101.新たな婚約者と、正妻の贈り物
――コンコンコン。
ドアをノックする音が響き、セリィが出迎えに向かった。
「お待たせしましたぁ~!」
「えっと……急なお呼び出しですが、何かありましたか?」
入ってきたエルシェはそのまま自分の席へと腰を下ろし、
シエラは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに気持ちを切り替えて問いかけてきた。
「まあまあ、こっちに来て座ってよ!」
どこに座ればいいのか分からず立っていたシエラに、
シアが隣をポンポンと叩き、シエラを自分の隣へと座らせる。
その間に、セリィが全員分の紅茶とお菓子を手際よく用意し、
エルシェの隣へと戻ると、シアが口を開いた。
「これで、ユウトのお嫁さんが全員揃ったね!」
「え!? ま、待ってください!
話が見えないのですが!?」
「あれ?」
勢いよく切り出したシアは、話の腰を折られ、キョトンとした表情になる。
「エルシェ姉さま……。
わざと伝えていませんでしたね……」
「人聞きが悪いですねぇ~。
セリィちゃんはぁ、他人の口から聞きたいですかぁ~?」
「うっ……。
確かに、私なら直接聞きたいです……」
「ではぁ、この場合で一番悪いのはぁ~?」
その言葉に、ヴァルティエル姉妹の視線がシアへと向けられる。
「私!? 私が悪いの!?」
慌てるシアを見て、俺は咄嗟に口を挟んだ。
「いや、ここで一番悪いのは俺だから!」
そう言って、みんなの視線を自分に集める。
「まずはいきなり呼び出しちゃってごめんね、シエラ」
「い、いえ……大丈夫です……。
えっと……状況を見ると、その……」
シエラはすでに察しているのだろう。
耳まで真っ赤にし、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。
それだけで、心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、俺は口を開いた。
「うん。シエラとの婚約の話、受けさせてもらうよ。
まだお互い何も知らないけど、これからよろしくね!」
ぎこちない言葉だなぁと思いながら、そう伝えると――
「は、はい……はい……よろしく……お願いします……!」
シエラは涙をこぼし、声を震わせている。
≪ちょ、あれ!?
この反応は予想外なんだけど!?≫
戸惑う俺の前で、シアがそっとシエラを抱きしめる。
「彼女は幼竜ですのでぇ、
感情を上手くコントロールできないのですよぉ~」
「年齢の割にしっかりされていますが、
さすがに要領オーバーでしたね」
エルシェとセリィは、どこか微笑ましげにその様子を眺めていた。
≪誰か、竜族との恋愛のイロハを教えてくれ……≫
……いや、マジで。
――――
「お見苦しいところをお見せしました……」
しばらくして落ち着いたのか、シエラは申し訳なさそうに頭を下げる。
俺としては、無事に落ち着いてくれてほっとした。
他のみんなも温かい視線を向けているので、
特に気にする様子はない。むしろ――
「全然謝ることじゃないよ!
あ、私のことはシアって呼んでね!」
「え、よろしいのですか!?」
「うん! これからユウトのことを一緒に支えていくんだし、
仲良くしたいもん!
敬語もいらないからね!」
「えっと……それでは、シア様と呼ばせていただきますね。
ですが、それ以上はお許しください」
そう断られてしまい、シアは「ええぇ~……」と残念そうに肩を落とす。
その一方で、エルシェとセリィは気にした様子もなく、
シエラに愛称で呼んでほしいと伝えていた。
「ありがとうございます。
エルシェ様、セリィ様!」
「立場的には貴女の方が上ですからぁ、敬称はいりませんよぉ~?」
「そうですね。
シエラ様は第二夫人ですから、私たちより立場は上になりますし」
正妻となるシアとは別に、
第三夫人のエルシェと第四夫人のセリィは、
公式にはシエラよりも下の立場になる。
しかし、彼女は静かに首を横に振った。
「だとしてもです。
ユウト様との繋がりはお二人にかないませんし、
私はまだ幼竜の身です。
これから教えを請う相手に、偉そうにはできません」
「教え、ですか?」
その言葉にセリィが首を傾げると、シエラは素直に答える。
どうやら彼女は――
メイドとしての作法から、会話の駆け引き、情報収集、周囲の観察まで。
力の弱い幼竜である今のうちに、戦闘以外のすべてを学びたいらしい。
「特に、シア様の制御の仕方をエルシェ様から教わりたいです!」
「待ってシエラ?
