第33話 第五王子、マッチョ令嬢に語りかける
コマンゾネスは気絶した水のハンサムルミエールをお姫さまだっこにて生徒会室へと運ぶと、第一王子アレクシスへと簡潔に状況を報告した。
すぐにきびすを返して出ようとするので、マクシミリアンが必死に制止する。
「コマンゾネスさまッ! 危険です……ひとりでなんて」
アレクシスは机上で両手を組みあわせ、諭すように話しはじめる。
「一旦状況を整理させてくれ。まず、ロマンジーナくんをさらったのは、土のハンサムであるヴィクトア……これはまちがいないと思っていいだろう。監視させている私兵隊からも、人間大のサイズのあやしげな荷を運び入れている姿が目撃されている。これがおそらく彼女だろう」
「…………」
「ロマンジーナくんは、変装し、屋敷を脱走してひとりで街へ出かけることがあるのも以前から聞いている。あまりよくは思っていなかったが、今回はこのスキを狙われてしまったものと思われる」
「…………」
「そして、ヴィクトアからきみの家へ声明もあり、『ひとりで学園の石碑の丘まで来い』『ほかの者に話せば妹を即座に殺す』と言われたんだったな。状況的に、彼が悪魔を召喚し、王国崩壊をたくらむ“フードをかぶった男”……。記憶がみだされていてたしかではないが、思い出してみれば、たしかに彼ぐらい体格がよかったような気もする……。悪魔や彼は、人質を盾にきみを無抵抗にし、今度こそ確実にきみを殺すつもりだろう。なにか対策を考えてからにしたほうが……」
耐えがたく目をふせ、ふるえる手で肘をつかみながら聞いていたコマンゾネスは、目をあげてとうとうと述べた。
「対策を考えているあいだに、妹は殺される、あるいは傷つけられてしまうかもしれません。あの子は、わたくしと違ってからだが強くない……かなうなら指一本、外道どもにふれさせたくありません。……なに、多少追いつめられようと、この筋肉ですべてはじき返し、スキを見て解決してみせますわ。これまで、ずっとそうしてきました。わたくしは、殺されはしませんわ」
上腕二頭筋をふくらませ、ニカッと笑うコマンゾネスの目もとはあきらかに笑っておらず、ひとみが頼りなげにゆらいでいた。
第五王子マクシミリアンが目のまえに立ち、彼女を見あげながら、語りかける。
「コマンゾネスさま。ぼくは、あなたの筋肉をだれよりも信奉しています。それでも、いえ、だからこそ言うのです。神ならぬ身の人間は……死ぬのですよ。『いつか』は、ある日、突然おとずれることがあるのです。無策では……ぜったいに、行かせられません」
コマンゾネスは彼のひたむきな視線を受けつづけることができず、目をつむった。
彼女のまぶたの裏に、前世のあの日──病に打ち克つことなどできず、やせおとろえて死ぬしかなかった日の無念が、呼び起こされる。
「もうそう遠くないだろう」とずっと覚悟していた自分は、それでも、あの日だとは思わなかった。
本当に、命のともしびが消える日が、きょう来たのだと、かみしめる余裕さえなく「無」におちていった。
こわかった、暗かった、いや、もっと正直にいえば、こわさも暗さも感じることさえできなかったことが、手ざわりも視界も聴覚も、自分を含めた世界のすべてをうしなったあの日の感覚が、いまこうしてはっきりと思い出すことさえできないほどの「無」のなかにあることが、たまらなくおそろしいことのように感じられる。
しかし、それでマクシミリアンの言うことが理解できたとして──
「じゃあ、どうすればいいって言うんですか! あの子だけは、たすけたい。わたくしはどうなってもいい、ずっとわたくしを慕ってくれたロマンジーナだけは、なんとしてでも、たすけたいんです……」
瞬間的にだが、心の嗚咽をもらしてしまったコマンゾネスに、今度はマクシミリアンが彼女をまねたようにニカッと笑った。
「コマンゾネスさま、知らないんですか?」
そのあと、やわらかなまなざしでコマンゾネスをつつみこむ。
「こまったときはね、まわりの人に『たすけて』って、言うんですよ」
彼女の指を、そっと握った。
「それだけでいいんです」




