88.決死の突撃と、エルシェリアの思い
◆視点:悠斗◆
「おいおいおい!?
ヤバすぎんだろアレ!?」
俺は訓練場の陰から、戦闘をしている二人の様子を窺っているのだが、
あまりにも絶望的な状況に、焦りが口から漏れ出た。
何がヤバいって――
真っ白と言っていいほど輝く、金炎の塊。
それが、片手を頭上に掲げたアウグストの上に滞空していること。
そのアウグスト自身も、纏う金炎の中に、
ところどころ黒い炎のようなものが混じっていること……。
そして何より――
エルシェが、“避ける気配をまったく見せていない”ことだ。
≪何があったか知らないけど、
あんなの受けたら骨も残らないだろ!?≫
そうなったとしたら、
仮に伝説の回復方法があったとしても、助かる見込みなんてない。
つまり――
「エルシェが……いなくなる……?」
これまで、たくさんのことを教えてもらった。
過ごした時間は短いが、その密度はあまりにも濃い。
俺にとってエルシェは、
すでに“かけがえのない存在”になっている。
「焦るな俺!
このまま突っ込んでも犬死するだけだ!」
今すぐ駆け出したい。
だが、今は【見識】と連携して準備するのが先だ。
運がいいことに、あの二人は何かを話していて、
俺には聞こえないが――時間を稼げているなら好都合。
≪それにしても……
殺し合ってる雰囲気の表情じゃないのは、なんでだ?
まるで気の合う友人と話してるように見えるんだけど……≫
状況から見ても、エルシェを殺そうとしているのは確実だ。
なのに――そうは見えない、この違和感。
「って、まてまて!?
なんかエルシェが目を閉じたんだけど!?
アウグストは……あの太陽、投げようとしてるし!?」
実際の太陽とは比べ物にならないサイズだが、
その熱量は離れている俺の場所にまで伝わってくる。
――まさに“擬似太陽”。
大人の身長ほどもある、金色に燃え上がる巨大な炎球に、
本能的な恐怖すら覚える。
≪今からあそこに突っ込むとか、正気の沙汰じゃない……!
けど、やらなきゃエルシェが確実に死ぬ!≫
そんなのは、絶対にごめんだ。
バレないように準備する――そんな思考は即座に捨てる。
バレて上等。
一気に竜力を流して、エルシェの足元へ“魔法陣”を構築する。
だが――
≪間に合わねぇ……!≫
なら――やることは一つだ。
今出せる最大出力を、一気に練り上げる。
それを脚へ集中させると同時に、【見識】には別の魔法の準備を任せた。
「フォローは頼んだ!
これが終わったら、シアたちと一緒に、お前の名前を考えるからな!」
――あとで思い返して、
“なに死亡フラグ立ててんだ俺”と思ったのは言うまでもない。
そして俺は、溜めた力を一気に解き放ち叫ぶ。
「竜壁・ドラグウォール!
――かーらーのー……!」
地面を蹴り抜く瞬間に、溜め込んだ竜力を叩きつける。
「瞬転――これが俺の全力全開だぁぁーーー!!?」
エルシェの前に展開したドラグウォールへ、一直線に跳び込む――。
ドゴォォーーン!!?
二つの轟音が重なる。
だが――
勢い余って竜壁へと衝突した音など、次の瞬間には掻き消された。
ゴゴゴォォォーー!!
耳を打つのは、
竜力の壁に叩きつけられる金炎の奔流――その咆哮だけだった。
そっと視線を下ろすと――
俺とエルシェを囲むように、
“竜域・ドラグニックサークル”の魔法陣が展開され、
青紫色の光を放っている。
≪と、とりあえず……間に合ったな……≫
安堵しかけた、その瞬間――
――警告――
アウグストが放った金炎に変化あり。
全周囲への最大防御を推奨します。
――。
【見識】の警告に、思考が一気に切り替わる。
俺はドラグウォールを六角形状に展開。
さらに隙間を埋めるように、追加で壁を張り巡らせる。
≪ドラグウォールの多重展開なんて初めてだけど……
やらなきゃ、俺もエルシェも――こんがり焼けちまう!≫
相手は人の姿をしているが――中身は竜。
冗談では済まされない。
まあ、本当に食われることはないだろうし、
そもそも、炭すら残らないだろうけど……。
≪とにかく――
この炎の嵐が過ぎ去るまで耐えるしかない……!≫
少しすると【見識】から十分に防げるというお墨付きをもらい、俺はひと息つく。
そして――
珍しくポカーンとした表情で固まっているエルシェへ、視線を向けた。
「本当に無事でよかったよ、エルシェ!」
「な、なぜユウ……いえ、弟君がいるのでしょうぉ~?」
何やら言い直したが、
いつもの間延びした口調に、少しだけ安堵する。
「助けに来たんだよ――って言いたいんだけど、
絶体絶命の真っただ中なんだよね……」
「そういうことではなくてですねぇ~」
「さて、これからどうやって逃げるかだけど……」
エルシェは、自分の質問に答えない俺に小さくため息をこぼし、
鋭い視線を向けてきた。
「質問に答えてください、弟君」
「え?
