86.殺す覚悟と、エルシェリアの本領
時は――ユウトを転移させた場面まで遡る。
◆視点:エルシェリア◆
用心のため転移石を持って準備していたおかげで、
私は無事に弟君を逃がすことができた。
――あとは、この状況をどう切り抜けましょうか。
「おやおやぁ~?
逃げられてしまったようですねぇ~」
「それが答えか?」
「何のことでしょうかぁ~?
どう見てもぉ、皇女様の魂約スキルによる転移ですよぉ~?」
「ほう。俺には、地面に落ちている血が幻に見えるが?」
そう言われ、私はやれやれとため息を吐き、
弟君をナイフで刺したように偽装した痕跡を消した。
「バレてましたかぁ~」
「たわごとだな……。あの勇者を逃がしたということは、
こちらにつく気がないのだろう?」
「クスクス……。
それこそ、ざれごとですねぇ~。
弟君はぁ、“ついで”なのでしょう~?」
この男の目的が私なのだろうことは、最初から予想していたし、
弟君をあえて見逃した様子を見て、それは確信へと変わった。
≪だからこそぉ、私は残るしかなかったのですがぁ~。
さてさてぇ、本当にどうしましょうかぁ~≫
ひとまず、期待できない救援が来るのを待つつもりで、
私は時間稼ぎを試みた。
「こんなことしてよろしかったのですかぁ~?
古竜様方がぁ帰って来られたらぁ、大変なことになりますよぉ~?」
数日前から、竜の天秤の全員が、
久遠の竜都へと定時報告のため戻っている。
それについて尋ねてみたのだが――
「問題ないな」
アウグストは意にも介さず答え、言葉を続けた。
「さっきは皇女が助けには来られないと言ったが、
正確には――救援は望めない、だ」
「おやおやぁ~、それは困りましたねぇ~」
「ほう、想定内であるか……。
しかし、これは予想できたか?」
「……?」
私は、アウグストの次の言葉を待つと、
この男は、信じられないことを口にした。
「俺の叔父上――古竜レオリクスが、
竜皇リオネスと竜妃シルヴィアを殺しに向かった」
「……っ!?」
これは完全に想定外だった。
なぜ、竜の天秤に所属しているはずのレオリクスが、ここに残っているのか。
≪嘘を吐く理由もありませんしぃ……
これは、この国も危ないかもですねぇ~≫
竜の天秤の執行者であり、しかも相手は古竜様……。
竜皇と竜妃と言えど、分が悪いだろう。
≪まあ、そう簡単に殺されることはないでしょうがぁ~≫
そう思いながら私は意識を、
竜力と魔力をゆっくり高めていくアウグストへ向けた。
どうやら雑談はここまでらしい。
「もうおしゃべりは終わりですかぁ~……。
釣れないですねぇ~……」
「ククク……そう言うな。
貴様は殺さず連れ帰り、しつけ直してから俺の部下にするつもりだ」
これからいくらでも話す時間は作れる――
そうアウグストは言った。
しかし、自分で言うのもなんだが、私の見た目は少女そのものだ。
“契約”で体の成長を止めているこの身体に、女性らしい部分はない。
つまり――
「なるほどなるほどぉ~。
アウグスト様は変態さんだったのですねぇ~」
「ふむ。外聞から見れば、そうかもしれんな。
だが、弱者になど興味はない。
俺はお前を認めているのだ、エルシェリア!」
こちらは軽口のつもりだったのに、
真面目に返されると反応に困ってしまう。
≪まあ、この方が軽口を言う姿は想像できませんねぇ~≫
そう思いながら、私は臨戦態勢を取った。
≪堅物なアウグスト様を相手にぃ、どこまでやれるか分かりませんがぁ~。
それよりも、この違和感……もしかするとぉ~……≫
相性も状況も悪すぎるが、戦えないことはない。
それよりも、この胸騒ぎの方が、
私の心に警戒音を鳴らしていた。
しかし、ゆっくり考える時間は与えてくれないらしい。
「いくぞ!」
そう言って、アウグストが急接近しようとした――その瞬間。
「どうぞぉ~♪」
踏み込んだ瞬間、私は“瞬転・神楽”で背後に移動し、
彼を吹き飛ばした。
ドゴォーン!?
凄まじい衝撃と共に、アウグストが訓練場の壁へ激突する。
――だが同時に、私がいた場所も金色の爆炎に包まれていた。
「おぉ~、怖いことをしますねぇ~」
爆炎が上がる瞬間、私は“瞬転”で移動して難を逃れる。
そして瓦礫へ視線を向けた瞬間――
ドゴォン!?
