみると、廊下に有る柱の陰などに転がってる何かを見つけた桂花と季衣が青ざめた表情で声に出す。



「ちょっと!? これって……!!」


「盗賊達の……死体……だよね……コレ……」



中庭に続く廊下の床や壁は血で真っ赤に染めあがっており、廊下にはバラバラに斬り刻まれた盗賊達の死体が、あちこちに転がっていた。



「亜弥……」



春蘭は恐る恐る尋ねる。



「なんです?」


「まさか……これ全部……音無がやったのか……?」


「当たり前でしょう。他に誰が居るって言うんですか?」


「…………」



華琳は黙ったまま廊下に足を進めようとするが……。



「華琳様っ!!」


「どうしたの? 春蘭」


「華琳様。まさか、ここを通るおつもりですか……?」


「何? 貴方達は怖気づいたの? 死体なんて戦場で見慣れてるでしょう?」


「確かに見慣れてはいますが……流石にこれは……」



春蘭だけでなく、秋蘭も廊下に足を踏み入れるのを躊躇っている。

何しろ目の前の盗賊達は尋常じゃないような殺され方をしているのだ。躊躇うなと言う方が無理な話である。



「私だって出来れば通りたくないわよ。でも迂回してる暇なんか無いんだから仕方ないでしょう」



華琳は再び廊下に足を踏み入れようとするが、今度は亜弥が呼び止める。



「華琳……」


「今度は何……?」


「まあ、そう苛立たないでください。……華琳、この先に進むのなら、ちゃんと心の準備をしといた方がいいですよ……」


「どういう意味?」


「いえ、私の予想が正しければ、おそらく中庭はここよりも凄まじい状況になってるでしょうから……」


「ふっ。私を誰だと思ってるの? この曹孟徳、この先にどんな状況が待ち構えていようとも、決して臆する事は無い」


「そうですか。なら私はこれ以上は何も言いませんよ」


「貴方達はどうするの? 嫌ならここで待っていても構わないわよ?」


「華琳様をお一人で行かせる訳にはいきません! 最後までついて行きます!!」


「ふっ。姉者が行くのなら、私も行かない訳にはいかないな」


「ボ、ボクも兄ちゃんの無事を確かめたいから、ついて行きます!!」


「別に、アイツの事なんかどうでもいいけど……。曹操様の身に何かあってはいけませんから、当然私もついて行きます」


「ふふ。良い答えね。亜弥、貴方達三人も当然来るんでしょう?」



亜弥達は華琳の問いに黙って頷く。



「よろしい。なら、行くわよ」



華琳達は血で真っ赤に染まった廊下に足を踏み入れる。

その際ベチャベチャと、血溜まりを踏みつける嫌な足音がその場に響く。

やがて一同は中庭にたどり着き、中庭内の光景を見て戦慄する。



「……っ!?」


「な、なんと……!」


「なるほど……。偵察の顔色が悪かった理由がようやく理解できた……」


「…………」


「これって……ホントに現実なの……!?」



一同が眼にした中庭は、まさに地獄絵図の一言に尽きる光景が広がっていた。

まず、そこらじゅうに盗賊の死体が転がっていて、ある者は腕を、ある者は足を、ある者は首を切断され、更には胴体から真っ二つにされてる者や、四肢を切断されてる者まで居て、人としての原形を留めている死体は一切あらず、中庭には盗賊達の血で深紅の海が出来上がっていた。



「フーー……」


「…………」



華琳は中庭の一角に置かれている、やや大きめの岩に腰掛けタバコを吸っている零治の姿を見つける。

これだけの事をやってのけた零治本人は返り血を全く浴びておらず、普段となんら変わらない姿をしていた。正直不思議でならない。

華琳は血の海をゆっくりと渡り歩きながら零治の所まで歩み寄る。



「零治……」


「ん? おぉ、やっと来たか。待ちくたびれたぜ、華琳」


「零治……これは……全て貴方がやったの……?」


「……フーー……。そうだ……」


「そう……」


「…………」


「見事な働きぶりね。褒めてつかわすわ」


「ほぉ……」



零治が感心したような声をだし華琳をジッと見つめる。



「何よ?」


「いや、この光景を見てもそんなセリフが言えるとはたいしたものだ……っと思ってな」


「フッ。この私を甘く見ないでちょうだい。この程度の事で臆するようでは、この先の覇道、到底歩めるとは思ってないわ」


「フッ、なるほどな……。華琳。初めて会った時の事は憶えてるか?」


「ええ」


「なんとなくだが……あの時、お前が叢雲に触る事ができた理由が分かった気がする……」


「そう。よかったら聞かせてくれないかしら?」


「まず、いかなる事にも臆さない度胸、そして王としての資質と器の大きさ……そこに叢雲は興味を持ったから触れるのを許可したのかもしれん……」


「当然でしょう。この私を誰だと思ってるの?」


「曹孟徳。いずれ、この大陸の王となる人物」


「その通りよ。零治、これからもその力を私の覇道の助けに存分に振るってもらうわよ」


「フッ、もちろんだ。……あぁ、それと例の古書、太平要術だったか?」


「何? 見つかったの?」



華琳の顔に期待の表情が浮かぶが、零治は首を横に振る。



「いや、城中くまなく探したが、それらしき物は無かった……」


「そう……。無知な盗賊に薪にでもされたのかしらね。……まあ、代わりに桂花と季衣という得難い宝が手に入ったのだから、良しとしましょう」


「……そうか。季衣は華琳の所に残るのか……って、季衣。顔色が悪いが大丈夫か?」


「う、うん。平気だよ……ちょっと気持ち悪いだけだから……。それにボクの村も曹操様が治めてくれる事になったんだ。だから今度はボクが、曹操様を守るって決めたから、このくらいでへこたれたりしないよ……」



