第21話 マッチョ令嬢、無反応の大胸筋に惑う
「私が召喚者ですし」
とルミエールがさらりと告げるので、室内に一瞬にして緊張がはしる。
不意をつかれたコマンゾネスが、それでも捕獲のために本能的にひざを曲げた瞬間、ルミエールはまたメガネをあげて「冗談です」と言った。
「…………冗談?」
コマンゾネスは、笑おうにもうまく笑えなかった。
ルミエールは終始真顔で、その表情筋はまったく動いていない。
本当に冗談なのか、こちらを混乱させようとする手管の一種なのか、対象者の筋肉のゆらぎを感知して真偽を識別できるコマンゾネスの大胸筋をもってしても、まったく判別ができないほどに彼の表情は「無」であった。
「冗談は……時と場合を考えなければ笑えませんことよ。ルミエールさまは、本当に……召喚者ではないのですね?」
いつでも動ける体勢をたもったまま、慎重に、コマンゾネスが問いかける。
ルミエールは答えず、コツ、コツと優雅に室内を歩いた。
メガネをクイとあげながら、コマンゾネスを見る。
「……本当ですか?」
「……なにがですの」
「冗談って、時と場合を考えなければ、笑えないんですか? いつでもおもしろいのが冗談なんじゃないですか?」
真剣に理解ができない、と思っているような表情でルミエールが疑問をぶつけてくる。
「冗談にかぎらず、たいていのことはタイミングが重要だと思いますけれど……。わたくしも殺されかけましたし、先ほどもお伝えしましたように寄宿舎は燃やされ、ベネクトリックスさまのおかげで大事にはいたらなかったもののケガ人も多数出ました。わたくしたちは国の有事と考えているのでこうやって真剣に……」
「なんで、コマンゾネスさんが殺されかけたんですか?」
この問いには、コマンゾネスが少しつまる。
代わって横からベネクトリックスが答えた。
「敵がコマンゾネスさまの命を狙ったためです。悪魔か、その召喚者かどっちかはわかりませんが、王国に戦火を呼びこむにあたって、コマンゾネスさまを大きな障害とみなしている、ということでしょう。実際私も悪魔と対峙したとき、そのような発言があったのを耳にしました」
「大きな障害? 女性なのに?」
部屋の床にゆっくりと半円をえがくように歩いたあと、奥の窓際であゆみをとめると、またふしぎそうにルミエールが首をかしげる。
「いや、まあ、女性なのにというか……コマンゾネスさまは、その、筋肉というか、実力が頭ひとつ抜き出ているので、男とか女とかではなくそこを認識してということだと思いますが……」
「実力……? 女性に実力があって、どうなるのですか。国を動かしているのも男性で、騎士団も男性ばかり。魔道士団には女性もいますが、要職はやはり男性です。それなのに女性をひとり殺したところでなにがどうなるのか、ちょっと、よくわからないですね……」
窓をあけると、気もちよさそうに風を浴びる。
窓枠に体重をあずけてこちらを見るが、やはりその発言の意図がよくわからない。
(つかみどころがないのはいつもどおりだけれど、こんなことを言う人だった……?)
コマンゾネスがとまどっていると、廊下をバタバタと走る音が近づいてきた。
「コマンゾネスさまッ!」
ドアが勢いよくひらかれ、鏡を脇にかかえたマクシミリアンが駆けこんでくる。
「たい、大変な、ことが……」
館内では原則魔法が禁止されているため、必死に走ったようではあはあと息を切らしている。
一同がそちらに顔をむけると、背後からぞっとするような、怨嗟に満ちた声が吹き抜けていく。
「先ほどのは冗談で、私が召喚者なはずはありませんが──』
そしてルミエールの一点のにごりもない白目が、みるみるうちにどす黒く、憎悪を凝縮したような色に反転していった。
『すでに悪魔に憑かれてるってことはあるかもなァ、コマンゾネス……!』