それだと私が問題児みたいに聞こえるよ?」
「事実ですからねぇ~」
エルシェの一言に、シアは「ガーン!?」と分かりやすく落ち込む。
その空気を区切るように、シエラがコホンと咳払いをした。
「ところで……。
私が呼ばれた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「確かに、だいぶ脱線してたな」
俺がそう言うと、シエラは慌てて首を振る。
「いえ、泣き出した私にも原因がありますので……」
そう言ってから、エルシェへと視線を向けた。
「私が聞いているのは、シア様がお呼びだということだけです」
「私たちもぉ、詳しくは教えてもらっていないのですよぉ~」
「シア様からは、“威厳を示したい”としか……」
エルシェとセリィの言葉に、自然と全員の視線がシアへと向けられる。
すると――
「ふっふっふ……」
どこか得意げに笑ったシアは、アイテムボックスを開き、
ひとつのネックレスを取り出した。
そこに嵌め込まれていたのは――
晴天の空を閉じ込めたかのような、深く澄んだ瑠璃色の宝石。
すべてを包み込むようなその輝きに、
この場にいた全員が思わず息を呑んだ。
「これって……」
俺の言葉は途中で途切れ――
「……竜玉」
代わりに、シエラの声が静かに響いた。
「シア様……。
まさか、これは……?」
「うん! 私の竜玉だよ!」
「なるほどぉ~……これはこれはぁ~」
「とても……美しいです……」
エルシェもセリィも、見入るように呟く。
そのネックレスを胸元で大切そうに持ち直したシアが、
ゆっくりとこちらを見つめてきた。
白磁のような肌は耳まで赤く染まり、瞳はわずかに潤んでいる。
「えっとね……?
これを、ユウトに付けてもいいかな?」
期待と不安が入り混じったその表情に、
俺の心臓は早鐘のように鳴り始める。
――そして。
俺は小さく、うなずいた。
その瞬間、シアの表情が花が咲いたようにパァッと輝く。
彼女はすぐに俺の後ろへ回り込み、
そっとネックレスを首に掛けてくれた。
柔らかい感触が後頭部に当たったのは――言うまでもない。
だが、それすら覚えていないほどに、俺は緊張していた。
ネックレスを掛け終えたシアは、「えへへ♪」と満足そうに席へ戻り、
こちらを見た瞬間――
思わず『デレェ~』とでも言いそうなほど、
とろけた表情を浮かべていた。
「えっと、ごめん。
もう何から聞けばいいか分からないんだけど……竜玉って何?」
胸元で輝く瑠璃色の宝石に目を落としながら問いかけると、
シエラが少し考えてから口を開いた。
「そうですね……簡単に言うと――
竜力が結晶化したものが“竜石”で、
それがさらに高密度になると、“竜玉”へと変わります。
つまり、竜族にしか生成できない、高純度のエネルギー結晶です」
ちなみに、魔力が結晶化すると“魔石”になるが、
こちらは宝玉のような丸みは持たないらしい。
そして何より――
竜石や竜玉は、“自分の意思”でしか生み出せない。
「ってことは……シアが、俺のために作ってくれたってこと?」
「えへへ~♪」
シアは照れたように、こくりと頷いた。
その一方で、エルシェ、セリィ、シエラの三人は、
何やら考え込むような表情を浮かべていた。
「みんな、どうしたの?」
そう問いかけると――
三人は揃って、大きくため息を吐き。
ジトー……とした視線を向けてくる。
≪そんな呆れた目で見ないでくれませんか……?≫
恐らく、常識を知らないことへの軽い非難なのだろうが――
教わっていないものは、どうしようもない。




