93.手綱を握られた残念皇女と、吹き上がる金炎の狼煙
◆視点:悠斗◆
クスン、クスン……と、エルシェの作り出した氷柱に突き刺さったシアが、
「ユウト~……」と、捨てられた子犬のような目でこちらを見てくる。
「エルシェ……。
シアを解放してくれないかな?」
このままだと気が散ってしまうので、俺はエルシェに頼む。
すると彼女は指をパチンと鳴らし、氷柱を霧散させた――
その瞬間。
飛びつこうとした姿勢のまま、氷柱から突き出していたシアは支えを失い――。
「はうっ!?」
受け身も取れず、そのまま床へと自由落下した。
「う~ん……。もはや見慣れてしまったね」
「“今後を考えると”……
心配事が尽きんくて、頭痛がしてくるのう……」
エリオスさんとヴェルミナさんも、それぞれ困った表情を浮かべているが、
どこか、引っかかるものを感じた。
≪“今後を考える”ってどういう……あっ!?≫
人は過去の痛みを記憶し、受け身などの防衛行動を覚えていく。
だが彼女は、その硬すぎる防御力で、すべてを防いでしまう。
これまでは、外に出る機会が“少なかった”からこそ、
問題にならなかったけれど――これからは違う。
≪俺が学園に通ったり、各国を訪問する時、
シアがついて来るなら……確かにマズイよな≫
【天竜燐】で、体の傷は防げても――外聞の傷までは、防げない。
そこに思い至り、俺も頭を悩ませるが――
当の本人であるシアは、床に座ったままキョトンとしていた。
すると、エルシェがそっとシアに近づき、何やら耳打ちをする。
――瞬間。
「そ、それはダメだよエルシェ!?」
「いえいえ~、原因は私ではありませんからぁ~」
「でもでも! それだと私は……」
「私がしっかりフォローしますからぁ、お留守番していてはぁ~♪」
「ズルイよ!?」
「ではぁ~、どうなさいますかぁ~?」
「でも……ずっとは……自信ない」
「切り替えることを覚えるだけですよぉ~?」
エルシェに何か吹き込まれたシアは、勢いよく立ち上がり反論するが、
すぐに勢いを失い――そのまま二人で何やら話し込んでいる。
どうやら、俺たちの悩みはあっさり解決したらしい。
エルシェ曰く――
「外側が硬くてもぉ、内側はそうとは限りませんからぁ~♪」
とのこと。
ちなみに、シアに耳打ちした内容は――
「このままですとぉ、主様とのお外デート“すら”……。
竜妃様は許してくれませんねぇ~」
……だったらしい。
≪うん……。さすがエルシェだ……≫
――――
「さて、共有すべき情報はこれくらいじゃな」
廊下を急ぎ足で進みながら、ヴェルミナさんは現在の状況を簡潔にまとめてくれた。
その内容は――
・覇天竜を信仰する竜族が暴走している
・勢力の大半は下級竜および中級竜
・覇天竜信仰の目的は依然不明
特に、下級竜や中級竜は数が多く、
“増禍薬”と呼ばれるドーピングで強化されていて、制圧に時間がかかっているらしい。
≪ドーピングの影響で狂暴化しているみたいだし……状況がかなり悪いよな≫
エリオスさんたちは、そんな敵から子どもや戦闘力の低い竜たちを避難させるために動いており、
俺たちに協力を求めてきたので迷わず頷く。
「ところで、セリィとの合流場所って決まってるんですか?」
「今向かっている場所がそうだよ!」
「あそこなら守りやすいからのう!」
目的地は、“宝物殿”へと繋がる転移の間。
宝物殿そのものは巧妙に隠されており、
特殊な手順で転移陣を起動しなければ辿り着けないため、防衛に適しているらしい。
「こんな機会じゃないと見られないから、
戦いが終わったら一緒に探検しようね!」
そんなシアの明るい言葉に、わずかな違和感を覚えた。
≪あれ? 緊張感というか……。
自分たちの国民が危険にさらされてるのに、心配してる様子が感じられない……≫
これまで抱いていたシアの印象とは違う言動に、疑問が浮かぶ。
だが――今はそれどころではない。
そう思い、思考を切り替えた俺は――
エルシェが静かにこちらを見ていたことに、気づかなかった。
――――
◆視点:セリーネ◆
日が傾き始め、空の色がゆっくりと変わりゆく頃――
私はノティ姉さまと共に森を駆け、
竜皇城の敷地内に侵入した賊の有無、その痕跡を探っていた。
≪幸い、城内には侵入された形跡はありませんでしたが……気になりますね≫
私たちは城内をくまなく調べた。
敵の気配も、侵入の痕跡も――見つからなかった。
ただし、一か所を除いて。
≪謁見の間から、“居ないはず”の古竜――レオリクス様の気配がしましたが……≫
確認すべき事案ではある。
しかし、私やノティ姉さまが向かえば気づかれる可能性が高い。
姉さまにも制止され、その場を離れたが――
本当にそれで良かったのかと考えていると……。
「なぁ~に、難しい顔してるの?」
「いえ……レオリクス様が、なぜ謁見の間にいたのか気になっていて……」
「あぁ! あの人、今回の騒動の黒幕だからね!