いやいや、ちゃんと答えたって!」
「いいえ。私が聞いているのは――
なぜ“見逃された命”を、粗末にしようとしているのか……です」
間延びのない口調。
鋭い視線のまま言い切るその様子に、わずかな違和感を覚える。
「見逃されたって……?
俺ってエルシェに逃がされたんだよな?」
「逃がしはしました。ですが――
あれは、アウグストが見逃したに過ぎません」
「え……?」
どうやらアウグストは、幻術を“燃やす”だけでなく、
見抜くこともできるらしい。
「転移石を使用した際に漏れ出る魔力。
それを私が隠したのですが……見抜かれていました」
「……ってことは」
「あの距離なら、止めることも容易だった――ということです」
もっと言えば――
転移石から漏れる魔力へ引火させ、
そのまま焼き尽くすこともできたとエルシェは言う。
「強すぎない……?」
「ええ。ですが、それができるのは、
竜族でも上位に位置する者たちだけですよ」
そう説明したあと、エルシェはわずかに首を傾げる。
「それよりも――なぜ戻って来たのです?」
最初と同じ問い。
俺は少しだけ考え――
本心を、そのまま口にした。
「エルシェが――いなくなるのが嫌だったんだ」
「いなくなる……?
“死なれたくない”ではなくて?」
疑問を口にするエルシェに、
俺は言葉を詰まらせながらも――それでも言う。
言わなきゃいけない、そう思ったから。
「エルシェは、ほら……。
俺の専属だろ?」
「……」
「だからさ……これからも一緒にいたいんだよ」
その言葉に、エルシェは一瞬ポカンとし――
やがて意味を理解したのか、頬がわずかに赤く染まる。
しかし、すぐに鋭い視線に戻ってしまう。
「別に……私でなくてもよいのでは?
専属ならセリィちゃんがいますし、
弟君の隣には、シアちゃんがいます」
そんな言葉に、俺は頭をガシガシと掻き――
「ああもう! この際だからはっきり言う!」
と、声を大きくしながら続ける。
「確かにシアもセリィも大切だ。
でも――エルシェも、俺にとって大切な存在なんだよ!」
告白のようになってしまった言葉に、
今度こそエルシェの顔が真っ赤に染まった。
白磁のように白い肌が赤く染まり、
大人の女性の表情を浮かべるその姿は――
小さな見た目と相まって、
変な扉が開きそうになるのを、全力で閉じた。
「大切な存在……ですか。
仮に、シアちゃんとセリィちゃんの二人と結婚しても……
その隙間に、私の居場所がある――と?」
「あるも何も、
エルシェが望むなら、入ってきてほしいって思ってるよ」
「ヘタレですねぇ~」
ジト目で見られ、思わず言葉に詰まる。
……だが。
ヴェルミナさんから聞いたのもあり、
エルシェの気持ちは、なんとなく分かっている。
だから――もう、逃げない。
「何度でも声に出して言う!
俺はエルシェにも、ずっと近くにいてほしいんだよ!」
その言葉に、エルシェは目を見開き――
やがて、ゆっくりと瞳を細めた。
「一応、聞きますが……
シアちゃんと、セリィちゃんは?」
「シアは認めてくれてる。
でも、セリィにはまだ話せてない」
竜族の慣習。
第一の女性が認めなければ、次は認められない。
つまり――シアが認めた以上、
エルシェと俺の関係も、成立する。
それでもセリィを気にするのは――
やっぱり、妹だからだろう。
「……わかりました」
エルシェは、小さく頷いた。
「セリィちゃんには――
弟君が“私の試練”をクリアしてから、お話しましょう」
……うん?
今、試練って言ったか?
頭にいくつもの疑問符が浮かぶが、
エルシェはニヤリと、悪戯っぽく笑う。
「外で渦巻いている金炎が止んだら――試練開始です♪」
「ちょっと待って!? 試練って何!?」
「あとどれくらい続きそうですか?」
「もう少しで終わると思うけど……って、サラッと流さないで!?」
そう問い詰めると、
エルシェは人差し指を唇に当て――
妖艶な笑みを浮かべた。
「私は――とても高いのですよ」
「え?」
「ですので……10分間」
ゆっくりと、彼女は言葉を区切ってから口を開く。
「私を、守ってください」
「10分間って……何をするんだよ?」
すると彼女は――
先ほどの妖艶さから一転し、
今度は“姉”のような、優しい表情で告げる。
「私すら知らない“本来の姿”をもって……。
――この戦いを、終わらせましょう♪」