季衣は作り笑いを浮かべながら答えるが、誰が見ても具合が悪そうなのは明らかであった。



(どう見ても大丈夫じゃないだろうに……。城に戻ったら飯でもご馳走してやるか)


「ん? 華琳が季衣の村を治めるって事は……」



零治の疑問に秋蘭が答える。



「この辺りを治めていた州牧が、盗賊に恐れをなして逃げ出したらしくてな。そこで華琳様が州牧の任も引き継いぎ、この地も治めようという話になってな」


「それに季衣には、今回の武功をもって華琳様の親衛隊を任せる事になった」


「そうか。よかったな、季衣」


「これからもよろしくね、兄ちゃん!」


「ああ」


「さて、話が済んだのなら帰還するわよ。正直これ以上ここに居たら季衣が倒れかねないわ」


「そうだな。早いとこ季衣に新鮮な空気を吸わせてやった方がいいだろ」



こうして、華琳達の盗賊団討伐戦は大成功という形で幕を下ろし、一同は帰路に着くのであった。


………


……



現在、零治達は城まで目前の位置まで来ている。



「兄さ~ん……。お腹空いたぁ……」



情けない声で零治に空腹を訴える臥々瑠。



「もうちょっとで城に着くから我慢しろ。朝飯が食えなかったのはお前だけじゃねぇんだからな……」


「……誰のせいでこんな事になったのか、分かってるんでしょうね……」



怒りを抑えながら桂花が臥々瑠に言う。



「……少なくとも、アタシだけのせいじゃないよ」



臥々瑠はそう言いながら季衣に視線を向ける。



「にゃ? え~と、ボク、何か悪い事したかな?」


「いや、季衣は何も悪くないぞ。悪いのは、そこに居るネコミミ頭巾を被った性悪女だからな」


「なんですってぇ!!」



一同が嘆いてるのは食事の件。今この場に居る人間全員が朝食を食べていないのだ。

理由はいたって単純である。まず、華琳の軍勢の被害があまりにも少なかったので予想以上に兵士が残った事。

そして一番の原因が臥々瑠と季衣の存在である。この二人が糧食を人の十倍も食べていたため糧食は城に着く直前で底をついてしまったのだ。結果、桂花は華琳との賭けに負けてしまったのだ。



「桂花。不可抗力や予測できない事態が起こるのが、戦場の常よ。糧食の賭けの件、忘れたとは言わせないわよ?」


「…………分かりました。最後の糧食の管理が出来なかったのは、私の不始末。首を刎ねるなり、思うままにしてくださいませ」


「ふむ……」


「…………」



零治と春蘭が意味深な視線を桂花に向ける。



「ですが、せめて……最後は、この夏侯惇や音無などではなく、曹操様の手で……!」


「…………」


「チッ……!」


(まったく……この二人は……)



零治と春蘭のあからさまな態度に亜弥は呆れ果てる。



「とは言え、今回の遠征の功績を無視できないのもまた事実。……いいわ、死刑を減刑して、お仕置きだけで許してあげる」


「曹操様……っ!」


「それから、季衣と共に、私を華琳と呼ぶ事を許しましょう。より一層、奮起して仕えるように」


「あ……ありがとうございます! 華琳様っ!」


「…………」



零治は気に食わない表情で桂花を見つめる。



「やれやれ……。桂花の存在は心強いですが、これで私の苦労が増えるのは確定ですね……」



亜弥はそう言いながら溜息を一つ吐き、タバコを取り出し火をつける。



「フーー……」


「オレも付き合わせろ」



横に並んだ零治もタバコを吸いだす。



「「フーー……」」


「零治……」


「なんだよ?」


「彼女、桂花とは仲良く出来そうですか……?」


「無理だな」



零治は即答する。



「はぁ……。私、これから先、体調を崩さずにいられるか不安だ……」



亜弥はポツリと呟き、胸中に抱える不安を吐き出すように大きな溜め息と共にタバコの煙を吹かすのだった。

作者「ここでの事はよ~く憶えているぞ」


零治「何がだよ?」


作者「お前ら、休暇を口実にして全員逃亡しやがったもんなぁ……」


亜弥「またそんな昔の事を」


奈々瑠「前にも言ったじゃないですか。それなら貴方も休めばと」


臥々瑠「そうそう。それに人の身体は万能じゃないんだから、ちゃんと休まないといつかブッ壊れちゃうよ」


作者「フッ。それが出来るんなら苦労しないね……。休みたくても休めない人は世の中に大勢いるんだ。……ああっ! オレもまとまった休みが欲しいーーっ!!」


零治「はいはい。お前の魂の叫びは理解できたから、ここで愚痴るのはやめろ」

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