頭上から降ってきたアウグストが、
私のいた場所へ拳を振り下ろした。
私は再び“瞬転”で回避する。
「本当にぃ、油断も隙もないのですからぁ~」
「よく言う。最初に仕掛けたのはお前だろう」
一瞬の小手調べ。
距離を取った私へ、アウグストは言葉を続けた。
「しかし相手にすると厄介だな。
勇者から教わったという、その歩法は……」
「“瞬転”のことですかぁ~?」
私が好んで使う移動法――
瞬転は、【縮地】スキルを派生させて生まれた“技術”だ。
予備動作を悟られず移動できる。
しかしこの技の面白いところは、そこだけではない。
「移動するだけだと聞いていたが、
攻撃にも転じられるのか?」
「そうですよぉ~。
もう少し正確に言うならばぁ――
“技の起点”でしょうかぁ~」
そう、瞬転から派生する技は多岐にわたる。
例えば――
「瞬転・神楽」
この技は、特殊な足運びによって、
移動エネルギーを攻撃力へと変換している。
その上、殺気などの気配をその場に残したまま移動するので、
戦闘経験者ほど、よく引っかかるからお気に入りだ。
アウグストの背後に現れた私は、
先ほどと同じように吹き飛ばそうとした。
しかし――
「ぐう……速度もそうだが……。
なるほど……衝撃も凄まじいな……」
「さすがアウグストですねぇ~。
あのトカゲもどきなら死んでるレベルなのですがぁ~」
「愚弟とはいえ、侮辱しないでもらおうか」
多少は後退させたが、
今度はしっかり耐えられてしまった。
≪ふむぅ……そう簡単には上手くいきませんねぇ~≫
そう思いながら様子を伺っていると、
アウグストがニヤリと笑った。
「なんだ? 追撃はしてこないのか?」
「よく言いますねぇ~。
カウンター狙いがバレバレなのにぃ~」
「なんだ、気付いていたのか?」
瞬転・神楽の攻撃力は、その速度と同義だ。
つまり――。
≪逆に言えばぁ……カウンターを貰うとぉ、
こちらのダメージが大変なことになるのですよねぇ~≫
私はやれやれと思いながら、
本気で戦うことを決めた。
アウグストにもそれが伝わったのだろう。
先ほどまでの静かな笑みが、
獰猛なものへと変わる。
「どうやら、本気を出す気になったようだな」
「どうでしょうかぁ~。
乙女には秘密が多いのでぇ~」
場の空気が、静かに張り詰めていく。
そして私は――
アウグストを殺す覚悟を決めた。
「瞬転・神隠し(かくれんぼ)」
「なっ!?」
アウグストが驚くのも無理はない。
神楽は移動と攻撃を行うが、
神隠しは――読んで字のごとく、自分の姿を消す技だ。
≪魔法でも幻術でもない“ただの技術”。
見つけるのは難しいでしょうぉ~≫
そして私は詠唱を開始する。
『氷点逆巻く天上の調べ。
命すら包み込み、終わりへ導く鎮魂の旋律。
地に降り注げば、等しき眠りを与える歌となる』
「ちっ!? この状態で“最上級魔法”の詠唱か!?」
アウグストは私を見つけ出すため、
上級の光と火の合成魔法“ソル・サイクロン”を放った。
次の瞬間、金色に燃える炎の渦が周囲へ広がっていくが意味はない。
なにしろ、私がいる場所は――
「残念ですねぇ~。
ソル・サイクロンは術者の中心には影響しないのですよぉ~」
「なぜ貴様がそこに居るっ!?」
その質問には答えず、
私は地面から氷柱を生やし、アウグストを上空へ打ち上げた。
「もう一つ惜しいのはぁ、
この魔法が“天災級”だということでしょうかぁ~」
そう言いながら、
私は“待機”させていた詠唱の続きを紡ぐ。
「されど、この歌は天へと還る。
かの者が確かに存在したのだと示すため、
永劫残る標として――」
上空に集まっていた冷気が、
氷雪を伴う渦となって地上へ降り注ぐ。
そして渦は中心へと収束し、
上空のアウグストを包み込んだ。
「氷天葬歌!」
その瞬間、
訓練場に巨大な氷柱が立ち上がる。
まるで――永劫残る墓標のように。
「ふぅ~……上手くいきましたねぇ~。
さすがに魔力も竜力もすっからかんですよぉ~」
私は【アイテムボックス】から
上級の魔力回復薬を取り出し、一気に飲み干した。
「美味しくありませんがぁ、緊急事態ですからねぇ~」
そう言いながら、しばらく氷柱を観察する。
この魔法は“天災級”。
まともに受けたのだから、
アウグストは確実に死んでいるはずだ。
助かる術などない。
しかし――
「どうしてでしょうかねぇ~。
胸騒ぎが一向に収まりません……」
決して溶けることのない氷柱は、
やがて私の胸騒ぎが正しいことを証明する。
――ピシ……。




