100.【見識】の名前と、深まる絆
「さてさてぇ、セリィちゃん。
私たちは、しばらく席を外しましょうかぁ~」
そう言って立ち上がったエルシェに、セリィが「え!?」と声を上げる。
それは俺たちも同じだったが、
彼女は俺とシアを順番に見て、口を開いた。
「これから少しの間、席を外しますのでぇ~。
主様はぁ、“名付け”をしてあげてくださいねぇ~」
「エルシェ姉さま!?
どういうことか説明してください!」
「外で話してあげますからぁ、行きますよぉ~」
そう言って、二人はそのまま部屋を出ていった。
ポカンとした表情で見送るシア。
……たぶん、俺も同じ顔をしていると思う。
だけど――“名付け”という言葉で、彼女の意図は理解できた。
≪そういえば、【見識】に名前をつける話……エルシェにしてたっけ≫
あの事件のあと、時間を見つけては考えていたが、なかなか決まらなかった。
そんな俺を見て、心配してくれたエルシェに相談したら――
『それはぁ、シアちゃんと二人で決めた方がよろしいですよぉ~』
――あのときの、呆れたような声音を思い出す。
≪もちろんシアにも聞くつもりだったけど……。
あそこまで冷ややかな目で言われるとは思わなかった……≫
俺としては、ある程度案を出してからにしようと思っていたのだが――
それを口にした瞬間、
エルシェの視線は“哀れむもの”へと変わった。
≪……たぶん、悩む前にシアと一緒に考えろってことなんだろうな≫
思わず苦笑しながら、
軽く咳払いをして、シアへと視線を向ける。
「えっと……シアに相談があるんだけどさ」
「え! なになに!?
なんでも相談して!」
予想通りの反応に、俺は【見識】との約束や、これまでの経緯を説明していく。
すると――
シアの表情が、みるみる明るくなっていった。
話し終えたころには、その瞳はきらきらと輝いている。
「それって、もう私とユウトの子供みたいなものだよね!?
ユウトの中に私の竜力が入ったことで生まれたんだもん!
もっと早く言ってほしか――」
そこで言葉を止めると、シアは真剣な表情に変わる。
「……もっと早く、私が気づけばよかったんだ。
だって、意思があるなら……感情だってあるはずだもん」
そう言って、彼女は俯く。
「寂しい思い、させちゃったよぉ……」
≪……あれ?≫
そう言われて、ようやく気づく。
≪俺の方が、よっぽどひどいことしてないか……?≫
ずっと助けられてきたのに、
ただの“スキル”としてしか見ていなかった。
その事実が、胸に重くのしかかる。
≪エルシェが呆れるわけだよ……。
自分とシアの間に生まれたような存在を、他人にも相談しようとしてたんだから≫
そこまで考えているかは分からない。
それでも――ちゃんと向き合わないといけない。
そう思ってシアを見ると、
彼女もまた、真剣な――それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「よし、シア」
「うん。
全力で【見識】ちゃんの名前、考えよう!」
そうして俺たちは、話し合いを始めた。
そして――
「【見識】あらため――これからは“ノエル”って呼ぼうと思うんだけど、どうかな?」
シアにも伝わるよう、口に出して問いかける。
名前の由来も説明した。
この世界の知識の精霊“ノエリース”。
そして、俺のいた世界の知恵の天使“ウリエル”。
そこから取った名前だ。
すると――
――報告――
この感情がどのようなものか、整理がつきません。
よって、休眠を実行します。
――。
その言葉が脳内に響いた直後、
【見識】からの反応は途絶えた。
「あれ?」
「ど、どうしたのユウト……?