たぶん竜皇様と竜妃様を殺そうとしてるんじゃない?」
「え?」
あっけらかんと、とんでもないことを言い放つノティ姉さまに、
私は言葉を失う。
――その瞬間。
「ひゃん!?」
いつの間にか背後に回り込まれ、胸を揉まれた……。
「ノクティア姉さま――っあう!?」
すぐに離れて抗議の声を上げようとしたが、
前触れもなく近づかれ――今度は、デコピンを受けた。
「セリーネに問題です!
今の行動の意味を答えなさい!」
「……私が、余計なことに気を回しすぎていること。
予期せぬ状況への対応の未熟さ。
それから……ノクティア姉さまの趣味、です」
そう答えると、
「拗ねたセリィが可愛すぎる!」
――と返ってきたので、私はジトーっとした視線を向ける。
すると姉さまはケラケラと笑いながら、さらに続けた。
「そう怒んないでよセリィ!
さっきのは、私なりの評価の仕方なんだからさ!」
「セクハラが、ですか?」
「妹の成長を確かめられて一石二鳥だよ!」
……相変わらず、くだらない。
けれど――この状況でも私に指導してくれているのは理解できる。
だから、強く言い返すことはしない。
気を取り直し、先へ進もうとした――その時。
ドゴォォーーーン!!?
巨大な金炎の柱が、空へと突き上がった。
「急ぐよ、セリィ!」
「はい!」
私たちは即座に、原因の元へと駆け出した。
――――
私たちは、問題のあった場所を視認できる位置まで駆け、木の陰に身を潜めた。
「これは……どういう状況でしょうか?」
視界に広がったのは、焼け落ちた木々が灰となって広がり、
その中心には、カイル・ヴァルグラディオ様が立っていた。
全身に金炎を纏い、ある方向へと鋭い視線を向けている。
≪カイル様は……何と戦っているのでしょうか≫
静かに観察していると、誰かがカイル様へと歩み寄っていくのが見えた。
≪あれは……狼人族?
ですが、なぜ竜皇国――それも城の敷地内に……?≫
そう思った次の瞬間――
男の姿が、消えたと思えば、
カイル様が木々をへし折りながら、こちらへと吹き飛ばされてくる。
「ぐう……ガハッ……」
周囲に他の気配がないことを確認する。
ノティ姉さまと一瞬だけ視線を交わし、
私は巨木に叩きつけられ、倒れ込んだままのカイル様の元へ駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「おま……え……なぜ……」
私がここにいることに驚いた様子だが、
すぐに立ち上がろうとして――膝をついた。
≪ダメージが酷すぎますね……≫
私は即座に魔法を展開し、治療を開始する。
「かま……う……な。にげ……」
「いいえ、今は黙っていてください!」
その時――
こちらへ近づいてきていた狼人族の男が、途中で足を止めた。
「う~ん、困ったっすねぇ……。
その坊ちゃん、連れて帰りたいんっすけど……」
男は軽い調子でそう言うと、腕を横に振り何かを飛ばした。
――ノクティア姉さまの位置へ。
姉さまは即座に回避し、私の隣へと着地する。
「あっちゃぁ~、バレてたかぁ~」
「いやいや、バレてないと思ってたんっすか?」
「うん! 犬っころ風情にバレたのは想定外だった!」
「初対面でその言われようは酷いっすね……。
一応、狼なんすよ俺……」
緊張感に似つかわしくない、軽いやり取り。
だが――油断はできない。
≪対峙して分かりました。
この狼人族……レオン様よりも強い≫
レオン・ヴォルフレイム――
カイル様の護衛であり、千歳未満の世代でトップクラスの実力者。
≪寿命が短い獣人族が、どうやってそこまでの力を……≫
そう考えた瞬間。
ドゴォン!
狼人族の足元が爆ぜた。
「待てって習わなかったの?」
「姉さん……それペットに格下げしてません?」
「ペットじゃん」
「まぁ見方によってはそうかもっすけど……ショックっすね」
軽口を言いつつも、隠す気のない圧力が増していく。
ここにいては、足手まといになると判断した私は――。
「姉さま!」
「向かって」
「……わかりました」
短いやり取りをしてから、カイル様を背負って離脱した。
姉さまが負けるとは思えない。
けれど――
あの男からは、明らかに“異質な何か”を感じる。
≪どうかご無事で……ノクティア姉さま!≫