もしかして、気に入らなかったの……かな?」
不安そうに尋ねるシアに、俺はそのまま内容を伝えると――。
「もしかして……照れてるのかな?」
「少なくとも、不満って感じではなかったかな」
シアの素直な感想に、俺も小さくうなずく。
チクタク、と時計の音だけが響くが、
それも長くは続かず――。
「ぷっ……」
「ククク……」
「「アハハハハハハ!!」」
俺とシアは吹き出した。
「ゆ、ユウト! 笑っちゃだめだよ……アハハハ!」
「シアだって……クハハ!」
ひとしきり笑った俺たちは、顔を見合わせ笑みをこぼす。
「ねえ、ユウト?」
「ああ――喜んでくれるといいな」
俺の言葉に、シアは満面の笑みで「うん!」と頷いた。
それから少し会話を楽しんだあと、エルシェとセリィを呼び、二人にも話す。
「なるほどぉ~、ほとんど答えは出ていそうですねぇ~」
「そうだけど、まだ決定じゃないからさ」
「しばらくは【見識】ちゃんって呼ぶことにしたよ」
「エルシェ姉さまから聞いたときは驚きましたが……。
私も気づけず、申し訳ありません。
ユウト様、シア様。
決まりましたら教えてくださいね。
改めて歓迎パーティをしましょう!」
セリィの言葉に、俺たちは笑顔で頷いた。
特にシアは大はしゃぎで、
「国をあげてパーティーをしよう!」などと言い出したのだが――
エルシェにそっと耳打ちされた瞬間、固まった。
「え、エルシェ?」
「なんでしょうかぁ~?」
「なんで知ってるの……?」
「ここで言ってもぉ~?」
「絶対にダメ!?」
いったい何を言われたのかと、セリィに視線を向けたが、
彼女も分からないのか、首を横に振った。
≪……うん、きっと俺のことも何か握られているだろうな≫
エルシェには逆らわない――そう心に誓った、そのとき。
「よし!」
シアが勢いよく立ち上がった。
「エルシェがいじめるから、私も反撃する!」
「おやおやぁ~、どうするおつもりですかぁ~?」
楽しげに見つめるエルシェに対し、シアは挑戦的な笑みを浮かべる。
「フッフッフ!
ユウトのお嫁さんが増えるから、
ここで正妻候補の威厳を見せようと思うの!」
「そこは言い切らないのですね」
「主様からぁ、お答えが返ってきてませんからねぇ~」
セリィのツッコミにエルシェがそう返すと、
二人が揃ってジトーっとした視線を向けてくる。
もちろん、そっと視線を逸らしたさ。
≪いや、もう決心はしてるんだよ?
でもさ……タイミングってあるじゃん?≫
ヘタレと言われても仕方ないが、
こっちは彼女いない歴=年齢の陰キャなんだ。許してほしい。
すると――
「ズルイよ!
私も混ぜてほしい!」
「いや、なにか宣言してたよね!?」
そうシアにツッコミを入れると、彼女は「あっ!?」と声を上げ、コホンと咳払いをする。
「えっとね……その前に、エルシェにはシエラを連れてきてほしいんだけど……」
「かまいませんよぉ~。
それとぉ、何を遠慮しているのかは分かりませんがぁ――
シアちゃんも魂約者なのですからぁ、遠慮なく命じてくださいねぇ~?」
エルシェにとっての主はあくまで俺だ。
それでも、シアをきちんと認めるその言葉に、彼女は嬉しそうに頷き、
エルシェは柔らかく微笑んでから、シエラを呼びに部屋を出ていく。
扉が閉まったあと、シアがおずおずと声をかけてきた。
「あのね、ユウト……。
本当は、こういう意味でやろうと思ってたわけじゃないの」
「こういう意味って……威厳がどうのって話?」
俺の言葉に、シアはこくりと頷く。
何をするのかは分からないが――
「シアのやりたいようにやっていいよ」
そう言うと、彼女はぱっと表情を明るくした。
「ユウトも楽しみにしててね!」
満面の笑みで言うシアに、思わずこちらも笑みがこぼれる。
そうして俺たちは、エルシェとシエラが来るまで談笑して過ごした。




